相談役BLOG

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プロパガンダ映画

 コロナウィルス蔓延でご多分に漏れず引き籠りの毎日、図書館も閉館で本も読めずB級映画を見る毎日です。

国家が威信をかけた戦争プロパガンダ映画はB級(あまり人気がない)であってもコンテンツもよくできていてお金のかかっているものがあります。

最近見た中国の映画は海軍の空母からのミサイル発射シーンもあり、軍を上げて協力しているように思えます。 社会正義のために軍規の限界までリスクを冒し、民間人の救出と平和維持活動をするさまは現実と対極の作品に仕上がっています。

ロシアの第二次大戦中の映画はナチスという歴史的な悪と貧弱な戦力を駆使して戦うストーリーも何も知らなければ美しい(戦争を美化するつもりはありませんが)物語として迫力溢れる映像が作られています。

アニメですが日本の第二次大戦中のものも日本がアメリカに海軍力で勝利するストーリーは国粋主義の日本人には受ける作品に仕上がっていました。

韓国映画ではどうも中国より日本を悪としたものに仕上がっていて、各国の国民性がうかがい知れます。

このようなプロパガンダ映画が国策として製作されているかどうか解りませんが、世界が反戦を訴えつつ正義のためにやむを得ず戦うストーリーが真実であれば戦争はなくなることになるでしょう。

史実は大きく曲げられていないまでも解釈の飛躍に各国の都合があります。

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引き籠り

 コロナウィルス蔓延で非常事態宣言が出て家にこもる時間が増えました。 私は家に引きこもるより外出するタイプの性格で、子供のころから体調不良か豪雨や台風でもない限り家に一日い続けることは少なかったと思います。

昨日は久しぶりにゴルフに行きましたが、数日前のエントリーでは空いていましたが、天気も良く季節も良いので昨日は以前と変わらぬ込み具合でした。

友人と二人でラウンドし、開放感あふれる一日でした。 日常的には自宅と会社を地下鉄25分で往復するだけなので、親しい友人とバカ話をしながらの一日は積もり積もった鬱積を消し去ってくれました。

一方インドア派の人たちは在宅勤務になっても私のように鬱屈することなく過ごせるのかもしれません。 私なら在宅勤務は苦痛でしかないでしょう。 もし私が敷地が広く大きな家に住んでいてテラスのテーブルにノートパソコンをおいて仕事が出来るのなら耐えられるかもしれませんが、マンション暮らしでベランダに机を置いて仕事をとは思いませんでした。

さらに自分の仕事でパソコンを使わなければならないことはかなり少ないです。 自分の仕事は検討して判断することが多いようです。 仕事のやり方は裏紙に鉛筆で自分が関係する課題の因果関係を図か言葉で書いて結論を導く方法を取ります。 それも頭がさえるのは朝の一時間のみ、それ以外の時間は本を読んだりしています。

日々1時間だけしか充実できない人間がよくも組織で生きてこれたものだと自分で呆れ、感心しています。 外出の制限されている間に脳を鍛えてせめて2時間考えられるようにならないかと自分の脳に叱咤激励しています。

 

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失言

 友人の一人に口うるさい人がいて、その人にとって不快なことを私が言うと批判します。 『そんなことを言うのは何時もそんな事を思っているかだ』と、思わなければ言葉にでない、誰でもいろいろなことを考え、思い浮かべてしまうものです。 何かの答を導き出すときに我々は頭の中にある情報を総当たりで組み合わせ、評価し言ってしまうものです。 学校教育でも考えるスキルという点で情報=予見を組合わせて答えを導く訓練がなされます。

組み合わせの中から最適解を導き出すのは価値観と情報の網羅によりほぼ決まります。 価値観は仕事であれば設定された目標そのものになります。 情報は集める過程でその人の本質的な価値観で決まります。 何に関心があるかで同じものを見ていても入ってくる情報は異なります。

情報を組合わせ設定された目標に合致しているか選別した解の中には特定の関係者にとって好ましくない解も含まれます。 仕事であれば皆が嫌がる作業を含んだ解で、誰かがそれをやらなければならない時などです。 他の解に比べそれが一番目標に沿っているなら皆が嫌がる作業は避けられません。 それを口に出して言えば組織の誰かがそれを担う事になり、担当する誰かが自動的に決まります。 その人は「また俺か」と嘆きます。

最適解をきめるのは仕事では組織長、誰かに負担を強いる解の決定をできない人は辛い作業を含まない迂遠な解をあえて出すときがあります。 組織メンバーの殆どが最適解に気づいていて誰かが会議でその解は迂遠であり最適解を提案する場合があります。 発言者が嫌な作業を自分がやるといえば治まりますが、特定の人に押し付ける発言をすればその人から恨まれるでしょう。

設定された目標に沿っているのでこの場合も感情を排除すれば妥当です。 解が違法であったり、他社の人権を侵す要素を含んでいれば発言した段階で許されなくなります。

会社でも政治の世界でも複雑系の話題でよくある話で、悪魔のささやきに傾くときがあります。 それを避ける方法考えていて思いついたのは利害を超越する事だと思いました。 自分の保身や決断できないという評価を甘んじて受ける覚悟があれば最適解にたどり着きやすいと考えました。

利害を超越する方法はお金や役職にこだわらず、質素に暮らすこととともに正しい目標を設定して最適解を考え抜くことに尽きると思います。 そしてそれは凡人にもできる行いです。

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悩むこと、考える事

 ○○について考えました。 採用面接の面接の一コマです。 例えばなぜ転職しようとしたのかを質問したときなどです。 転職は普通は人生の大きな決断、誰でも今の職業についてこのままでよいのかという不満や不安があり、悩みます。 そして友人などに悩みを打ち明けてアドバイスを求めたり、転職すればという後押しをしてもらいたいと思います。

その人は転職しても基本的な不安や不満は多少小さくなったりしても解消しません。 不安や不満はその人自身の問題で、本人と周囲の環境(ほとんどが人間関係)で不安や不満を感じます。 転職先の仕事が適当に忙しく、それをこなそうとする気持ちが強ければ不満や不安はあまり意識しなくなります。

若いときに大峰山系の山から沢伝に下山する途中で日没になってしまい、下山できなくなったことがありました。 空は雲に覆われ雨が強くなり、ビバーク(野営)や非常食の準備をしていませんた。

日没とともに真っ暗になりか雨具を着たまま岩の上で寝てしまいました。 寝ている自分には雨は降り続けたのですが真っ暗闇で対処のしようもありません。 日の出とともに目覚め下山しました。 何も食べていないので空腹のはずですしタバコも吸っていません。 疲れているはずだし、熟睡したとは思えませんがなぜかすっきりした気持ちで帰路につきました。

たまたま身の危険という状況だったので何も感じなかったし、熟睡もしたのでしょう。 不思議な体験でした。 その時を振り返り何を考え、悩み、不安を感じたか思い出せません。 何も考えないし、不安も感じなかったのでしょう。 帰宅して家族は葬式の心配をしていたのは驚きでした。

このように強いストレスがあるときにはかえって冷静でストレスはおろか苦痛も不安も感じなくなるようです。 この時身の危険というほどではないストレスだったら『下山できないことの連絡をどうしよう』とか『明日の会社の仕事は誰かしてくれるか』等と言う不安や皆に迷惑をかけたという悩みを感じたことだと思いますが、とにかく無事に下山する事、沢を下っての下山は大変危険で滝で転落する事故の危険は大きかったので次の一歩の安全が考えることで緊張しており、会社や仕事の事は頭に浮かばないものだと思いました。。

話は横道にそれましたが、転職の判断において身の危険はありません。 従ってしんどい仕事か、給料が減るかなど雑念に振り回され一番考えなければならないことが考えられないようになっています。 もはや考えているのではなく悩んでいるだけで自分で考えた結論には至りません。 身の危険のような強いストレスも無いのに雑念に振り回されることなく考え結論を出せる人に何人か出会いました。 損得だけで考えれば損をしたような結論を出したかもしれませんが、それらの人から後悔の念を聞いたことはありません。

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錯覚

 日曜日にこじらせた風邪が良くなくて外出を控え、暖かくしてチャンバラ小説を読んでいました。 1冊読んで疲れてしまい夕方ベッドで寝てしまいました。

目覚めたのは5時半、変な夢を見ていたので熟睡したように思えないのですが会社に行く支度をしました。 家を6時30分に出ましたが、まだ空は暗くこんなに日の出が遅かったのかと思いながら地下鉄に乗り谷町九丁目で降りて7時10分、地上に出るとまだ空は暗く人がまばらに歩いています。

今日は歩いて5分ほどのところにある子会社に行こうと思い歩いてゆきました。 途中でフランチャイズの不動産屋さんが店を開けており、朝から店を開けるなんて珍しいと思いました。 その先のラーメン屋では何人か客が入っています。 朝からラーメンと思いながらすぐに会社につきました。

その事務所は2階でパソコンの画面が見えるようベランダは遮光カーテンがひかれています。 7時20分になっていましたがいつも早く来られるヘルパー職の方がまだ来られていません。 今日は掃除をしようと思い掃除機をたんねんにかけました。 メールチェックをし、8時前に事務の責任者が来るので話をしようと時計を見たら8時5分前、遅いなと思いながらカーテンの隙間から朝日が差し込まないのを不審に思い、カーテンを引くと外は真っ暗、背筋がぞっとしました。 時計を見たら8時丁度、8の前に午後と表示されていました。

しばらく考え自分が12時間先を行っていたことに気づきました。 なぜ気づかなかったのか、振り返れば初めに見た時計はアナログの腕時計、地下鉄もアナログ時計、地下鉄がかなり遅れたことも気にならなず、込み具合もいつも程度、初めにおかしいと思ったのは地上に出た時でした。 朝の7時過ぎに真っ暗なのはおかしいと思いました。

毎日同じパターンで生活していると風邪をひいて寝込んだら全く時間がくるってしまったという事でした。

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ある休日

 最近時間の余裕が出来たので勤労感謝の日にほったらかしにしていたことを片付けようと思い立ちました。

30歳代、11月23日勤労感謝の日は毎年白山に行っていました。 白山公園線という観光道路があり、白山の標高1500メートルの駐車場まで通じています。 勤労感謝の日前後に積雪の為閉鎖されます。 生活道路ではないので積雪があれば除雪せず閉鎖です。 駐車場にテントを張って前夜泊、朝からスキーの板をリュックに取り付け約2700メートルの山頂を目指して登ります。 くだりは板をはいて滑って降りるのですが、毎年のスキー始め行事でした。

スキーをやめて20年がたち、久しぶりの休日を忙しく過しました。 あさ6時に起きると食事、シャワー、8時半に電車に乗り、母親の入所する介護施設を訪問、認知の進んだ母親と会話しました。 1週間前に自分の母親は元気かと電話があり、認知の程度が進んだと思いましたがこの日は快調でした。

母親は93歳、祖母が生きていれば120歳くらい、50年以上前に亡くなっていますので認知の程度しては相当です。 数ヶ月前には50年ほど前に死んだ飼い犬にえさをやれと電話がかかってきました。 祖母も飼い犬も50年前に死んだよと言ったら犬は何処で死んでいたかと質問し、暫く考えていて犬の遺骸の処分まで思い出しました。 この会話が10分、施設長に最近の状況を聞き施設を後にしました。

次に浪速区にあるバイクショップにお邪魔しました。 店主は同い年でバイクに乗った最近10年はずいぶんお世話になりました。 世間話をして守口に帰宅し、昼食を摂ると京阪電車で叔母の入所する高齢者施設に向かいました。 祇園四条から1時間ほど歩いて施設に行ったのですが、四条通が人でいっぱいでゆっくりしか歩けず、裏道に入って人ごみを避けようとしたのですが、裏道にも人があふれ、車が沢山走っています。

やっと施設にたどり着き、認知症の叔母に面会、私の事が判ったのか判らないのか判りません。 会話は成り立たず、10分で切り上げ、担当ケアマネジャーに叔母の状況を30分ほど伺いました。 身寄りの無い叔母は認知症のため従兄弟が青年後見人を立ててくれ、後見人が相談も無く施設を替えたそうです。 担当のケアマネージャーさんはまともな方で、質問にも誠実に答えて頂けましたが一番聞きたい事は個人情報保護をたてに何も答えて頂けませんでした。

施設から徒歩で父親の実家の蹴上の寺にいとこにあいに徒歩で行きました。 16時に出発し、人ごみを避け裏道を選んでと言っても途中はほぼ繁華街、鴨川にたどり着き、北上して美術館、平安神宮、動物園を超えインクラインまでたどり着いても人は絶えません。

お寺に着くとちょうど門前で檀家回りから帰ってきたいとこに従兄弟に出会えました。 従兄弟と叔母の話し、浄土宗の寺なので法然さんの教えや日蓮宗との違いを信者の行動などから解説してくれ、仏教の教えの一端に触れる事ができました。

1時間で辞去し、徒歩で京阪三条まで歩きました。 帰宅して万歩計を見ると23000歩、階段は40階分ほど上っていました。 なんとも長い一日でした。

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気分転換

 チャンバラ小説を読んでいると史実に忠実かどうか別として江戸期の人々の日々の活動時間は総じて長く、忙しいときに1日20時間の労働を数日続けたりしています。 商家に努める者の休日も3ヵ月に1日とか、衣食住は雇い主負担でも給金は低かったようです。

旅行となれば一日に50㎞以上の歩行距離など現代人では不可能に近いものがあります。 小学校のころ守口から京都の親戚の家まで歩いてゆく冒険をしたことがあります。 朝暗いうちに出て19時ごろ四条河原町まで行きつけましたが、足にまめができて辛かった記憶が残っています。

社会人になったとき休みは日曜と祝日、土曜日は半日勤務でした。 しばらくして週休二日になり、休日の過ごし方としていろいろ趣味に取り組みました。 どちらかというと汗を流す趣味で、将来週休3日になれば休み明けに趣味の疲れが残って仕事にならないだろうと心配しましたが、週休3日にならなかったので心配で終わりました。

今の会社では取締役になって就業規則にとらわれることなく働けるようになり、日曜日と祝日以外は全日出勤、日曜日と祝日は会社で資料を作ったり本を読んだり、たまに以前の趣味をしたりしました。

直近では200日以上連続出勤しましたが、慣れると何とも思いません。 ただ日に8時間集中して仕事をすることはできません。 年齢もあり、集中できる時間は相当短くなっていて、日に2時間程度かなと思います。 なぜ2時間程度か、他の人が毎日8時間集中しているのにと思う事があります。 原因は興味や関心が続くのが2時間程度だと思いました。 もし関心が途切れないことが仕事の中身なら長時間、連続して集中できるように思います。

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変人倶楽部

 自分の生活習慣を振り返ってみるとパターンの繰り返しになっています。 朝起きる時間、出勤する時間、通勤で読む小説、会社での雑事、少し早い帰宅時間・・・・就寝まではほぼ同様の繰り返しです。

日々の予定と毎日何をしたか手帳に書いています。 すぐに書けばよいのですが翌朝早くに出勤して書き足しています。 昨日、誰かとのちょっとした会話を翌朝思い出そうとして思い出せないことがあり、老化が進んだかと思い昔を思い出して『昔もそうだった』と思い直しています。 つまりは関心の薄いことを記憶しない性格のようです。

好奇心は強い方だと思いますが、一般に興味を持たれること自分が興味を持つ事がずれていて関心が無ければやはり覚えていません。 ここでも何度か書きましたが家にテレビがなくても何とも思わないのはテレビの番組が一般的な興味の最大公約数をもとに作られているからでしょう。

私が最近嵌っているチャンバラ小説はテレビでも時代劇として製作されていますが、原作を映像向きに脚色されたものより作者の意図が残っている原作を好みます。 脚本家により原作をしのぐ作品に仕上がったものも多くありますが、映像のリアル感が文字表現に勝った作品で話題になっています。 コンテンツより映像でしようか。

私同様関心事が一般的でない人も多いと思いますが、ほとんどの人がテレビを見ています。 親しい友人にテレビばかり見ている人がいて、会うとテレビを見て感心したことを話してくれます。 話題の殆どはテレビから得られています。 その人は自分のアイデンティティをテレビから拾い出して表現しているのでしょう。 私はこういう価値観をもっているとか。

かつてテレビのような媒体が無かった時代、情報の少ない地方都市に暮らした人は情報の少ない田舎者と揶揄されていました。 私のようにテレビを見ない者は『テレビ見ない人』、もしくは『非ネット人間』(私の場合ネットは見ますが)として揶揄されるのかもしれません。

私がテレビやネットに関心が薄いのは日々の生活でほとんど役に立たないからです。 旅情豊かな鄙びた温泉町、海外の美しいリゾート地、美味しい料理、有名人のゴシップ、事件の解説、ネットでは批判的な記事、独善的評価など知っていても世間話のネタにしかならないように思えます。 しかしメディアの影響力は大きく、最近ではアラブの春を引き起こした携帯の普及などテレビの番組のように制御された情報に無い破壊力を感じます。

では小説を読んだり、新聞を読んだり、映画を見たりすることがテレビ以上に役に立つ理由は何かというと個人的には解説が少ないことです。 解説は評価だったりして小説を読んでいて善良そうな悪人がカッコ書きで実は悪人ですとばらされたり、登場人物の発言が別の登場人物を傷つけたと解説されても読み進む気が薄らいでゆきます。 テレビをよく見る人は想像するより一般的な評価を手っ取り早く知りたい人が多いと思います。

私は自分の生き方を考え抜いて貫いているつもりですが、良識ある知人から変人クラブと言われいささか心外でした。

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廃棄

 引越をしました。 もともと家財は少ない方ですが、それでも4tトラック一杯になりました。

引越を決めてから1ヶ月の間に何を持って行き、何を捨てるか考え、毎日少しずつ捨てていきました。 捨てる基準は捨て忘れていたものが最初の選択で次に使う予定のないものです。 反対に捨てない基準として利用する可能性は低いものの十分役に立つもの、たとえばめったに着ない衣類などです。 体型は変わっていないので10年前のものでも着る事ができるし、流行を追っているわけではないので今着ても違和感はありません。 シーズンに一度も着なかったものは捨てても良いと考えましたが、衣類は持ち物で比較的量が多いので目に付くところにあれば着るのですが整理が悪く見つけられずに着なかったものは捨てがたくなります。

思い出に纏わる物も捨てがたいです。 かつて登山にはまっていたときの山の道具は20年たった今も小物を残しています。 しかし思い出のものはほぼなくなりました。

食器ももともとそんなにもっていないのですが、コーヒーカップ4セットは一人暮らしでは不要です。 使わないものは捨てることにしました。

書類は仕事の関係からたまっていたのですが、最近はデジタル化してきたので紙のものはもともと少なく、書籍は図書館で借りるのでほぼありません。

家具は転居先面積が半分になるので大型のものは捨てました。 エアコンも廃棄です。 残ったものはダンボール箱30個、衣類搬送ボックス4個くらい、これに机、テーブル椅子で4tトラック一杯です。

一人暮らしゆえにこんなに家財が必要かと呆れてしまいます。 それでも今回の引越で半分弱のものが廃棄されました。 もう一度引越すれば2トントラック1台で足りるかもしれません。 その次は1tトラック1台になればと思いますが、そこまで減らすには生活スタイルを大きく変えなくてはならないでしょう。

自分が生きてきた時代は大量生産・大量消費でした。 環境問題がクローズアップされ、ライフスタイルが変わりつつありますが、大量生産・大量消費の文化は残っています。 生産は国際分業が進み、環境問題は話題になりにくくなりましたが、メーカー、流通業者は一定量の取り扱いをしなければ生きて行けません。

自分のライフスタイルをシンプルにしたいと思い出し、ずいぶん時間がたちました。 昔ドイツ人のベッド周りに置かれているものの数は日本人のそれの1割という記事を読んだとき衝撃を受けました。確かに欧米の映画を見ていて家の中はすっきりしています。 欧米の一般の家の中のシンプルさに近づくには私でももっている物は半分以下にしなければなりません。 目標にしていることは持ち込む物の嵩より捨てる物の嵩を大きくしたいと考えています。 捨てることも考えなければならないのでしょうが買わないスタイルをどこまで追求できるかにかかってます。

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禿げ頭の快感

 私は頭が禿げています。 禿げ始めたのは40歳のころ、ずいぶんつらい思いをしました。 夜中に髪の毛が抜け落ちる夢を見て、寝汗をかき起きたことがあります。 それほど禿げることは辛く、親が禿げていたので予告された禿でもあります。 最近だったら散髪に3分、時間と散髪代の節約になります。

40歳を超えた時、少し髪の毛が乱れると禿げていることが目立つのである時電気バリカンで坊主頭にしてしまいました。 ほぼツルツルに見えるほど短い坊主頭です。

脳の血流は全体の3割と聞いたことがありますが、脳はエネルギーを多量に消費するようです。 禿げれば放熱はよくなり、爽快です。

夏の炎天や冬の風は髪の毛がなければ辛いですが、帽子をかぶればしのげます。 ほぼ10年坊主頭を続けていますが不都合を感じたことはありません。 強いて言えば坊主頭の人は険悪な雰囲気という思い込みでしようか。

目立ちたくないのでもっと流行ればよいと思いますが、まだまだ少数派です。 俳優で坊主頭の人はとても似合います。 かっこよく、アクション系であればすごみが増すように思います。 アクション系の人は体格もよく、さらに頭の格好も凸凹していなくて美しい円弧をがいています。 自分はというと凸凹で、帽子をかぶっていないと見苦しく髪の毛が残っておればよかったのにと思う点です。

女優で坊主頭の役があり、それが美人顔の人であって背も高く骨格も大きければ性別が解りにくいのは私だけでしょうか? 坊主頭はファッション性でも男性のものかもしれません。

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