監査役BLOG

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[会社運営]

目的と責任

 当社は社員数で急拡大したため中間管理職の人材が不足し、大企業を定年退職した人を採用し、その任について頂いています。 ところがほとんど成果に貢献できていません。 元の会社ではそれなりに優秀だった人がなぜに貢献しないのか不思議に思います。 皆異業界から来られ、担当部署になれるために1年程度のリードタイムを準備しています。

想像だけで言えば大企業で活躍してきた人は細分化された職務の中で作業に落とし込み正確にこなす経験をしてこられました。 職務はさらに上層の役職者が仕事をデザインし分割し職員を手当てするわけですから、個々の分割された職務を作業に落とし込んで行う中で本来の目的と責任と自分の作業の因果関係が見えないところで何十年も作業をしてきたことが原因に思います。

つまりマネージャーと思っていたのがワーカーであったというのが私の結論です。 企業活動の真の目的はゴーイングコンサーン、利益稼得はその手段、予算統制は方法にすぎません。

中小企業は企業の目的に近いところで作業ではなく仕事を行わざるを得ません。

では内部昇格した管理職はというと当社の場合教育が行き届かなかった、適任者がいなかった、分業や複雑系にして作業に落とし込むスキルが身についていない等限界がきます。

やるべきは『何をせねばならないか』であって『どのように進めるか』は副次的な問題です。 『何をせねばならないか』は多くはマーケットや直接従事する職員、現場に潜んでいます。 私は現場に出ていくタイプです。

一方現場に出て行かない仕事の仕方もあり、財務データやアウトプットされたメール、会議での議事を綿密に分析します。

どちらにしろ目的に責任をもって集中した者のみ成果をあげられることを身をもって感じました。

ある職員の成長を願い厳しく追及すると『やめろという事か』と開き直られました。 オーナー経営者は失敗してもバカにされても『辞めてやる』ことも『逃げてやる』こともできません。

 

 

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[会社運営]

経験

 若い年齢の応募者の採用面接をしていると『経験はございませんが・・・』との発言があります。 履歴書に書かれた経験は確かに豊かなものではありません。 しかし体験に関する質問を重ねると自信をもってこんなに多くの経験を積んだとの答が返ってきます。

人は見たもの・経験したことが総てで、それ以上の事は想像でしかありません。 想像力がなければ見たこと・経験したことの範囲でしか想像もできず、場合によっては想像すらできません。

事務職の応募者に『膨大なデータの管理が業務の内容で、専用アプリは無くエクセルで対応しています。管理の内容はこれこれです。』と説明します。 作業内容を聞いてエクセルとデータベースソフトを使いこなせる人はどのように作業をするか想像しますが、そのような作業に関わったことがなければイメージできません。

事務職の役割は定型化された作業が基本なので作業イメージは個別具体的になります。 職務は一定期間に一定の作業を決められたルールに沿って正確にこなすことになります。

中間管理職の場合、マネジメントが仕事で結果も作業の完成ではなく成果を求められます。 成果を上げる責任が発生します。 昔、忙しく作業をこなしていた管理職の人が昇給を申し出ましたが、成果が出ていなかったので応じませんでした。 そして『成果を求められる仕事に努力賞はない』と告げました。 その人は退職するといいましたが辞表は出ませんでした。 その後成果を上げたので昇給しましたが、今度は『もらいすぎです』と言ってきました。 当時は人事考課や賃金について制度化出来ていなくて昇給など曖昧てした。 しかし昇給をきめるのは経営者で本人が決めるわけではありません。

その後その人が精緻な昇給制度を作りました。 ところが昇給の原資が業績と連動していなかったため業績が悪化しても昇給し続けることになりました。 目先の作業ばかりしている人が陥りがちのことで、経営トップとして会社全体の損益について常に考える経験をしなかったために起こったことです。 計算方法についてチェック漏れでした。 その計算方法を提案した人の役職は取締役でした。 会社全体の損益について話題に触れる機会が十分にあったにもかかわらずその人はミドルマネジャーの感覚で仕事をしていました。

役職ごとに使命は変わってきて、触れる情報量は上位の役職なるに従い増えてゆきます。 役割に応じた使命に基づき配信される情報を使命に集中して選別しなければ情報に埋もれ、必要な情報が見えてきません。

最初に例示した経験の少ない人でも実は多くの情報に触れています。 企業に勤めた経験のある人はミドルマネジャー、経営層にとって必要な情報に触れる機会もありますが情報の意味を理解できません。 その情報に基づいて判断する使命を持っていない、判断した経験がないからです。

そういう意味で経験は重要ですが、自分の担っていない使命についても想像できます。 古い体質の企業では階層ごとに情報は隔離され、上層部の判断について陰でひそひそささやかれます。

私の好きなチャンバラ小説=江戸時代にはすっぱ抜かれた情報がかわら版で公表され、世論を形成する場面が書かれています。 現代はネット環境で情報の拡散は早く広範囲になっています。

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[経営]

仕事のお流儀

 仕事をしていて意見の対立を見るのは目標に対するプロセスやプロセスの方法です。山登りに例えればどのルートを通るかはプロセス、未踏峰のピークハントであれば少人数のアタック隊員または単独で一気に登るのか、途中に中継キャンプを設営するとかです。

プロセスやアプローチ方法は合意するのが困難で調整のための会議を重ねざるを得ません。 それでもだめなら個人別に呼び出して説得します。 調整役は大変で調整力が成否を分けるポイントの場合が多いです。 逆に見れば方法はとんでもないものでなければどれをとっても運用で成果につなげられる場合が多いという事です。

調整の仕方も高圧・断定的なスタイルからとことん審議を尽くす、ひたすらお願いする等バリエーションは多様です。 多くのドラマでこの部分はハイライトになります。 現実にこの調整の場面はペーパーの山との格闘(作成者は自己満足の最大化)、意味のない説明(有効性が低い方法の場合、無理な仮定が多かったりで時間もかかります)を長時間聞くなどします。 そのペーパーを作る時間と屁理屈を並べる労力を使えば目標は簡単に達成できるかのような錯覚との戦いは徒労感の塊です。

一方自分が最善策が見えている場合、その最善策を提案すればよいわけですが正確に表現できないもどかしさがついて回ります。 仮に最善策であることが正しく気付いたのが自分だけであれば他のメンバーは気付かなかったことになります。 気付かなかった人に気づかせるのも労力がいります。

なぜプロセスにこだわる人が多いのか、そこに自分らしさを求めていると判断しています。 目標を達成する事よりも自分のスタイルでアプローチすることが自己実現を実感できるのです。 自己満足につきます。 だから自分の方法が採用されるとプロセスの工程に沿って進捗管理がなされます。 目立ち評価されたい。 マラソンで勝敗を捨てて初めの30分全力疾走すればその30分は生中継で写り続けます。 結果は下位であったとしても。

ここで目標設定が話題になります。 マラソンの例えで言えば今までより順位を上げるのか、自己ベストタイムを更新するのか、テレビに映る事かを選ばなければなりません。 仕事であればプロセスにこだわって目標未達に終われば目標設定が悪いとか、このプロセスを採用したおかげてだ部署への貢献が大きかったとか(シナジー効果を評価)新たなデータが取れたとか色々出てきます。 そこでは目標の意味、なぜこの目標にしたのか議論されることはまれに思います。

目標設定は達成したことでどのような展望か開け次の展開につながるのかビジョンをもとに語られる必要があります。 最悪は結果である数値のみ目標とすること、売上100万円達成とかです。 数値目標という言葉もあり、数値も目標を示す一部です。

福祉用具の業界でも目標やビジョンを設定することがあります。 ある営業が年間売上4000万円を目標としました。 4000万円の売上に対する粗利益が仮に1000万円で粗利1000万円を目標にする、客単価が10万円として100人の顧客の安心・安全を担保することを目標にする、どれもありがちなものですが木費用設定に志が感られるものが良いと思います。 その意味で拘るなら目標設定の方法で、目標の過程にこだわるのは意味を感じません。

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[未分類]

営業同行訪問

 当社で現在唯一しの営業部隊はライフマークという福祉用具の営業部隊です。 業績が停滞する中で営業に出て1年目ぐらいの経験者に同行することにしました。 週に4日同行訪問を目指しています。 皆さん若く誠実で真摯に仕事に向かい合っています。 マーケット自体は衰退期に入っているので業績が伸び悩むのは想像できますが、衰退期には衰退期のやりようがあり業績を伸ばしている企業はあるはずです。

私は営業出身ではないので営業手法の具体的なアドバイスができません。 各店長とも話す機会を設け各店長も喜んで応じてくれます。 それぞれが具体的な方法や施策、知識を求めてこられます。 『そのような具体的なものは私の経験値にはないのでアドバイスできません。皆さんが何を考え、何で悩んでいるか具体的に教えてほしいので同行訪問や面談の機会を設けています。』と伝えているのですが私の話を聞こうとします。 それはお金がないときに友人が訪ねてきてお金を貸してくれと言われているようなもので、調子に乗り知ったかぶりでアドバイスすると私は信頼を失うことになります。

同じ会社の職員と取締役の関係においても『何を考えているか言え』というのは一方的でフェアでないので私の仕事上の経験を話しします。 先にギブ、そしてテイクはほんの少し、皆さんシャイで本音のすべてを言ってくれません。 少しの本音と同行したときの行動から考えは明らかになってきます。 考えが明らかになり、行動も垣間見たうえで質問します。 『なぜこうしたのか、そればどのような考えに基づいてなのか?』、明らかに私と考えが異なり、わたしとみているものがちがいます。 どちらかが間違っているのかどちらも正しいのか、どちらも正しいと思いました。 考えは解った事実をどのように評価し組み立てるかです。 何のために、業績を上げるためか、相手に気に入られるか、どちらを目的にしているかで見えてくる事実は変わってきます。 そうすると考えも変わってきます。 お客様にに気に入られている営業が多ければお客様に気に入られることを目的にしている営業が多いだけです。 思った通り人は行動し、結果が出てきます。

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