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 昔といっても1989年8月に私は京都の山岳会登山隊のメンバーとして中国青海省の山を登りに行きました。 同年4月は天安門事件が起こった年で、政情不安な時期に行くので覚悟が必要でした。

私は通訳担当と苦手な語学を勉強しましたがさっぱり上達しませんでした。 四川省との境界付近の山岳地帯に入り、馬に乗ったチベット人の猟師に声をかけられたとき、それは中国語講座で聞いた北京語でした。 山奥でテント生活を送る彼らもラジオは聞いていて、学校教育は北京語で行っているようです。 だから隣の部族とはなまりが強くて会話が通じないといわれていたチベットの人も北京語ならコミュニケーションできるようです。

話は変わって私はいなか暮らしにあこがれ、秋田の中心から離れた能代市に住んでいます。 しかし『いなか』とはと聞かれてもうまく説明できません。 人口の集積、結果としての都市文化の発達の反対といえば過疎で都市文化ではない、秋田は県全体でも人口は100万人を切っていて過疎です。 空き家・空き地、廃業した店舗があり、昔の繁栄も見られません。 例えばオートバイを扱う店は家の近所に3軒あることになっていますがどれもが廃業しています。

地場産業やおいしい料理店は乏しく、特産品 といってもあきたこまち、じゅんさい、白神ネギなどです。 地元の人が「秋田は戦争もなく、コメはたくさんとれて食べることに困らないから向上心が無い」といってました。 豊かだから工夫しない、しかし都会の文化は成立しないので刺激がなく、若い人は都会に出てゆきます。

たまたま話す機会があった20歳の女性は都会に出ていくのが怖いらしく、秋田にとどまり自宅に引きこもりYouTubeを見ているそうです。

いなかをライフスタイルとするなら引きこもってYouTubeを見ている人は大阪でもいました。 自然が多く残っているのが『いなか』なら今の時期はスキー場は満杯になると思いますが、昨日秋田市から近い阿仁スキー場に行くとすいていて近所のスーパーくらいしか駐車場に車がありません。 水曜日ということもありますがゴンドラもリフトも待っている人はいません。 滑っている人は中高年が多く、次に若い人です。 いずれ多くのスキー場が閉鎖されることと思います。 残された自然の中で遊べるのが『いなか』であれば一部は叶わなくなってゆきます。 観光立地は遠のいてゆきます。

住民の素朴な人柄に期待しても大阪の気質しか比べるものがありませんが、個人差しか感じることはありません。 多くの人がTVを長時間視聴し、日本人全体の気質が均一化していると思います。

結局うまくは説明できませんが空か広く、晴れ間は建物建物の間から見えるのではなく空一面に広がり、1時間散歩しても一人も人に合わない公園があり、海があり、人恋しくなれば地元のスポーツ団体に入るのもよいでしょう。 都会から来た人を排除することもないところが私のあこがれた『いなか』だったのか、住まいの近所にクマなどの野生動物が頻繁にあらわれ、近所に食料を調達できる店もない暮らしを望んだわけではないと暮らしてみて思い知りました。

光回線も引けてネット環境も整い日本経済新聞の電子版も都心と変わらず情報は提供されます。 過疎地に暮らす人は都会との同一性を求めTVを視聴し、さらに個性を満たすべくネットの中から自分に合った生活を拾い出してゆくと思います。

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