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組織の象徴

もっともシンプルに『組織』の定義はと問われれば人間の集団とということになるでしょうか。 異論はあると思います。 人が集まるのは何か目的があるからですから『目的』または『目標』のようなものが必要という考えもあります。 組織運営をする上で『リーダー』も必要でしょう。

かつて会社の組織規程の策定に携わった時、組織の範囲(業務の)、組織単位の長の定義があり、なるほどと思ったことがあります。

さらに『業務分掌・職務分掌権限規程』で組織単位の業務、長(管理職)の職務と権限が定義されていて、合わせてこの範囲の仕事をこれだけの権限で責任をもって運営してくださいと定義づけられていて、いかめしい規程名ながら大変納得しました。

大きな組織として国家がありますが、そこには組織規程や業務分掌・職務分掌権限規程に相当する役職者・業務執行者(政治家・官僚)がいて、さらに彼らの権限や責任については明確に法定されています。

日本の国ではさらに国家を象徴するものとして国旗や国歌が定められ、皇族がおられます。 企業でも社旗や社章を定め、理念や社是、社訓を定め、創業者の銅像を作ったり、会長や名誉会長など生きた象徴もおられるようです。 もちろん会長職を象徴とするのか実務的な職務や権限が明確な企業も最近は多くみられます。

私は以前勤めていた会社でこの象徴の管理、具体的には社章の管理や社歌のカラオケ作成などをやらされてうんざりしたことがあり、会社における象徴について否定的でした。

もっとも象徴が必要な組織の一つに宗教がありますが、偶像を禁止している宗教もあるので組織にとって象徴が必要不可欠なものではないような気がします。

ところが会社が少し大きくなって従業員数が増加すると象徴を求める声がひそやかに聞こえてきます。 会社のシンボルマークは策定しているのですが、名刺や車にシールで貼っているだけで、普段あまり目にしません。

再び以前の会社の話に戻りますが、象徴が大変好きな風土で、企業理念や経営方針など風土の概念作りはさておいて社章の作り変えや社史編纂など熱心でした。

私は会社の個性、社風といったものを理念や行動指針の中で明らかにしてゆこうと思いました。 ところがこれが意外に難しいもので、何年も考えているのですが浮かんできません。 私自身こんな会社であってほしいというものをもっているのですが何か言葉に置き換えるとそれが独り歩きするようで大変怖い思いをしています。

なぜ怖いかというと、『こういう会社を目指す』とか『当社の30年後のビジョン』などか独り歩きするとそれに制約を受け、下手をすれば経営に悪影響を及ぼしかねません。 少なくとも30年後に私は会社にいませんし、生きていない可能性が大変高い遠い将来です。 一人の職員から辞表が出てくるとなんでだろうと悩み、デリケートな問題なので直接本人に聞くことも憚られます。 それが全社員に影響を与えるわけですから『ビジョンが気に入らないから会社を辞める』という人が現れでもすればしばらく眠ることもできません。

象徴的なものは皆が会社の遠い将来を見据えてこうある会社であるから帰属したいというものですから大変『美しい・立派・麗しい・まじめ』的なものだと思います。 そのようなことを言って、たとえば今の理念が『地域に根ざして健康と生活を守ります』と言っておきながら象徴的側面を持つ私がタバコを吸い、ふしだらな生活をしていたら『理念はなんやねん』ということになります。

そういったリスクだらけであってもやはり社員の皆様がグッッッッとくる麗しくも力強いものを標榜し、その生きた象徴として自分がいることに憧れています。 残念ながらそこまで立派な人間ではないのでせめて背筋を伸ばし、笑顔を絶やさず、非難や中傷に繋がる発言を避け、立派に見えるようふりをしています。

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