相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[社員教育]

躾け

 会社で職員を観察していると基本マナーが躾られていない職員が見受けられます。 私の世代から見れば人格を否定されても当然と思える行為です。 率直に『あほ!』と感じます。 ひょっとしたら中には会社に大きく貢献している人や優秀な人がいるかもしれません。 そのような『あほ!』がいる組織の長は何を考えているのかと思います。 『あほ!』いない組織は躾の注意をしているかというとそうではありません。 仕事ぶりに緊張感があり、周囲の人はそれなりに気を使います。 おそらく『あほ!』のいる組織の長の仕事ぶりにそのような緊張感が無いのでしょう。 職員の自主性や職場の自由を醸し出そうとしているのでしょうが、『あほ!』を野放しにすれば『あほ!』が定着して、他所で通じない人間、人格を評価されない人になってしまいます。 『あほ!』を野放しする組織長に『あほを放し飼いにするな!』といえばパワハラと言われかねず、言葉の選択に苦慮します。

貴方がいないときにあなたの職員の私語が聞こえてきます。 『職場の空気として少し程度を超えているように思いますが、あくまで私の感覚です。』なんでまどろっこしいことを言ってる自分に腹が立ち、『あほにあほと言ってどこが悪い!』と開き直り、そもそも言うべきは相手の品性や人格向上のためで自分の怒りの発散ではないと考えれば奥歯にものを挟み、まどろっこしい物言いを工夫し、誠実に貴方のためを思ってお節介していますという態度で言うべきかもしれません。

残念ながら私がそれをすると付き合いの長い人には嫌味を言われたと思われるでしょう。

それなりの年代の人、特に管理職で見られることですが、仕事をしないことに長けている人がおられます。 恐ろしく長けています。 なぜならそれで今まで生きてこられたからです。 なぜそこまで仕事をしないのか不思議です。 ささやかな努力をし、そのような人は能力が低いのでささやかな仕事を行う事が全く仕事をしない姿勢を貫くより楽な生き方に思えるからです。 学生時代、テストで恐ろしく努力してカンニングをする人がいましたがそれと似ています。 勉強するほうが楽なのですから。

その様な管理職は長年生きてこられたから今更価値観を変えることはできません。 会社を辞め、市井で何も価値を生まない人生を送ればよく、そのような生き方を私は否定しません。 しかしわざわざ当社に入社して、絶妙の演技で仕事をしているふりをし、あらゆる責任から逃れようとする人は迷惑なことで、あらゆる仕事とその責任から逃れる域からの延長には他人に迷惑を掛けない価値観が含まれているはずだからです。 採用面接で見抜けなかった自分に腹が立ち、私の場合『あほ管理職』として放置するのではなく人格否定をあらゆる言葉を駆使して行い、苛め抜くことになります。 本人は長い人生でそれにも耐えてきたでしょうから根くらべでしょうか。 成長を期待することは枯れ木に水をやるよりむなしいことです。

これも管理職の躾の問題で、恐らく前職でも迷惑をかけ続けたことでしょう。

躾は社員教育で、との考えがありますが仕事に対する姿勢や価値観を教育で行う事は効率が悪いと考えています。 私の躾は経験から教えられるものではなく刷り込まれてきました。 左利きの私は父親に毎日殴られ怖い父親の前で右手で字を書かされ、箸を持たされました。 子供のころは虐待でない範囲であればそれもありでしょうが、仕事をしない管理職を殴りつけるわけにはいきません。 言葉の暴力も使えません。 その様なことをすればこちらが躾けられる側になります。

しかし本人の価値観の問題ではなく社内で害毒を静かに垂れ流していきます。 害毒は元から断たねばなりません。

 

 

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[会社運営]

目的と責任

 当社は社員数で急拡大したため中間管理職の人材が不足し、大企業を定年退職した人を採用し、その任について頂いています。 ところがほとんど成果に貢献できていません。 元の会社ではそれなりに優秀だった人がなぜに貢献しないのか不思議に思います。 皆異業界から来られ、担当部署になれるために1年程度のリードタイムを準備しています。

想像だけで言えば大企業で活躍してきた人は細分化された職務の中で作業に落とし込み正確にこなす経験をしてこられました。 職務はさらに上層の役職者が仕事をデザインし分割し職員を手当てするわけですから、個々の分割された職務を作業に落とし込んで行う中で本来の目的と責任と自分の作業の因果関係が見えないところで何十年も作業をしてきたことが原因に思います。

つまりマネージャーと思っていたのがワーカーであったというのが私の結論です。 企業活動の真の目的はゴーイングコンサーン、利益稼得はその手段、予算統制は方法にすぎません。

中小企業は企業の目的に近いところで作業ではなく仕事を行わざるを得ません。

では内部昇格した管理職はというと当社の場合教育が行き届かなかった、適任者がいなかった、分業や複雑系にして作業に落とし込むスキルが身についていない等限界がきます。

やるべきは『何をせねばならないか』であって『どのように進めるか』は副次的な問題です。 『何をせねばならないか』は多くはマーケットや直接従事する職員、現場に潜んでいます。 私は現場に出ていくタイプです。

一方現場に出て行かない仕事の仕方もあり、財務データやアウトプットされたメール、会議での議事を綿密に分析します。

どちらにしろ目的に責任をもって集中した者のみ成果をあげられることを身をもって感じました。

ある職員の成長を願い厳しく追及すると『やめろという事か』と開き直られました。 オーナー経営者は失敗してもバカにされても『辞めてやる』ことも『逃げてやる』こともできません。

 

 

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[会社運営]

経験

 若い年齢の応募者の採用面接をしていると『経験はございませんが・・・』との発言があります。 履歴書に書かれた経験は確かに豊かなものではありません。 しかし体験に関する質問を重ねると自信をもってこんなに多くの経験を積んだとの答が返ってきます。

人は見たもの・経験したことが総てで、それ以上の事は想像でしかありません。 想像力がなければ見たこと・経験したことの範囲でしか想像もできず、場合によっては想像すらできません。

事務職の応募者に『膨大なデータの管理が業務の内容で、専用アプリは無くエクセルで対応しています。管理の内容はこれこれです。』と説明します。 作業内容を聞いてエクセルとデータベースソフトを使いこなせる人はどのように作業をするか想像しますが、そのような作業に関わったことがなければイメージできません。

事務職の役割は定型化された作業が基本なので作業イメージは個別具体的になります。 職務は一定期間に一定の作業を決められたルールに沿って正確にこなすことになります。

中間管理職の場合、マネジメントが仕事で結果も作業の完成ではなく成果を求められます。 成果を上げる責任が発生します。 昔、忙しく作業をこなしていた管理職の人が昇給を申し出ましたが、成果が出ていなかったので応じませんでした。 そして『成果を求められる仕事に努力賞はない』と告げました。 その人は退職するといいましたが辞表は出ませんでした。 その後成果を上げたので昇給しましたが、今度は『もらいすぎです』と言ってきました。 当時は人事考課や賃金について制度化出来ていなくて昇給など曖昧てした。 しかし昇給をきめるのは経営者で本人が決めるわけではありません。

その後その人が精緻な昇給制度を作りました。 ところが昇給の原資が業績と連動していなかったため業績が悪化しても昇給し続けることになりました。 目先の作業ばかりしている人が陥りがちのことで、経営トップとして会社全体の損益について常に考える経験をしなかったために起こったことです。 計算方法についてチェック漏れでした。 その計算方法を提案した人の役職は取締役でした。 会社全体の損益について話題に触れる機会が十分にあったにもかかわらずその人はミドルマネジャーの感覚で仕事をしていました。

役職ごとに使命は変わってきて、触れる情報量は上位の役職なるに従い増えてゆきます。 役割に応じた使命に基づき配信される情報を使命に集中して選別しなければ情報に埋もれ、必要な情報が見えてきません。

最初に例示した経験の少ない人でも実は多くの情報に触れています。 企業に勤めた経験のある人はミドルマネジャー、経営層にとって必要な情報に触れる機会もありますが情報の意味を理解できません。 その情報に基づいて判断する使命を持っていない、判断した経験がないからです。

そういう意味で経験は重要ですが、自分の担っていない使命についても想像できます。 古い体質の企業では階層ごとに情報は隔離され、上層部の判断について陰でひそひそささやかれます。

私の好きなチャンバラ小説=江戸時代にはすっぱ抜かれた情報がかわら版で公表され、世論を形成する場面が書かれています。 現代はネット環境で情報の拡散は早く広範囲になっています。

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[経営]

仕事のお流儀

 仕事をしていて意見の対立を見るのは目標に対するプロセスやプロセスの方法です。山登りに例えればどのルートを通るかはプロセス、未踏峰のピークハントであれば少人数のアタック隊員または単独で一気に登るのか、途中に中継キャンプを設営するとかです。

プロセスやアプローチ方法は合意するのが困難で調整のための会議を重ねざるを得ません。 それでもだめなら個人別に呼び出して説得します。 調整役は大変で調整力が成否を分けるポイントの場合が多いです。 逆に見れば方法はとんでもないものでなければどれをとっても運用で成果につなげられる場合が多いという事です。

調整の仕方も高圧・断定的なスタイルからとことん審議を尽くす、ひたすらお願いする等バリエーションは多様です。 多くのドラマでこの部分はハイライトになります。 現実にこの調整の場面はペーパーの山との格闘(作成者は自己満足の最大化)、意味のない説明(有効性が低い方法の場合、無理な仮定が多かったりで時間もかかります)を長時間聞くなどします。 そのペーパーを作る時間と屁理屈を並べる労力を使えば目標は簡単に達成できるかのような錯覚との戦いは徒労感の塊です。

一方自分が最善策が見えている場合、その最善策を提案すればよいわけですが正確に表現できないもどかしさがついて回ります。 仮に最善策であることが正しく気付いたのが自分だけであれば他のメンバーは気付かなかったことになります。 気付かなかった人に気づかせるのも労力がいります。

なぜプロセスにこだわる人が多いのか、そこに自分らしさを求めていると判断しています。 目標を達成する事よりも自分のスタイルでアプローチすることが自己実現を実感できるのです。 自己満足につきます。 だから自分の方法が採用されるとプロセスの工程に沿って進捗管理がなされます。 目立ち評価されたい。 マラソンで勝敗を捨てて初めの30分全力疾走すればその30分は生中継で写り続けます。 結果は下位であったとしても。

ここで目標設定が話題になります。 マラソンの例えで言えば今までより順位を上げるのか、自己ベストタイムを更新するのか、テレビに映る事かを選ばなければなりません。 仕事であればプロセスにこだわって目標未達に終われば目標設定が悪いとか、このプロセスを採用したおかげてだ部署への貢献が大きかったとか(シナジー効果を評価)新たなデータが取れたとか色々出てきます。 そこでは目標の意味、なぜこの目標にしたのか議論されることはまれに思います。

目標設定は達成したことでどのような展望か開け次の展開につながるのかビジョンをもとに語られる必要があります。 最悪は結果である数値のみ目標とすること、売上100万円達成とかです。 数値目標という言葉もあり、数値も目標を示す一部です。

福祉用具の業界でも目標やビジョンを設定することがあります。 ある営業が年間売上4000万円を目標としました。 4000万円の売上に対する粗利益が仮に1000万円で粗利1000万円を目標にする、客単価が10万円として100人の顧客の安心・安全を担保することを目標にする、どれもありがちなものですが木費用設定に志が感られるものが良いと思います。 その意味で拘るなら目標設定の方法で、目標の過程にこだわるのは意味を感じません。

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[未分類]

営業同行訪問

 当社で現在唯一しの営業部隊はライフマークという福祉用具の営業部隊です。 業績が停滞する中で営業に出て1年目ぐらいの経験者に同行することにしました。 週に4日同行訪問を目指しています。 皆さん若く誠実で真摯に仕事に向かい合っています。 マーケット自体は衰退期に入っているので業績が伸び悩むのは想像できますが、衰退期には衰退期のやりようがあり業績を伸ばしている企業はあるはずです。

私は営業出身ではないので営業手法の具体的なアドバイスができません。 各店長とも話す機会を設け各店長も喜んで応じてくれます。 それぞれが具体的な方法や施策、知識を求めてこられます。 『そのような具体的なものは私の経験値にはないのでアドバイスできません。皆さんが何を考え、何で悩んでいるか具体的に教えてほしいので同行訪問や面談の機会を設けています。』と伝えているのですが私の話を聞こうとします。 それはお金がないときに友人が訪ねてきてお金を貸してくれと言われているようなもので、調子に乗り知ったかぶりでアドバイスすると私は信頼を失うことになります。

同じ会社の職員と取締役の関係においても『何を考えているか言え』というのは一方的でフェアでないので私の仕事上の経験を話しします。 先にギブ、そしてテイクはほんの少し、皆さんシャイで本音のすべてを言ってくれません。 少しの本音と同行したときの行動から考えは明らかになってきます。 考えが明らかになり、行動も垣間見たうえで質問します。 『なぜこうしたのか、そればどのような考えに基づいてなのか?』、明らかに私と考えが異なり、わたしとみているものがちがいます。 どちらかが間違っているのかどちらも正しいのか、どちらも正しいと思いました。 考えは解った事実をどのように評価し組み立てるかです。 何のために、業績を上げるためか、相手に気に入られるか、どちらを目的にしているかで見えてくる事実は変わってきます。 そうすると考えも変わってきます。 お客様にに気に入られている営業が多ければお客様に気に入られることを目的にしている営業が多いだけです。 思った通り人は行動し、結果が出てきます。

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[社会]

未来

 ドラッカーは近未来について語っています。 近未来というのは私の評価でドラッカーが直接言及していませんが、確かな未来は自分で作るものとか、未来に一般的になることはすでに起こっているとかです。 自分で作れる未来はせいぜい数年先のことです。 未来の片鱗がすでに顕れているならそれが確実に未来に主流となることであれば短期間で実現するので近未来と評価しました。

誰が未来を手にするかといえばそれを知った人ということになります。 35年前の1995年に私は初めて現物の携帯電話を見ました。 知り合いの不動産屋が利用しており、月額7万円の代物です。 かなりの大きさの箱に受話器がついていてどこでもつながるわけではありません。

1999年転職をして今の会社に入り、最初に行ったのは携帯を全員に持たせることでした。 携帯電話の本体はずいぶんコンパクトになり、コストも下がり旧モデルが1円という時代でした。 全員の通話履歴を見ると人によっては私用電話が圧倒的に多いことがわかりました。

当時はネットに接続できなかったので通話とメールだけですが携帯はあくまで道具・手段で仕事でどのように使うかがドラッカーの言う近未来の姿、無駄話をして退屈を紛らわせるのか職員の管理に役立てるのか、業務価値は使い方で決まってきます。当時の信頼する幹部の一人は自分の座っている椅子の後ろの引き出しに入れていました。 彼は重要事項は必ず紙に書いて渡していました。

その後別の幹部は通話することはほぼなく、すべての連絡をメールで行いました。 隣に座っている人にもメールで業務連絡を行います。 メモを渡すこととメールする人の行為は同じで、残る記録に価値を見出しています。 特にメールは同時配信できますので口頭よりも便利なことが多いです。 メールが瞬時にポケットの中の携帯に配信されることは効果も大きいと思います。

ある会社はメールのチャットシステムを中間管理職に置き換えて使っています。 はじめは違和感がありましたが業務効率は高いと思います。 チャットシステムを超えるメール機能はそのうち開発されて普及することと思います。 それはもはや専用アプリを必要とし、指示や結果報告の集積から業務マニュアルが自動化されるとかになるかもしれません。 そういう使い方をしている組織もあると思います。 ただし専用アプリ出ないため使い方において不便かもしれません。

人間が考えることは似ていて、仕事においてplan  do  check  actionや報連相と呼ばれることはISOの管理や厚生労働省の管轄する保険制度でも、よくは知りませんが金融機関の内部記録は似た様式をたどっていると思われます。 厚生労働省の制度ビジネス設計は携帯をはじめとした津崇信危機を前提に行われているように思えます。

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[会社運営]

相談役の仕事

 私の会社での肩書は相談役というものです。 文字通り会社業務で過去の経緯が必要な時などに『以前どうだったか』などと問い合わせを受ける立場ですが、上場企業での相談役は代表を退任したトップの座る責任なく発言権の大きい老害の象徴みたいな地位です。 私が以前勤めていた会社でも代表取締役社長を何十年も務めた後代表取締役会長、取締役会長、取締役名誉会長、相談役、名誉相談役と歴任した人がいました。 私見ですがその間会社は地味に成長し、その人の会社での価値は感じられませんでした。

私は相談役として組織の管理は外れましたが、会社の中での自分の仕事や役割を考え、実行しています。 何らかの問題点があれば関与します。 組織長に事情を聞き、自分なりの意見を言います。 各組織長は当事者で情報も多く私と違う評価でであることが多いです。 違いを説明してくれたらよいのですが納得できる説明がなされない場合が多いように思います。 オーバーコールすれば組織の統制はゆがみます。

ストレスばかりが溜まる役割です。 黙っていてうまく行くこともありますが、経験が生きることもあります。 現場目線になって私が気付くことも多く経験と自分が解かっていなかった事実や変化した環境に戸惑うばかりです。

友人の一人が落ち込んだ私にメールを送ってきて、これを見てほっこりしろとシルバー川柳なるものを添付してくれました。 例を挙げれば『女子会と言って出かけるディケアー』みたいなものです。

 

いま関わっている会社で認知症対応ディケアーを運営していて、問題があるとのことでたまに覗いています。 小さな場所で営んでいるのでどこかに立ってみていると不審がられるので利用者の一人として皆さんと椅子に座り、話をします。 10年後の自分を疑似体験しているようです。 川柳にあるようにディケアーの利用者は女性が多く、比較的元気の良い人と1時間ほど話をしました。 話の内容は自分の生い立ち、両親の話、住い等その人の人生のすべてを1時間にまとめて語ってくれました。 話の内容は具体的で要点を外さずに組み立てられ、矛盾もありません。

この人も認知症という事ですが、認知症に対する知見が少ない私としてはとても認知症とは思えません。 しかしご本人は80歳代、自分の父親は漁師をやっているという事は年齢からあり得ないことです。 記憶の中から時間を無視して話を紡げば出来ることで、語られた内容はすべて事実と思われます。

認知症老人に溶け込んでいるのが仕事かと思いますが、管理者からディの雰囲気が良くなったとのことでした。 自らは達成感などありませんが、年寄りの働きはこんなものかと思いました。 シルバー川柳を送ってくれた友人は人生の達人かもしれません。

 

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[経営]

集中

 およそ組織は企業でも行政組織でも軍隊でも情報の流れは上層に向かいます。 愛読しているチャンバラ小説(主に江戸期)でも典型的な官僚組織である幕府において情報の正規ルートは上方向で横方向には向かいません。 時代が下って第二次世界大戦の戦艦大和は3000人の乗組員の情報は艦橋に設けられた指揮所に集まり、指令が出ています。 指揮所に通じる伝達手段が途切れれば指示は出せません。

現代の大企業でも社長の所に全ての情報が集中し、判断されているところがあります。 各部署の責任者は毎週決められた日時に代表のもとに状況説明に行き、詳細説明を行い、細かい指示を受けます。 おそらく移譲されている権限範囲のことまで指示されている会社があるようです。 そのような企業が前近代的な経営方法と批判できないほどうまく機能している場合があります。 職員の多くは最上位者から詳細指示を受けることでほぼ全てにおいて免責となり、気が楽です。

情報の集中と詳細指示だけであるならメーリングシステムで解決できるように思われます。 実際にメーリングシステムですべての判断を行っている企業があります。 やれば出来るのでしょうが職員数が多くなるとどうでしょうか。 我々の世代は先輩や上司が帰りに一杯付き合うことで愚痴を聞いたりしていました。 業務内容がマニュアル化出来て例外処理の指示を仰ぐことで事足りる仕事ならうまくできそうな気がします。 しかし人のやることですからマニュアル化できないようなやりがいなどマニュアルとメールで解決できないことも出てきます。

米軍の映画を見ていると精神科医などがカウンセリングを行っているシーンが出てきます。 戦闘という極限状態での精神性の維持は難しいでしょう。 アメリカの経営学では権限移譲の話題が多く、情報・権限の上層に集中する官僚機構を否定する研究報告が多いように思われます。 その最も進化したものとして『サーバントリーダー論』です。 平たく言えばリーダーは業務を執行する部下を支える仕事に集中するというものです。 執行者は権限移譲を受け、責任をもって業務執行を行います。

あるホテルで各職員は顧客満足を得るために2000ドルまでの支出を上司の許可なく使えるそうです。 そのホテル(アメリカ本土)に宿泊した人がノートPCを部屋に忘れ、宅急便で次の宿泊先であるハワイのホテルにPCを送るように連絡しました。 そのことを指示された客室員はそのPCを持って飛行機に乗りハワイの指定されたホテルに届け、称賛されたそうです。 この職員は仕事をするうえでマニュアルに縛られることなく顧客満足を最大化できたので、いつもそのように対応できれば帰りに上司と一杯飲みながら愚痴ることもなければ精神科医のカウンセリングを受ける必要も小さいと思われます。

働く人個々人の自由度を大きくすることだけでパーフォーマンスを最大化することは困難でしょうが、働き仕事をすることについて考えるヒントになりました。

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[プライベート]

失言

 友人の一人に口うるさい人がいて、その人にとって不快なことを私が言うと批判します。 『そんなことを言うのは何時もそんな事を思っているかだ』と、思わなければ言葉にでない、誰でもいろいろなことを考え、思い浮かべてしまうものです。 何かの答を導き出すときに我々は頭の中にある情報を総当たりで組み合わせ、評価し言ってしまうものです。 学校教育でも考えるスキルという点で情報=予見を組合わせて答えを導く訓練がなされます。

組み合わせの中から最適解を導き出すのは価値観と情報の網羅によりほぼ決まります。 価値観は仕事であれば設定された目標そのものになります。 情報は集める過程でその人の本質的な価値観で決まります。 何に関心があるかで同じものを見ていても入ってくる情報は異なります。

情報を組合わせ設定された目標に合致しているか選別した解の中には特定の関係者にとって好ましくない解も含まれます。 仕事であれば皆が嫌がる作業を含んだ解で、誰かがそれをやらなければならない時などです。 他の解に比べそれが一番目標に沿っているなら皆が嫌がる作業は避けられません。 それを口に出して言えば組織の誰かがそれを担う事になり、担当する誰かが自動的に決まります。 その人は「また俺か」と嘆きます。

最適解をきめるのは仕事では組織長、誰かに負担を強いる解の決定をできない人は辛い作業を含まない迂遠な解をあえて出すときがあります。 組織メンバーの殆どが最適解に気づいていて誰かが会議でその解は迂遠であり最適解を提案する場合があります。 発言者が嫌な作業を自分がやるといえば治まりますが、特定の人に押し付ける発言をすればその人から恨まれるでしょう。

設定された目標に沿っているのでこの場合も感情を排除すれば妥当です。 解が違法であったり、他社の人権を侵す要素を含んでいれば発言した段階で許されなくなります。

会社でも政治の世界でも複雑系の話題でよくある話で、悪魔のささやきに傾くときがあります。 それを避ける方法考えていて思いついたのは利害を超越する事だと思いました。 自分の保身や決断できないという評価を甘んじて受ける覚悟があれば最適解にたどり着きやすいと考えました。

利害を超越する方法はお金や役職にこだわらず、質素に暮らすこととともに正しい目標を設定して最適解を考え抜くことに尽きると思います。 そしてそれは凡人にもできる行いです。

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[会社運営]

論理と直観

 他人の事は評価できても自分がどのような人間か正確に判りません。 他人であっても自分であってもその人の行動や発言でどのような人か判断します。 もしほとんど話をしない、ほとんど行動もしない、というような人がいれば評価は難しく、『何も言わない、何もしない人』になります。

反対によくしゃべる人、良く行動する人がいます。 色々な所に出かけて行き、多くの人と話をし、アクティブに見えます。 当社の職員にもそのような人がいて、話をしたときにあとで何を話し合ったか思い出した時に情報の共有や何らかの決定や今後の予想など手帳に書き留めるようなことが何もない人がいます。 今日は寒いですね!、課員のだれだれが今日は休んでいます、飼い猫が餌を食べないんですよ、当たり障りのない話題だけで会話が成り立った時です。 その話で10分とかかかります。

その様な世間話も無駄ではありませんが、すべての会話が世間話であれば少なくとも企業は成り立ちません。 事業活動の基本はplan  do  check  action その報告・連絡・相談がコミュニケーション内容です。

たまに会議に出て世間話に終始することがあります。 plan  do  check  action の何を話題にしているのか、例えば私は昨日どこどこの取引先に行って名刺交換したなど課員と共有すべき情報ではありません。 こういう目論見でこのような提案を取引先何社に何日かけて提案し、何社からは好意的な反応を得た等が典型的な会議の話題です。

言葉の一言に意図や意味があり、相手の発言を正確に理解し、あいまいさや矛盾を追求するようなコミュニケーションの例として推理小説や法廷での公判のやり取りがあります。

私はチャンバラ小説をよく読みますが、剣客が命のやり取りをするときの会話には必要最低限のものになり緊張感を高めます。

日常生活の会話が総て法廷での検事や判事や弁護士のやり取りのように論理的であればほとんどの人が息が詰まるでしょうが、たまにそれが出来る人がいます。

その人の仕事ぶりを見ていると理にかなった行動でブレが少ないです。 同様に理にかない、論理性の高い人でスタイルが違う人ともコミニュケーションは成り立ちます。 ただ利害が異なり、公判での原告と被告の弁護士同士はコミュニケーションは成り立っています。

その様に論理性に優れた人同士のコミュニケーションが成り立たないことがあります。 利害だけでなく価値観や方法のこだわり、目標設定の違いなどがコミュニケーションの断絶を意図するかしないか別にして生みます。

その様な時にわざと間合いを外し、重要な情報を隠したりして結論を遅らせることがあります。 論理、平たく言って理屈では結論が出てしまっても新たな事実が起こり、明らかになって結論は誤ったものになることはよくあることです。 自明の理には不確実な部分に対して前提がつき、前提が変わると結論も変わることになります。

経営者は結果責任を負い、理屈を考える人は前提の範囲において結論に責任を取ります。 会社での意志決定の殆どが自明の理であるかのごときプレゼンテーションでなされ、責任を負う経営者はそのプレゼンテーションに直観などで難癖をつけることになります。

plan  do  check  action を細かくすれば前提条件の変化以前に結論=アクションは正当化されます。 経営者は細切れの近未来を描くことで成立しない仕事をする人になります。

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