相談役BLOG

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価値観

[価値観]

目標と将来と達成感

 私は幸せになりたいと思っています。 おそらく誰もが同じで不幸になりたいと思っている人はほぼいないでしょう。

残念ながら私は幸せになることを目標にできません。 フランクルの言葉で気付いたのですが、ついでに言えば結果になるものを目標にしない、もしくはできないことのように思います。 そもそも目標は何かに繋がると思いますが、設定された目標から目標に向かう行動やプロセスが上手く導き出されるかどうかがポイントと考えています。

結果になるものは事業運営における売上・利益など、勝敗のあることで勝つということ、美味しい料理などはすべて結果です。

事業運営ではたいてい売上・利益を伸ばそうとします。 前年比〇%伸長と目標設定される場合があります。 そこで終われば一体何をすれば良いのかわかりません。 結果的に伸びれば達成ということになります。 そこで計画数値に裏打ちされた行動計画を具体的に立案します。 取引先選別、重点取引先の訪問頻度を上げるなどです。

売上・利益などは大きくなればなるほど良いと考えられがちですが、極大化を狙い続けて破綻した企業は多くあります。 規模に係る設定基準は限界があったり適性水準があったりで極大化がすべての局面で正しいわけではなさそうです。

目標や計画は将来に対するものですから、将来予測が必要になりますが、将来予測は無益であるという人がいて、確実な将来展望は自分で将来を作ることと言っています。 自分で作れるのなら確実性はかなり上がります。

過去に戻ることはできないわけですから将来に向けて生きるという当たり前のことを認識し、目標設定するわけですからこうなりたいという意志から描いた展望を目標にすべきです。 その意味で売上〇円などという目標設定は疑問があり、仮に達成されても達成感はありません。

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人が変わる瞬間

 組織で働いていると自分のたち位置(役職や所属部署)がどうであれ組織のメンバーと意見のすり合わせをしなければなりません。 誰かとすり合わせをしていて『なんて頑固なんだ!』と思う事があります。 おそらく相手も同じことを思っているでしょう。 結果的にすり合わせができないまま事が進み、ずれた認識のまま成果が積み重なってゆきます。 成果が見え始めると多くの場合相互に修正が行われ、好ましい成果に繋がる場合があります。

最後まで対立し、二つの異なった成果が生まれ整合しない残念な結果になることもままあることです。 これは好ましくないのでベストでなくても良いから誰かが決定してくれて、決定に従ってことを進めると時間が節約できて良い結果をもたらす事があり、特定の人に決定権の集中が進む場合があります。

組織に属する人が皆がベストを見出すことは不可能ですが、情報の共有を通じて何がベストかできるだけ多くのメンバーが見抜けるようにする訓練は何処の会社も熱心です。

組織で決定のプロセスは多数決が主流ですが、主要メンバーの一票は重く、役職が上位であれば一票で多数の意見がひっくり返ります。

そのような人が意見を変えて皆に賛同する事があります。 今まで同じ課題では必ず反対していた人が必ず賛成するようになったらその人は意見を変える事がてきたことになります。 めったに見られない現象ですが、何かきっかけがあって価値観が変わったのだと思います。 人生を振り返って多くの人との係わり合いの中で、自分の言葉で相手が変わった(その人にとっても社会的にも良い方向で)瞬間があります。

逆に相手の一言で自分の考えが変わった瞬間があり、靄がかかって先が見通せないことの展望が開けたような印象です。

人が変わるのは瞬間であって、長い時間の経過と共にその人が変化したのも細かい変化の瞬間の集積だと思っています。 瞬間に人が変わるというのは私がそう思っているだけで正しい観察かどうかわかりません。 しかし変わる瞬間は心地よく、多くの変化の瞬間を期待しています。

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説明

 営業員の訪問件数が管理されています。 何件訪問したか、というものですが営業成績と訪問件数の多少はかなり相関関係があります。 その為各営業は訪問件数をカウントしています。

おっとりした若い営業の訪問件数が伸びません。 営業の会議では訪問件数を伸ばしてみてはと指導しますが、やはり伸びません。

色々聞くと一件訪問あたりの滞在時間が長いのが原因と本人は考えています。 訪問先で長く話すので次の訪問時間との間に余裕があり、隙間時間で何とかもう一件訪問するというのが本人の改善策です。

営業先で長く話をする事が大切と考えている人が隙間時間で短時間の面談を良しとはしないでしょう。

私は長時間の面談や会議は苦手です。 面談では挨拶もそこそこに要件を切り出しますし、会議で資料が多いのも焦点がぼけるのでできればA4 1枚にまとめてほしいとお願いします。 もちろん初対面の方にこのような対応はしません。 私が時間をかけるのは採用面接、今は1時間ぐらいですがかつては数時間掛けて面接したこともあります。

私が会議や面談時間を短くしているのは短くする事が目的ではなく、面談の目的に焦点を当てたい為です。 時間が長いと何の話題であったか解らなくなります。 私がかつてお世話になっていた弁護士は話が長くなるといらいらして怒り出します。 そこで因果関係の複雑な事件の場合は図を用意して説明します。

しかし営業の現場では世間話を含めてある程度の滞在時間は必要で、こちらは話を準備してきたけれどお客様はその話を始めて聞くので言われた一つ一つのことを納得するのに少しの間が必要です。

薬局で服薬指導をしている薬剤師でこの間の取り方が上手い人がいます。 何か一つの事実、たとえば副作用についてであれば一つの副作用を説明しにっこりしながら待ちます。 相手が何か返すと相槌を打って次の説明に移ります。 服薬指導の時間は少し長めですが実務上問題ありません。

逆に福作用が複数あるとき一気に説明する薬剤師がいます。 往々にして患者さんに伝わっていないように思われます。

先ほどの営業の説明でおそらく本人が長いと思っている時間は30分程度とおもわれます。 先ほどの相手の反応を確かめながら説明する薬剤師の場合5分程度でしょうか。 福祉用具の説明と服薬指導の時間は内容からすると同じくらいの説明量でしょうか。

前出の営業に5分で説明しろと指導すれば本人は自分のスタイルや価値観を否定されたと思い、気を悪くするでしょう。 間の取り方の上手い薬剤師の説明を横で聞けば自分の思う理想の営業に近づいてゆくと思われます。 否定しても反発、薬剤師の間の取り方が腑に落ちて上手く説明ができるようになって褒めれば成長は止まります。 人を教えるのは難しいことです。

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転職

 今日は私の誕生日、めでたく66歳を迎えました。 生まれたのは昭和28年、第二次世界大戦が終戦を迎えて8年経ったときでした。 たまに第二次世界大戦前の映画を見て登場人物の発言や考え方に触れ、『それに近い時代であったな』と思い出す世代です。

子供の頃は子供は両親に絶対服従で、子供の頃は1歳年上の子には服従、私が社会人になったのは25歳の歳で昭和54年でした。 会社で上司はもちろんのこと年下でも(私は25歳で社会人になっているので年下の先輩は沢山いました)敬語を使って接していました。

つまり年上や先輩、上司はなおさら絶対で上司の指示ミスで私が結果的にミスをしても上司が始末書書き、責任を取る文化でした。 賃金は年齢によって厳格に決められていて何歳なら基本給はいくらか明確でした。 毎年かなり昇給し、一定年齢と共に皆が昇進し、賞与も毎年上がり入社後20年間を掛けてバブルがはじけるまでインフレと昇給が続き、バブルがはじけても対処法がわからず、私より20歳以上年上の経営層は時代を読み違えたマネジメントを展開していました。

バブルがはじけてからの20年間は『失われた時代』ということで現在に至るまでデフレ体質から抜けられず、物価が上昇しない中で年功序列は崩れ、昇給しない若い世代は人材紹介会社の甘言に踊らされて転職を繰り返しています。 紹介会社の運営する口コミサイトで当社の内部批判を目にしますがほぼ根拠のない批判です。 その初回会社が平気で人を紹介してきます。

私は転職を否定するものではありません。 私も一度転職しています。 前述したように前職の会社の体質が古く、それが生理的に受け入れられなかったので転職しましたが、会社の評価は別にして体質改善の仕掛けを仕事の一環としてやる事ができ、成果も生んだと思っています。 転職せずに続けるのも一つでしたが自分の思いをぶつけると波風ばかりが立つので転職したことは私の人生で大きな成功だと思っています。 何が成功かと言うと自分がやりたい事が出来た、たまたまそれが経営の仕事であったということでしょうか。

自分のやりたいこと、やりたいこと実現できる為の方法手段=人間関係ややりたいことについての努力、結果=所得や地位で満足が行けばその職に就いたことは良かった事になります。 目標は『やりたいこと』で良好な人間関係=手段、結果=所得・地位ではありません。

最近採用面接で転職理由を聞いたり、当社の退職者の理由を漏れ聞いたりして目標を持っていない人が無理やり方法を目標にしたり結果を目標にしたりしてさまよっているのを見かけます。

目標は目標、会社が与えるのは仕事であって個人の生きる目標ではありません。 何をしたいかという個人の目標は本人が考えて見出すもので、考える癖を持たない人はさまよえる転職者になって行きます。

鍵がかかった自分の家に入るのに鍵を探さそうとしないで家に入れないことを嘆いているように思えて仕方がありません。

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本を読まない文化

 採用面接でレギュラーの質問に読書の習慣があります。 読書の習慣があると応えた人にはさしさわりのない範囲で読書のジャンル、小説であれば好きな作家などを聞きます。 本を読まない人には何から情報を得るか、TV、新聞、ネット、会話など情報源を聞きます。

新聞と答える人はほぼおられません。 私は相変わらず新聞を熱心に読みますが、朝新聞を取りに行くのと読んだ新聞紙を捨てるのが面倒で電子版に変えました。 私が住んでいるマンションでも資源ごみの日に捨てられている新聞紙は殆どありません。

読書も習慣にしている人は少なく、採用面接でも余りお目にかかりません。 『読書の習慣はありますか?』、『あります』、『月に何冊ぐらい読みますか?』、『年に5冊くらいですか、』、読書の習慣を量だけで判断するつもりはありませんが、週に1冊読まないのは習慣とは言いがたいように思います。 私は年間50~100冊程度でしょうか、もう少し読みたいと思うのですが読めない言い訳は山のようにあります。

このブログで以前投稿しました『ティール組織 フレデリック ラル著 2018年1月初版』は大阪市立図書館で借りて読みました。 今見ると全館で3冊所蔵、予約件数39です。 私が数ヶ月前に借りたときはすぐに借りる事ができました。 本書はビジネス書大賞経営者賞を受賞しています。(その価値は全く知りません) 589ページあります。 私が借りたときは誰かに読まれた形跡はありません。 分厚い本なので誰も読まれていないと手を離せばページが閉じてしまいます。

私は本書を日本経済新聞の書評で読んで知ったのですが、この数ヶ月でどこかで紹介されたのかもしれません。 図書館で蔵書の冊数は人気の指標、3冊というのは人気がありません。

一つのテーマで600ページを費やした情報はネットでは余りお目にかかりません。 新聞でもないですし、TVで内容を放映するなら何時間もの特集になるでしょう。 それが紙に印刷され、相応の価格で販売されるのですから内容は重厚と思われます。

ネットで検索すれば本書の要約も著者の経歴もティール組織の実例も出て来ます。 しかしオリジナルの本を読み終えるほうが作者の論旨は正確に伝わると思います。

このような大きな知識に対して日々の生活は100字程度の文章にまとまるネット記事が社会生活を営む上で有効です。 だから本は読まれないかというと書籍の販売額は減少しても体系化された大きな知識は人が仕事をし、生活するうえで必要です。 本はその記録・伝達手段としてまだ効力を持っているだけで、『読書の習慣はありますか?』は愚問で、『大きな知識に触れる事はありますか?』が的を得た質問になるでしょう。

人が仕事をし人間関係を営む上で体系だった知識、それは知識を超えて価値観というべきかもしれませんが、持っていると想像します。 それが偏狭なものであれば『おたく』と呼ばれるかも知れません。

欧米の映画を見ているとそれを色濃く感じます。 先日見たスウェーデン、ドイツ、台湾、韓国の映画、どれもが政治的背景を持つプロパガンダ映画ではありませんが、価値観の違いを感じます。

面白いことに先ほどの『ティール組織』のような学術書にも違和感として感じ取れます。 自分の属する社会で楽に生きるにはその社会で標準的な価値観を習得すればよいでしょう。 善悪ではなく楽かどうかの問題です。 何が楽かといえば考え方や価値観に悩まされる事が少なくなるからです。 そのような価値観に違和感を感じる人はその社会から出てゆきます。 何処にいっても違和感を感じるならばある意味『おたく』になってしまうかもしれません。

多様性が話題になる現在、多くの価値観を理解できれば多様性の社会でも楽に生きてゆけるし、そのような多様性を理解する上で読書は断片でない知識という意味で有効だと思います。

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無駄取り

 事業運営でも日々の生活でも無駄を省くこと、節約すること、効率化を図ることはよく話題になります。 自分に自信のある人、何に自信があるかというと稼ぐこと、価値を生み出すことに自信のある人はそれ程節約に関心がありません。

一万円の利益を残すのに税引後利益/売上の率が1%であったなら100万円の売上増が必要です。 1%の率は一般的だと思います。

日本経済新聞に老後資金のシュミレーションが出ていました。 この記事は何度も登場し、老後資金やライフスタイルについて社会の関心が高いことを示しています。 よくある内容は世帯所得が1千万円から1.5千万円で預貯金が数百万円しかない話です。 この所得が手取り額であれば何に使っているのか不思議です。 記事を読み進むと家のローン、子供の学費、食費、水道光熱費、服飾費と家計の内容が例示されています。 自分の生活スタイルからは考えられない出費が見られます。 例えば毎月衣類に3万円と書かれています。

可処分所得1~1.5千万円は高収入です。 ほぼ使い切るのは簡単で節約するのは大変そうです。 しかし解説者は節約を示して老後資金の貯蓄を進めています。

私個人としては節約は趣味のようなもので、それがなければ生活に困るものでなければ支出することは稀です。 収入もさほど多くないので貯金も少ないですが、収入の道が閉ざされたとしても生活していけるように思います。

朝出勤するときの道のりでもずいぶん無駄なことを目の当たりにします。 近所の印刷会社はスーツを着た営業の人が印刷物を車に積み込み、配達の準備をしています。 会社まで1500歩弱の間に自動販売機は30台程度あります。 近所の人がヨーロッパ車で喫茶店にお茶を飲みに来ます。 宗教法人は朝から読経の声が聞こえます。

何が無駄で何が必要か理屈ではなく人の価値観だと思いますが、10年以内に無くなると予想されるものは支持されている割合の低い価値観だと思います。 無駄を無くし合理性を追求することは支持されにくい価値観だと思いますが、無駄のない生活や事業運営の魅力が明らかになれば、方法として節約は魅力のあるものになってきます。

友人が私に『お金をもって死ねない』と言いましたが、日々の生活に満足していればお金そのものは話題として小さくなります。 私の場合、満足は自由な生活からもたらされます。

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いつまでも新鮮なホウレン草

 最近スーパーマーケットの店頭に並んでいるホウレン草で葉がぼこぼこしているものがあります。 見た目は新鮮で色も鮮やか、葉の付け根に土がついていません。 想像するに水耕栽培だと思われます。

冷蔵庫に入れておいて4日ほどたちましたが全く萎れてきません。 そのまま生でサラダとして食べられそうです。 味も普通のホウレン草です。

先日野菜の工場生産設備のメーカーに伺いお話を聞く機会がありました。 その設備は無菌状態で栽培するというものです。 まだ実験段階でとても採算は取れませんが、栽培しているのはリーフレタスでホウレン草と同様に傷みやすいものです。 無菌で栽培した作物は冷蔵保存すればかなりの日数鮮度か保てるそうで、一月ほどはもつとのことでした。

鮮度がすぐに落ちるものが長期間生で保存できるのは驚異です。 肉や魚でもその技術が確立されれば廃棄処分は減るでしょうし、薬や加工食品でも同じ事が出来るなら医療費の削減に貢献できるでしょう。

人間も鮮度が保たれれは・・・・  私は65歳ですが30歳くらいの知力・体力・健康が維持できればきっと無期懲役になったような絶望感にとらわれると思います。

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事業

 私の居場所は谷町筋に面したビルの7階窓際です。 上町台地の上にビルが建っているので階数以上に高く、遠くが望めます。 高い建物がなければ西側は大阪湾がきれいに見える場所です。 大阪湾に沈む夕日が見えたことから地名も夕陽丘となっています。

窓から景色を眺めながら見えている範囲に仕事の種類はどれくらいかと考えました。 付近はお寺が集積しているのでまずお寺、宗教が仕事がどうかは別として、お寺を建てる宮大工、境内の植木の剪定をする植木屋、寺の屋根に太陽光パネルが設置してあり、パネル製造業者、見えている景色から拾い出した仕事の種類は想像されるものも含めて100くらいは思いつくでしょう。 見えているものから想像するわけですから谷町筋を走る車から自動車産業、タイヤ製造、ガソリンスタンド、石油会社、走る車からタクシー、バス、ゴミ収集、運送業と1000くらい思いつくかもしれません。

さらに想像を膨らまし、ガソリン添加剤製造メーカー、お坊さんが頭をそるカミソリ製造業、お寺が飼っている猫のキャットフード製造業、キャットフードの包装材料と印刷業等で1万くらいの仕事、事業、商品を連想できるかもしれません。

やった事は無いですが毎日10分ほどの時間をさいて景色を見ながらエクセルに仕事を書き込んでいきます。 1万種書けたら、もしくは想像できなくなったら今度は書かれている仕事で自分の生活を成り立たせる事が出来るか考えます。 生活するうえで不便であり、在ったら良いと思える仕事を考えます。 『それは事業としてて成り立つか?』おそらくそんな作業で思いついた事業や仕事などすでに社会の片隅で細々営まれているか儲からないので誰もやらないのかでしょう。

しかしこんな風に考え続けることは新規事業を考えるうえで訓練になると思います。 事業として成立する新規事業のネタは日々の仕事や生活の中に潜んでいて誰もが見えているけれど気が付かないもの、気が付くような訓練をして自らの価値観に刷り込まなければ見えているものから見つけることが出来ないように思います。

そういうことを考えるのが上手い人と話をしていると驚かされます。 なんでそんなことを考えられるのか、その人は皆と同じものが日常で見ていてそうかと思うだけです。 それは理屈でもなんでもないように思います。

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反省するより悔い改めよ

 採用面接をしていて将来どのようになりたいか?と質問することがあります。 いろいろな言葉で表現されますが成長したいという答えが多くあります。

成長とは人格形成を指していると思われます。 ここは突っ込まないようにしており、抽象的なことで、若い人はあまり深く考えておらず言葉になりにくいからです。

人格形成は少し次元の高い話なので、標準からずれている価値観を修正しようとした場合の事を例示します。 組織内で意見が衝突した場合を想定してみましょう。 何か仕事上で問題が起こり、その対処の経験がないのに自分の考えで周囲の人に押し付けるような場合です。 原因が自分のミスであることが解っていてそのリカバーを誰かにお願いする場合、お願いにもかかわらず高圧的に指示する人がいます。 困ったことでお願いであればお願いしなければなりません。 この場合は悪意があり、上位者にバレると隠そうします。

何か問題があってその対処がほかのメンバーの役割であるときに何の悪意もないけれど相手の仕事であるから処理するのは当然だろうという態度です。 よろしくお願いしますという態度で相手に依頼すればほとんどうまく対処してもらえます。 そうするように注意すると悪意がないだけに反発が来ます。『私に八方美人になれと言うのか?』、注意の内容が八方美人とととらえられたなら仕方のない事ですが、それで仕事がうまく行けば一歩前進です。

心からお願いしますという気持ちでお願いすれば相手にその心が通じるもので、それが自分に返ってくると人格形成に繋がってゆくとおもいます。

私がサラリーマンになったとき勤めた会社は旧態依然としていて、おべんちゃらの世界でした。 大学の恩師にあったときにその愚痴を言ったことがあります。 先生曰くおべんちゃらで出世できるならいっぱい言えばよい、大笑いされていました。 いまにして思えば先生の言葉は実践的です。 木かつけば最近は周囲の人におべんちゃらもどきの気遣いをしているのですから。 もう少し若いときからやっていればもっと出世できて、人格もそれになっていたと反省しきりです。 残念ながら悔い改めるところまではいきませんでした。

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片付け

 あるお宅にお邪魔するといつも散らかり、台所には汚れた食器が積みあがっています。 見ていると次の食事の用意の時に洗い物をされるようです。 部屋の掃除も来客があればその都度事前に掃除と片づけが行われます。 私は掃除をして迎えられる客ではないのでその家はいつも散らかり、汚い状態です。

その考えは合理的かもしれません。必要な時に必要なことをするのですから、そして不意のお客さんがあまりない家です。 いつもきれいに片づけて、掃除もしていればいつも快適な環境で暮らす事が出来ます。 私はそっち派なので掃除は頻繁に行います。 床が汚れ、散らかっているのが嫌なのですが掃除はあまり得意ではありません。 すぐ散らかすわりに片付けも下手です。

長い目で見て一生汚い環境で生活することと一生ほぼ片付いた清潔な環境で暮らすのと比較するまでもありませんが、其処の家の人は全員が問題対処に時間がかかります。 締め切りのあることは徹夜してでも行われます。 常態を好ましい環境に維持していく、そのためには常に片付けと掃除は欠かせません。

会社の中で問題は常に湧いて出て、片づけて行かなければ問題だらけの会社になってしまいます。 現にそんな会社もあります。 もし倒産した会社の掃除と片付けの状態を調べたら汚く、片付いていなかった会社と評価されるでしょう。

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