相談役BLOG

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価値観

[価値観]

事業

 私の居場所は谷町筋に面したビルの7階窓際です。 上町台地の上にビルが建っているので階数以上に高く、遠くが望めます。 高い建物がなければ西側は大阪湾がきれいに見える場所です。 大阪湾に沈む夕日が見えたことから地名も夕陽丘となっています。

窓から景色を眺めながら見えている範囲に仕事の種類はどれくらいかと考えました。 付近はお寺が集積しているのでまずお寺、宗教が仕事がどうかは別として、お寺を建てる宮大工、境内の植木の剪定をする植木屋、寺の屋根に太陽光パネルが設置してあり、パネル製造業者、見えている景色から拾い出した仕事の種類は想像されるものも含めて100くらいは思いつくでしょう。 見えているものから想像するわけですから谷町筋を走る車から自動車産業、タイヤ製造、ガソリンスタンド、石油会社、走る車からタクシー、バス、ゴミ収集、運送業と1000くらい思いつくかもしれません。

さらに想像を膨らまし、ガソリン添加剤製造メーカー、お坊さんが頭をそるカミソリ製造業、お寺が飼っている猫のキャットフード製造業、キャットフードの包装材料と印刷業等で1万くらいの仕事、事業、商品を連想できるかもしれません。

やった事は無いですが毎日10分ほどの時間をさいて景色を見ながらエクセルに仕事を書き込んでいきます。 1万種書けたら、もしくは想像できなくなったら今度は書かれている仕事で自分の生活を成り立たせる事が出来るか考えます。 生活するうえで不便であり、在ったら良いと思える仕事を考えます。 『それは事業としてて成り立つか?』おそらくそんな作業で思いついた事業や仕事などすでに社会の片隅で細々営まれているか儲からないので誰もやらないのかでしょう。

しかしこんな風に考え続けることは新規事業を考えるうえで訓練になると思います。 事業として成立する新規事業のネタは日々の仕事や生活の中に潜んでいて誰もが見えているけれど気が付かないもの、気が付くような訓練をして自らの価値観に刷り込まなければ見えているものから見つけることが出来ないように思います。

そういうことを考えるのが上手い人と話をしていると驚かされます。 なんでそんなことを考えられるのか、その人は皆と同じものが日常で見ていてそうかと思うだけです。 それは理屈でもなんでもないように思います。

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[価値観]

反省するより悔い改めよ

 採用面接をしていて将来どのようになりたいか?と質問することがあります。 いろいろな言葉で表現されますが成長したいという答えが多くあります。

成長とは人格形成を指していると思われます。 ここは突っ込まないようにしており、抽象的なことで、若い人はあまり深く考えておらず言葉になりにくいからです。

人格形成は少し次元の高い話なので、標準からずれている価値観を修正しようとした場合の事を例示します。 組織内で意見が衝突した場合を想定してみましょう。 何か仕事上で問題が起こり、その対処の経験がないのに自分の考えで周囲の人に押し付けるような場合です。 原因が自分のミスであることが解っていてそのリカバーを誰かにお願いする場合、お願いにもかかわらず高圧的に指示する人がいます。 困ったことでお願いであればお願いしなければなりません。 この場合は悪意があり、上位者にバレると隠そうします。

何か問題があってその対処がほかのメンバーの役割であるときに何の悪意もないけれど相手の仕事であるから処理するのは当然だろうという態度です。 よろしくお願いしますという態度で相手に依頼すればほとんどうまく対処してもらえます。 そうするように注意すると悪意がないだけに反発が来ます。『私に八方美人になれと言うのか?』、注意の内容が八方美人とととらえられたなら仕方のない事ですが、それで仕事がうまく行けば一歩前進です。

心からお願いしますという気持ちでお願いすれば相手にその心が通じるもので、それが自分に返ってくると人格形成に繋がってゆくとおもいます。

私がサラリーマンになったとき勤めた会社は旧態依然としていて、おべんちゃらの世界でした。 大学の恩師にあったときにその愚痴を言ったことがあります。 先生曰くおべんちゃらで出世できるならいっぱい言えばよい、大笑いされていました。 いまにして思えば先生の言葉は実践的です。 木かつけば最近は周囲の人におべんちゃらもどきの気遣いをしているのですから。 もう少し若いときからやっていればもっと出世できて、人格もそれになっていたと反省しきりです。 残念ながら悔い改めるところまではいきませんでした。

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[価値観]

片付け

 あるお宅にお邪魔するといつも散らかり、台所には汚れた食器が積みあがっています。 見ていると次の食事の用意の時に洗い物をされるようです。 部屋の掃除も来客があればその都度事前に掃除と片づけが行われます。 私は掃除をして迎えられる客ではないのでその家はいつも散らかり、汚い状態です。

その考えは合理的かもしれません。必要な時に必要なことをするのですから、そして不意のお客さんがあまりない家です。 いつもきれいに片づけて、掃除もしていればいつも快適な環境で暮らす事が出来ます。 私はそっち派なので掃除は頻繁に行います。 床が汚れ、散らかっているのが嫌なのですが掃除はあまり得意ではありません。 すぐ散らかすわりに片付けも下手です。

長い目で見て一生汚い環境で生活することと一生ほぼ片付いた清潔な環境で暮らすのと比較するまでもありませんが、其処の家の人は全員が問題対処に時間がかかります。 締め切りのあることは徹夜してでも行われます。 常態を好ましい環境に維持していく、そのためには常に片付けと掃除は欠かせません。

会社の中で問題は常に湧いて出て、片づけて行かなければ問題だらけの会社になってしまいます。 現にそんな会社もあります。 もし倒産した会社の掃除と片付けの状態を調べたら汚く、片付いていなかった会社と評価されるでしょう。

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[価値観]

真剣!

 チャンバラ小説を読んでいるという事は何度かブログに書きました。 チャンバラは剣術の世界を小説にするわけですが、ハイライトは剣による戦いのシーン、何故小説にしてまで面白いか、命の遣り取りがある緊張感が一番でしょう。

うまい作家はそれが道場の竹刀の試合であっても緊張感があります。 木刀の試合もまともにやりあえば打ち殺されます。 では真剣では一合一合が命の遣り取りです。 そこから真剣と言う言葉が生まれたのでしょう。

命の遣り取りの無い介護事業の仕事は真剣か? 命の遣り取りはありません。 相手は高齢者、真剣さは伝わります。 介護の営業の現場で常に真剣であることは難しい事です。 常に高い業績の人は電話をしていても仲間と冗談を言っているときもなぜか真剣さを感じてしまいます。

本人は意識しているかどうか解りませんが真剣さが身についているのでしょう。 一方業績が低迷している人に同じ真剣さはありませんが、一生懸命であったり、誠実であったりの印象は感じるときがあります。 これだけ誠実にやっていてなぜ業績が低迷しているのか不思議に思います。

再びチャンバラに戻り、道場で竹刀による試合をイメージし、命がけの真剣さは多くの場合に感じないでしょう。 もちろん本人たちも。 ところが文字通り触れば切れる刀での戦いなら当事者は真剣にならざるを得ません。

竹刀の戦いを真剣同様にすれば強くなると思います。 竹刀では打たれても突かれても切られる事は無いと思った瞬間真剣さから遠のきます。

仕事は結果を出すもの、結果を出したければ真剣にならざるを得ません。 それで結果が出せた時の達成感はひとしおです。

最近入社したK氏はいつも薄ら笑いで相談に来られます。 決して誠実とか真剣とかの雰囲気ではありません。 一渉り話をして結論に近づいた時、K氏から真剣さがほとばしり、思わず身を引くことがあります。 こわぁ~と思ってしまいますが刀を持っているわけではありません。 真剣さは気であり、K氏はこの気を発して過去に大きな成果を上げた人です。

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[価値観]

余計な一言

 私の父は京都のお寺の生まれ、男6人兄弟の4男です。 それなりに裕福なお寺で、6人の兄弟はかなり勝手に育ったようです。 例えば次男である伯父はスポーツ万能で、小坊主として檀家周りをしてこずかいを貰うと墨染の衣で京都で唯一のアイスアリーナに行きスケートをしていたとかです。

6人の幼少期は第二次世界大戦に突入する時期で、私の父親はポリオに侵され、戦争とは縁がありませんでした。 障害を持つがゆえに引け目を感じつつ成人し、ひたすらまじめに生きてきました。

父方の母親は住職の嫁として近隣で慕われ、人格者として評判が高い人でした。 その人格者の祖母は我が家に来て帰宅するとき私は最寄り駅まで送ってゆきます。 途中で小遣いをくれたりお菓子を買ってくれたりするからです。 当然私は幼かったのですが、最後に祖母は毎度『お前のお父ちゃんは頭が悪かった、お前も頭が悪いだろうから気にせず生きて行け』と言いました。 家に帰って父親に話すと怒り、最後は京都のお寺に電話して抗議していたようです。

私はその助言を何とも思わず、年上の従弟が優秀であってもなんとも思わず学生時代を過ごしました。 頭が悪いのだからと勉強することもなく学生時代を過ごし、成績もさっぱりでした。 小学高4年の時、後に東大に進学した頭の良い子と友達になり、成績が少しづつ良くなりました。 地元の中学に進んでも勉強を続け学年で3番になったとき、勉強が面白くなく成績は下がってゆきました。 高校もさっぱりで大学受験も滑り、予備校でも成績は伸びず10月になってあと数か月で受験というときに勉強する気になり、大した大学ではないですがとても通りそうにない大学に受かりました。

不思議なことは祖母の助言、成績も悪かったので親の期待もなくのんびり過ごせました。 その後も多少の変化もあったけれど過大な期待や努力の強要もなく、大学も三流でプライドもなく人生を送れたことは幸せだったと思います。

面白いことに人生の節目になると思い出したように努力し、人並み以上の成果を上げてきました。 もし自分が『お前は賢く優秀な子だ』と期待をかけられ努力もし続け、成果も上げ続けたられたとしてそれが幸せかと思えません。

私はプロ野球選手の『いちろう』のようにストイックに努力し、評価される記録を残すより打率が低くても要所で得点できる地味な選手のタイプが向いているのでしょう。

今の生活を良しとするなら、その基礎となったのは祖母の助言だったと思います。

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[他業界]

[価値観]

我儘な組織

 おもてなしの文化が話題になって久しいですが、おもてなしからほど遠い文化をもつ組織があります。 警察、病院、最近の話題で言えばスポーツ連盟でしようか?

私の判断基準は個人として用事があっても行きたくないところです。 警察は管轄する許認可の手続きなどで何度も訪問しています。 『用事があるなら予約してから来い』、予約を入れていたら忘れていて平気で待たした上に『こっちは忙しいんだ』とうそぶきます。 警察官の個人の資質が大きいと思います。 知り合いの警察官は紳士ですが、印象としてそうでない人が多く、組織体質だと思います。 一度刑事事件で刑事と面談し、あまりに時間がかかるので文句を言ったら立ち上がり罵声を浴びせられました。 大した迫力もなく、警察という権力があるから威張れるのでしょう。 仕事が遅いのは能力の無さ、説明できないのは依頼事項がはかどっていないからでしょうか? 私だけがこのような印象かと言えば友人が府警本部に届け出手続きに行ったとき、大変親切でびっくりしたと証言していました。 裏を返せばあの不親切な警察が親切なのは気持ち悪いという事でしょうか?

次は病院、母の治療で近隣の中病院に通院介助で通っています。 院内のシステムが古く、どこで何をすればよいのかわからなくなって職員に質問します。 聞きたいことを正確に伝えるためにきちんと説明しようとすると一方的に高速で話し始めます。 答えていることは質問と的が外れていて、『いや違うんですよ、こういうことを聞きたい・・・・』と言いかけたとたんまた高速で話し出します。 また質問内容と違うので『少し話を聞いてもらえませんか?』と言ったもののまたかぶせて話し始めたので『そうですか』と言って別の人に聞くことにしました。 この病院でドクターをはじめ何人かに質問しましたが質問と答えがかみ合いません。 この病院を紹介したドクターにどうせ紹介するならましな病院にしてくれと文句を言いましたが、同じクレームを聞いたことがないのか『そうですか、今後の参考にします』と言っていました。 このドクターが紹介先の病院をかばっているのかどうか知りません。 こちらは客感覚、あの蕎麦屋はおいしいよと言われて不味かったようなもの、感覚が違います。

警察も病院も顧客である犯罪者?や患者はどんどん発生します。 警察は選択の余地がありません。 天王寺警察が嫌だから他所の警察組織で逮捕されたいというわけにはいきません。 病院は都市部に住んでいると選択の余地があります。 外資の病院などが出来ればサービス競争が激化して変わるかも知れません。

警察はチャンバラ小説を読んでいる限り岡っ引きや同心の世界と少しも変わり映えしないように思えます。 袖の下の事件が少ないだけ岡っ引きよりましなのか、外国に比べて犯罪発生率の少ない事を警察の手柄として語られますが警察の手柄だけでなく他の要因も少なからずあると思います。

出来るかどうかは別として病院も警察も競争環境になるかネットなどを通じて具合の悪い事は批判し続ける必要を感じています。

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[価値観]

[採用]

きちっとしていること

 日本郵便のポスターに松本人志氏が『バカまじめ』の一言、インパクトがありました。

当社で採用に苦労している中で応募者が当社のホームページを見て魅力に感じてもらわなければなりません。 当社も松本人志氏にお願いして『バカまじめ』のような一言で引き付けられないものかと考えました。

そもそも当社が松本人志氏にお願いできるほどの力量はありませんがバカまじめに近い企業文化、それをブランドとして採用に寄与できないかと考えます。

薬局や高齢者向け福祉用具の事業は地味で困っている人(病人や高齢者)の困りごとを解決する仕事は社会にとって必須の事業です。 大きなお金が動いたり高いリスト給与が約束されるわけではありません。 しかし過重な残業による過労死や自殺者を出した企業が業績を落とすほど社会の評価はまじめにきちんと仕事をすることを望んでいて、そう思う人の比率はハイリスクハイリターンを望む人よりはるかに大きいと思います。

どこの企業もコンプライアンスを叫んでおりますが、転職者の面接をしているとほとんどの企業でサービス残業が横行していて、それが転職理由にする人もたくさんおられます。

当社はまじめにきちんと仕事をして、法令も遵守しながら成長と発展を遂げていく企業を目指しているのですが、それをうまく打ち出す事が出来ていません。

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[価値観]

こだわり

 介護事業を営んでいると仕事のやり方にこだわる人が数多く見受けられます。 自立生活が不自由な高齢者の足らずを満たす仕事なので、仕事の方法にこだわりを抱く機会は数多くあると思います。

他人が見ると意味の無いこだわりが多いように思いますが本人はかたくなです。 それが仕事の効率を著しく阻害している場合があり、それとなく改善を示唆します。

専門性にこだわり、こうあるべき論を振り回して周りの人間を辟易させてしまいます。 本人は自分の技術や専門性について行けないとして周囲の人を馬鹿にした態度に出ます。 その専門性がお客様の快適性を高めたり、期待を満たせばそれはそれなのですが、大抵は自己満足です。

その罠に陥った人は周囲に不快感を抱かせるだけでなく本人も仮に営業であれば成績が上がりません。 個人成績がそれで上がっていれば場合によっては具合の悪い商売をしていることになりかねません。

対処法はただ一つ、その職責において高い志をもたせること、営業であればお客様の満足度を最小の努力で挙げ、効率よく利益を上げることで会社に貢献するという当たり前のことをもつことが高い志と言えます。 そうすれば周囲の人に良い影響を与え、正の循環に繋がってゆきます。

会社に社会に貢献することを高い志と考えられないのは平たく言えば世間知らず、つまらぬ価値観にとらわれれば人としての成長が出来ないだけでなく社会に迷惑をかけることになります。

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[価値観]

情報量

 昨日26歳で農機具メーカーに派遣社員で組立作業をしている男性と話しました。 初対面です。 バイクショップでたまたまお会いして話をしました。 自動車ディーラーの整備工をしていてあまりの長時間労働に退職し、バイクショップで農機具メーカーの人を紹介してもらい、派遣会社に問い合わせして努めている人です。

初めはツーリング先の話をしていました。 派遣社員にも有給休暇があり、30日休んで陸路北海道にツーリングに行かれるそうです。 ツーリング先からバイクの話、仕事、読書に至るまで初対面なのに1時間以上話し込みました。 それだけ感じよい方だったという事です。

面白かったのはその人が読書を趣味にしていて月に10冊ほど本を読まれるそうです。 最近の若い人にしては珍しいと思いながらも話の中で知らないことがあると携帯で検索されます。 情報収集については熱心な人と言えます。 ところが職探しでバイクショップのオヤジに教えてもらったところに就職されました。 26歳はネット環境にどっぷりつかった世代で、ネットで検索し条件の良いところを探す行動パターンを想定します。 この人も当然そうしていると思います。 紹介された農機具メーカーに派遣社員を派遣している会社に直接出向いて派遣登録しているわけです。

私の趣味のチャンバラ小説を読んでいると江戸時代は圧倒的に情報量が少ないです。 現代人がネットや新聞、TV、口コミで得られる情報量は江戸時代と比較すれば一万倍では済まないでしょう。

この人の情報の価値判断は信頼度で決めていて、ネットであふれている信頼度の不明な情報より信頼できる情報を選択したことになります。

有料職業紹介は求人と求職者のマッチングですから信頼度が求められる仕事ですが、現在のように売り手市場では求人側から見て信頼感はかなり低いです。 この信頼感は一部を除いて悪意のあるものは少ないと思いますが、基本的に質を担保しないスタンスです。

今後ネットビジネスでも質を担保するビジネスモデルが出てくるかもしれません。

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[価値観]

[未分類]

快楽と感動

 再びフランクルの言葉です。 『人間の幸福はどれだけ快楽を得たかではなく、どれだけ感動を得たかによって決まる』がテーマです。

介護事業を営んでいると同業の経営者にお会いする機会が多くあります。 人の性格の安全・安心に関わる仕事で、ご自身の考える福祉ありきで事業を営んでいる人がいます。 基本にあるのは他人への思いやり、しかしその考えで事業を営んでも利益を確保することが難しい場合が多くあります。

そもそも国が作った制度で税金を使った事業ですから規制だらけ、その規制に沿う必要があります。 事業主がここまで必要と思っても制度上認められないことが多く、また個人感覚としての福祉の手厚さの程度は大きな幅をもちます。 制度規制の幅を超えた福祉の考え方の良否はさておきそれが制度ビジネスです。

ならば制度内で一番利益を生む部分を事業として展開する考え方があります。 利益獲得を中心に据えて事業を営まれます。 この考えの大抵の方は事業が上手く行き、所得が増えると高い車、趣味、高額の住居などにお金を使います。 いわゆるお金持ちの生活を満喫されます。 善悪の問題ではなく価値観の問題で、税金を使う仕事をしていてベンツに乗るか、等と言う批判は全くする気がありません。

このお金持ちの生活は快楽多き人生になり、お金で買える感動も多くなります。 一方においてストイックな人生を送る場合を考えてみましょう。

私はお金を儲ける=商売をうまくする=ビジネスモデルを考える事か好きで、苦労して利益が稼げた時に大きな喜び≓感動を得ます。 それが喜びで事業に携わっています。 快楽にはまり感動を忘れるのが怖くて所得をぎりぎりにしています。 本当に質素な生活で事業の感動を糧に幸せな人生を送れるか試しています。 そして今のところ経営の仕事はうまくいっており、仕事主体の人生が幸せに思えています。

 

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