相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[採用]

保守的

採用面接で質問を繰り返し、答えの論理一貫性や経験の豊かさ、常識の有無などを評価します。

殆どの応募者は私より年下、場合によっては40歳以上若い人の面接を行います。 63歳の私が20歳の応募者を面接することはあまり違和感がないかもしれません。 では逆はどうでしょうか? 63歳の私が103歳の応募者を面接する、現実的ではありませんが私にとって100歳を超える人は大正6年以前のお生まれ、少なくとも私は共感を得るコミュニケーションは取りにくいと思います。 もう少し現実的なたとえとして私が大学新卒22歳で採用面接担当とし、40歳年上の62歳の人の採用面接を行ったとしましょう。 私が応募者で当社で一番若い人が面接官という設定です。 やはり意思の疎通は難しいと思われます。

現実に戻って、20歳代の人の採用面接をしていて頻繁に違和感を感じます。 相手は40歳近く年下なのに保守的なのです。

保守的という言葉はあいまいで、ネット辞書を引いてみました。英国の思想家でマイケル オークニットは・見知らぬものより慣れ親しんだもの、試みられたことのない物より試みられたものを、神秘より現実を、無制限より限度のあるもの、遠い物より近いものを、有り余るものより足りるだけのものを、完璧なものより重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを・・・・・・・と定義しています。

私の違和感はこの定義に近い考えが採用面接の質疑に垣間見られることにあります。 とりもなおさず私の偏見、若い人は保守的ではない、中高年齢の人は保守的である、にあるのかもしれません。

そもそも保守的とは価値観か? 思想か? 好みか? 反対は革新的でよいのか? 話を単純化するために保守的とは変化を好まない事と言ってしまいます。 ゆえに保守的な人は環境が大きく異なる海外旅行を好まない、ところが海外旅行は今なお人気のあるイベントです。 ある保守的な人に海外旅行に行きたくないですか?と聞いて行きたくないと答えたとします。 実はその人は外国語会話は不得手でしたが、懸命に勉強して数か国の外国語の会話ができるようになったとします。 そうしたら海外旅行はいきたいと答えたとします。 随分タラればが多いですが、こうなれば海外旅行という変化をスキルがあれば好むという事になります。

では保守的とはスキルの問題なのでしょうか?

採用面接の話題に戻り、営業職採用で管理職に『どのような人がほしいですか?』、『自分で考え行動する人』、『普通の人』(常識ある人という意味)などと答えが返ってきます。 自分で考え行動する人は行動力のある人で保守的な人からは遠い人と思われます。 しかし普通の人は保守的な人と言い換えられるような気がします。

よくも現場は矛盾する考えを言うものか、と腹立たしく思うことがありますが、結論は営業職になって目覚ましい実績を上げている人が好ましい人材ですから私が理屈をこねる必要もありませんし、実績を上げている人に保守的かどうかの分類は当てはまらないように思いました。

人は人にラベルを張りたがるもので私もその一人かも知れません。

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[趣味]

ヨンパリ

韓国映画のタイトルで、日本での放送は本日最終回でした。 若い医者と財閥総帥の若い女性の恋愛物語、韓国でも人気の番組だったそうです。

韓国映画を見ることはほとんどなかったのですが、偶然見ていてハマってしまいました。 1回の放映は1時間弱、なぜか日本で放映されるときコマーシャルの時間が長いような気がするのですが、1回放映の内容は圧縮すると半分の時間で済むような気がします。

会社の若い職員はこの映画にはまっていて、録画したものを倍速で見るそうです。 確かに話題の展開は日本の映画の倍はかかっているように思えます。 登場人物がセリフを言ってそのあと必ず見つめあうシーンがあり、これが時間を長くしている原因かと思われます。

そんな歯がゆさを感じながらも着たい死ね楽しく見てしまうわけは何だろうと思いました。 若い職員曰く『主人公の女優が美しい』、確かに登場人物のほとんどは男性も女性も顔立ちが整っており、悪役は見るからに悪そうな顔をしていて解り易いです。

ドラマの展開に時間がかかるもう一つの理由はどんでん返しが多いこと、何か問題があって解決すると別の問題が起きて状況が反転し、また反転するというものです。 野球で言えば毎回逆転するゲームのようなものです。

私が韓国映画にはまった理由はどろどろとした人間愛と憎しみ、感情的に裏腹の関係であってもこうもどろどろとして憎しみからの復讐は常軌を逸した殺人事件として展開します。 もう少しさらっとした感覚が日本の小説を読んでいると感じるというか、人間の感情は見た目はさらってしていてもそれは表現や復讐などの反応であって、感情そのものはどこの国でもドロドロしているのでしょう。

韓国には一度訪問しましたが、タクシーの運転手は盛んに話しかけてくるし、食べ物はとろみを絡めたものが多く、ショートケーキは際立った色をしていました。 目に見える文化の違いには驚かされますが、感情表現や価値観は心の奥底に潜んでいるものを呼び覚ますような懐かしさを感じました。

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[人間関係]

直接言えない

会社の代表をしているといろいろな人からいろいろな意見をいただきます。 同じ会議メンバーの批判はおおく、『なぜあの人はこの意見にとらわれているのか?』という質問であれば想像して答えるか、『聞いてみればどうですか?』と言えばよいのですが。

会議メンバーの批判で相手の考えを柔軟にしてほしい、とのリクエスト、それも遠回しに言われる、対象の人に直接それを申し上げるのはさほど苦労はしませんが、目的は申し上げることではなく柔軟になってもらうこと、これは難しいですね。

そんな神がかりなことができるなら会議で苦労することはありません。 以前と違い最近当社の取締役会は全員が自分の意見をはっきり主張し、他人の意見を明確に非難するようになってきました。 以前そんな事は無かったのですが、以前は私がワンマンだったのでしょう。 しかし当時はどうして反対意見が出ないのか、と悩んだものです。 そんなワンマン時代を懐かしく思っても仕方なく、前述のリクエストに応えるべく知恵を絞ります。 考えれば考えるほど答えは明らかになってきます。 要は相互の意見を理解していない、どちらの意見にも別に反対も賛成もしない自分はそれら対立する意見について関心がないというところでしょうか。

だから意見の対立があればそれぞれの言葉でとことん話し合い、間に入らないことがベストのように思われます。 理解されていないのですから当然ですが、会議でそのように開設するとどんどん対立が深まったりします。 やはり私がそれぞれ個別に話をして、相手の頭を柔らかくして落としどころを探る方が時間の節約になります。

人は面倒なもの、面倒な理由のほとんどが他社の意見への理解でしょう。 会議では理解されない前提で説明に工夫が必要です。

工夫と言えば結論を明確に先に言うとか、できる限り結論に及ぶのを避けて遠回しに周辺を詰めるとかよく行われますが、発言には責任が伴いますので聞き手はできるだけ真摯に聞く姿勢をとらねば微妙な問題は技師にかけるだけで人間関係まで損なわれることになります。

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[習慣化]

事実から

営業のミーティングに出ていて、『成果の出ないのは人間関係が築けていないからと思います。』このような回答がありました。 営業で実績が出ないと不安になり、先輩にアドバイスを求めたりします。 問われた先輩は質問した後輩の印象から『人間関係が築けていないのかもしれない』と想像し、アドバイスするかもしれません。 アドバイスを受けた後輩は不安から人間関係が築けていないのではという先入観を持ち、営業に出かけます。 普段なら聞き流せる取引先担当の何気ない一言に人間関係のないことを確信します。

百歩譲って人間関係が築けていないかもしれません。 しかし殆どの場合、成果が出ていない事と人間関係が築けていないことに直接の因果関係がないように思います。

後輩は成果の出ない事への不安から先輩にアドバイスを求めています。 思いついきのアドバイスを出すことは後輩に人間関係への恐怖症を植え込むかもしれません。 受注を重ねるには人間関係が絶対条件、自分は関係作りが下手と刷り込んでしまいます。 つまりたまたま成果の出ない営業を今後とも成果の出そうにない営業に仕立てようとしています。 しかも何の悪意もなく。

今日の会議で私は『人間関係が築けていないと思う理由は何か? もし思い込みなら事実から始めよう』と余計なことを言ってしまいました。 どうせ同じことを伝えるならもう少し励ますような言い回しができないものか? 我ながらほめるのが下手であることに嫌気がさしてしまいます。

そして誰かに『俺は社員をほめるのが下手なんだ』と愚痴とも相談ともつかない話をしたらよその会社の年上の経営者が『人間関係が築けていないからだよ』とアドバイスしてくれたらきっと心が晴れるでしょうね。

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[経済]

マーケッティング

マーケッティング、いわゆる市場調査は一時期よく言われた言葉です。ドラッカーは市場に出ていないものはマーケッティングできないと言っています。

アイフォーンが出る前にアイフォーンのような多機能電話の市場調査ができないという事でしょう。 そもそもマーケッティングはモノやサービスが売れるかどうかを調べることで、営業が日々行っている活動がマーケッティングそのものであることが理解されていない場合があります。

当社の営業会議で『なぜ売れたのか?』、『たまたま売れました』というやり取りがあります。 もちろん個別の取引で偶然つまりは一般に市場が要求していない取引が行われた場合があることは想像できます。

マーケッター=営業が常の発言としてマーケッターらしい発言が多ければ『そうか、たまたまか』になりますが、いつもたまたまであればどうも納得がゆかず、もしそうなら営業会議を行う意味はなくなります。 営業会議でこの商品案内を今月のテーマとして行うとなっていた場合、特段の事情がない限りマーケッターとしては取引先全部に行うべきと思います。 ある営業に『何件案内しましたか?』と聞くと『4件』と回答、その営業の取引先は50件程度あるので『残りの取引先は?』と聞くと『今週は忙しかったので行けません。来週行きます』とのこと、翌週同じ質問をするとやはり行っていません。 この営業の成績は散々でした。

当社の営業は取扱商品が高齢者向け介護機器・用品で、同業他社との取扱商品の違いはありません。 市場調査と言ってもどこでも同じ商材を扱えるわけですから他社と差を出すにはあえて押している商品の評価などしかありません。 だから尚更ある商材を推売する案内を出すときは全件調査をし、調査制度を高めるべきです。

商品ありきで市場調査をしても顧客がどの業者も同じ商材を扱っていることを知っている(値段の違いはあるけれど)場合、個別の業者の推売商品に関心を持たないと考えられます。 全くその通りなら介護業者の営業は営業でない、つまりマーケティングの意味をなさなくなるわけですから単に言われたものを納品するだけの仕事になります。

商品によるマーケティングが無意味であれば販売方法のマーケティングが意味を持つかもしれません。 今それを行っている業者を聞いた事は無いですがそれでより販売が増えるのであれば販売方法のイノベーションになります。 しかし最初に書いたドラッカーの言によれば方法であっても誰もやっていないものであればマーケッティングはできないことになります。

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[人間関係]

ネコといぬ

最近ネコが話題になっていて、ネコカフェなどはやっていると聞きます。 私は誤解を顧みずに言えば人をネコか犬に例えて分類してしまいます。

動物の生態学は全く解りませんが、ネコ科の動物は独立性が高く、あまり群れを成して生活する印象がありません。 天王寺区に住んでいるとお寺が多く、野良猫がたくさん住んでいます。 餌をやる人が多いのかお供えを食べているのかお寺の近辺では一定の確率でネコに遭遇します。

私が見る野良猫は子供が多く、たいてい数匹でたむろしています。 いたずら心で脅かしても少し逃げてから知らん顔をしています。 日向で寝ている猫も多く、あまり活動的とは思えません。

一方犬は野犬であれば群れを成し、群れの中で役割も分かれていて統制が取れているように思います。 かつて淀川の堤防を自転車での通勤経路に使っていたことがあります。 残業で遅くなって暗闇を走っていると堤防にいた犬が私に向かって吠えたてたことがあります。 その犬のいた後ろには草原が広がっていてそこから数十匹の犬が湧きだしてきました。 その数十匹の犬が一斉に私に向かってきます。 これは大変な恐怖で、自転車を早く漕いでも遅れることはなく、全力で逃げたことがありました。 数分で犬の群れは追跡をやめて元の草むらに戻ってゆきます。 私はほっと胸をなでおろし、家路につきます。

何度か同じことがあり、同じように逃げましたが、ある時開き直って自転車を止めて犬に向かってゆきました。 そうすると犬の群れはゆっくりと元の草むらに引き上げてゆきます。 まるで私を小馬鹿にしたようなゆっくりした歩みです。

数十党の犬の中にリーダーがいてその指示に従っているとしか思えません。 すべての犬が瞬間に引き上げてゆくのですから完璧に統制が取れています。

人に例えると軍隊のような印象です。 リーダーの存在から彼らの中に役割と序列がある事が判ります。

一方ネコにこのような役割や序列、統制のとれたチームプレーを見たことがありません。 淀川の河川敷で野良猫を見た事は無く、天王寺のお寺の境内で野良犬を見たことはありません。 すみわけと言ってしまえばそれまでですが、このような犬と猫の印象に被る人間の行動も垣間見れます。 序列やリーダーシップを重んじてチームプレーに徹する人は犬タイプ、いつも一人で個人スキルに関心の高い人はネコタイプといったところでしょうか。

実際の野良猫と野良犬は棲み分けができていて、互いにテリトリーを犯すことはしないのかもしれません。 やるとすれば野良犬が野良猫のテリトリーを犯すことが想像されますが、野良犬が野良猫を集団で襲ったり、単独同士の決闘なども目にすることはありません。

一方人間は犬型人間がネコ型人間をいじめの対象にしたりし、非常に強く知恵のあるネコ型人間が犬型人間を排撃したりするのは現実に目にします。

問題なのは人間社会では両方が一緒に生活し、働き、好むと好まざるとにかかわらずチームプレーもします。

もし私が人事担当なら人事データの端に動物マークを付けたりするかもしれません。 文句ばっかり言う職員はよく吠えるタイプの犬マーク、毅然としていて孤高の職員はアメリカンショートヘアのネコマーク、社内をうろうろして他人の仕事の邪魔をする職員はおさるのマークといったところでしょうか?

そんなことをしていてバレた日には労基署に通報されて改善勧告を受けるかもしれません。 しかし、性格診断テストの結果が人事データに打ち込まれていたらそれを眺めているとネコや犬に見えてくるのではないかと思います。

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[生活]

学習能力

私は英会話を何年も練習しています。 全くもって能力アップしていると思えません。 それは不思議なくらいです。 それでも練習し続けるのは半分は意地、半分は不思議に対する挑戦でしょうか。

ほかにも上達しないことはたくさんありました。 例えばテニス、スクールにも通い、休日には友人と練習しましたが上達しません。 あえて言えばサーブか早くなったくらい、試合で勝つことはほとんどありませんでした。

今はゴルフ、やったりやらなかったりを繰り返す中で、再開すれば前にやっていた時よりかなりスコアが落ちていて、ブランクだからと思って練習はするのですがスコアはよくなりません。

新しく始めることは新鮮であることから熱心で集中力が続きますが、中断後に再開すると新鮮でなくなり上達しないのかもしれません。 しかし再開した以上は上達したいし、意識の集中を高めるより方法がないでしょう。

何かマンネリ化した気持ちを再生する方法がないものかと思います。 スポーツのように体を使って行うものであれば体か覚えると考えしまいますが、脳以外に人の体は記憶や思考する器官はなく、しかもその能力は感情に大きく支配されてしまいます。

初めてゴルフコースに出たときの新鮮な気持ちがよみがえればどんなに良いかと思います。 それは不可能、スコアが悪ければ小遣いが減るとか禁煙しなくてはいけないとか仕事が大変になるとか、人の感情はコントロールしがたく目標設定したり、物理的な罰を与えたりあの手この手を考えます。

しかしやらなければ何も始まりません。 英会話であればリスニングの時間を何倍にもするとか、英語圏の友人を作るとか、ゴルフであればコンペに参加するとかでしょう。 そんなことを考えながら頑張っていますが、ゴルフに関して言えば私よりうまい人は私の何倍もラウンドしています。

英会話のできる人はそれなりの経験をしています。 自分を追い込める環境を作る、それが秘訣のような気がします。

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[事件]

病気のデパート

向かいに座っている人が咳が続き、私も咳が出るようになりました。 咳と痰とが続き、医者に行って『以前百日咳と診断された時の症状に似ているのですが』と言って薬をもらうと2週間ぐらいで咳が収まりました。

今度は背中が痛くなり、呼吸もつらくなりました。 結局何日か満足に眠られない日が続き、とうとう医者に行きました。 問診と握力、腕を伸ばしてそれを眺めて頸椎のヘルニアの可能性があるとのことですぐに脳神経外科クリニックに紹介状を書いていただきました。
同じような問診と握力測定を行い、MRIの撮影を行って第4頸椎と第五頸椎の椎間板がヘルニアを起こしていますとのこと。 コメントは『一生治りません』とのこと、神経痛を抑える薬の処方箋をもらい帰宅しました。 一生治らないのは事実としても患者としてはその言い方はないだろうと思いました。

翌日指に発疹、それが大きくなって熟してきました。 別の医師を受診するとヘルペスではとのことで、頸椎のヘルニアと同様の痛みが出るとのこと、いったいこの痛みはヘルニアなのかヘルペスなのか、薬が効いてきて背中の痛みは治まり、手首から先の痛みと発疹の傷が残りました。

元の脳神経外科にこの辺りを確認するために受診しました。 『痛みが残っているが手首から先、この痛みはヘルニアによるものですか、それともヘルペスによるものですか?』、『ヘルニアによる痛みと言い切っていない、加増診断でそこまで確定できない』、そらそうだろうけど初めにヘルニアであると断言しているのにと思いました。 その後一方的にまくしたてられたので「少し話を聞いてくれませんか?」というとやっと黙ってくれましたが一つ質問しかけると途中からかぶせて解説が続きます。 しかもため口で。

患者は医学の素人、医者が知ってるいることを全部しゃべってもらっても聞きたくもないことも多いかもしれないし、聞きたいことが話されていない可能性も高いです。 今の医学で解っていることを一方的にしゃべるのであれば機械で十分、ネットでいろいろ検索したら知りたいことはいっぱい出てきます。 ただしそれらの情報が正しいのかはわかりません。

一つ解ったことがあります。 医者は忙しい、検査をして病気を見つける、または病気を作るので余計忙しい、患者は不安になり、どんどん治療が行われる、一定の確率でミスも生まれる、そんな医療制度が一番効率的なのか私にはわかりませんが、できれば医者とのかかわりはほどほどにしないと一定の確率でとんでもない災難に見舞われることになると思いました。

以前よく見てもらっていたドクターの言葉を思い出しました。 大病院で検査したらいっぱい病気を見つけられるので気にせず、取り合わず、治療しないでください。 私の患者で治療のための手術で死んだ人がいましたよ。 それはそれで怖い話、医者が万能ではないのでそのようなことも起こるのでしょうが、できれば近づきたくありません。

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[生活]

煩雑な手続き

日々の生活をシンプルに過ごしたいと思っています。 持っているものはできるだけ少なく、車のように維持することに手間のかかるものはレンタカーを借りる、年に一度も着ない服は捨てる、家の中はスカスカというような具合です。

ふるさとの納税で在宅しないときに礼品を宅急便業者が届け、不在票が入っていました。 私の住んでいるマンションは宅配ボックスがあるのですが、要冷蔵品だと納品されません。

不在票に書かれている指示に従い納品日の指定を行います。 便利といえば便利、携帯を片手に不在票の指示に従い、希望の日時、時間を指定してゆきます。 この程度なら私でもなんとかできます。

預金通帳が2冊になっていて、一冊にまとめたいと思いました。 まず電気、ガス、水道料金の自動振替口座を動かそうとホームページを開けば簡単手続きメニューが現れます。 実際にはあまり簡単ではありません。 お客様番号なんて知らないし、自宅の郵便番号もわからない、困ったものです。

部屋が広すぎるので引っ越ししようと考えました。 不動産屋に頼み希望を言おうとしましたが、どんなところに住み替えたいのか自分の希望が判りません。 とりあえず賃貸住宅サイトで物件情報を一覧しましたが、物件を見ても何が自分の希望か絞り込めません。

引越屋はどこにしようか、カード類の届けは、免許証は、住民票は、電気・ガス・水道の契約、気が遠くなるような手続きがあり、どれも②簡単手続きメニューがあり、私にとっては簡単でない手続きをしなくてはなりません。 結局煩雑なのか私がものぐさなのか、わからなくなります。

いろいろなところに住んでみたいと希望を持っている私にとって結構住み替えにくい世の中だとわかりました。

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[生活]

鰯の頭も信心から

隣に座っているアラサーの女性にタイトルの言葉を言うと『知らない』とのことでした。 私は子供のころから知っていて、親からなんでも思い込めばよいという意味で教えられてきました。

本当の意味を知らないのでネットで調べると魔よけのために悪魔の嫌う柊(とげがある)にくさい鰯の頭を刺して玄関に付けておくというものでした。 アラサーの女性はこの風習は知っていました。

最近結構厄介な病気になり、処方箋の薬を当社の薬局で信頼している薬剤師に服薬指導していただきました。 その後飲んで1時間もしたころに薬が効いて痛みがなくなりました。

別の薬剤師にあの薬剤師の先生に出してもらったら即効であったと言うと 『薬が効いただけ』と言われました。

最初に飲んだのは朝、昼にこの話が合って夜に薬を飲んでも痛みは治まりません。 薬の副作用として吐き気と眠気があるので就寝前は朝の3倍量の投薬ですが、効果も副作用も出ず、結局寝つきが悪くなりました。

最初の服薬で劇的に効果があり、信頼しているとこんなにも効果があるんだと思ったのは比較のない思い込みであったのかと思いましたが、信頼しているからという根拠が薄弱な理由ですがすぐに効果のあったのは事実です。

薬局の制度でかかりつけ薬剤師というのがあります。 薬剤師が指名されると点数がつく制度です。 私は当社薬局の開設者なので点数は付きませんが、別の薬剤師に服薬指導を受けていたらここまでの効果があったのだろうかと考えます。

理由や科学的な解説はさておき、効果があったことだけをとらまえるとかかりつけ薬剤師は有効な制度になります。 私の場合ほぼ思い込みなので、『鰯の頭も信心から』つまりは信じれば救われたわけです。

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