相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[生活]

誕生日

もう一月半で64歳になります。 今は5月で一年で一番しのぎやすい季節、このさわやかな季節を65回も経験しているのかと思うと途方もなく長生きした気になります。

子供のころの5月の過ごし方はどうだったか、まるで覚えていませんが子供のころは体力がなく5月の寒さが堪えていてあまり良い印象はなかったのかもしれません。 しかし65回目の5月も新たな気持ちで過ごしたいと思っています。

先日ゴルフトーナメントを見ていて70歳の人が出場していました。 見た目は年寄りですが、プレーはアンダーパー、飛距離も若い選手に劣りません。 何が違うか、その人は集中力が途切れるように見えました。 私もこの年になって若いころと何が違うのかを考えた時に集中できる時間が短くなったように思います。 1時間も机に向かうと気持ちが途切れます。

筋トレをしても短時間、それもほんの一瞬だけで、休憩しないと続ける事が出来ません。 休憩すればできるのです。 細切れの仕事、細切れのトレーニング、気が付けばまめに何かをやっていることになります。 長時間仕事を続けるためのトレーニングもあるのでしょう。 そう思って何をするにもあと5分みたいなことを考えてやります。

それでも続けられないときは散歩をしたり、映画を見たりで60歳を過ぎてからなんとなく効率は悪くなったように思います。

世の中には私が感じることは皆無という人もいて、朝早くから夜遅くまで集中し続ける高齢の人もいて、同年代の一人として羨ましい限りです。 大きい会社の社長などがタフであるのはタフな人だから社長をやっていられるという事もありますが、強い意志によるコントロールを感じます。 私はそんなことはできません。退屈すれば散歩するし、眠くなればねてしまいます。

夜寝る前に仕事の本を読んでいて、眠くなったから寝てしまおうと思ってベッドに行っても寝つきが悪いことが最近多いですが、その時強い意志をもっていれば寝る前にもう少し本を読む事が出来るのかもしれません。 ここは若い人も同じですがもう少し背伸びをする、そのつらさに耐える、つらさが弱くなる責任感や深呼吸程度の気分転換をうまく活用すればよいのでしょう。

 

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[会社運営]

会社が大きくなること

ドラッカーが1954年に発表した『現代の経営』は63年前にもかかわらず新鮮でした。(社会科学の論文でこの期間が経過すれば陳腐化しますが) 誤解を恐れずその中の考えを引用すると、大規模企業、中規模企業、零細企業の組織運営(ドラッカーは組織は戦略に従属すると言っています)は連続して変化するものではないと言っています。

当社はこの5年で従業員数が倍になり、退職者もいますので5年前にいた職員は50名程度でしょうか。 50名の会社に100人の新人が増えたとの影響より150人の職員数が会社の風土を大きく変えました。

ドラッカーが例示した例の一つははじめ数人で始めた町工場が9000人の従業員になったとき、大きな工場を建てることになりました。 社長はすべてが見渡せる、つまり9000人が働く一つの工場を主張し、他の役員は危険分散のため複数工場の建設を提案しました。 社長が押し通し、見渡せるよう防火壁もない巨大な工場が建設されました。 しばらくして火災になり、工場が全焼し結果その会社は倒産したそうです。

幹部は『火事でよかった、社長が死ねば何も入ってこないが火事だと火災保険が下りる』と言ったそうです。 その会社では火事になったときの対処責任者は社長で火災発生時社長が不在で消火活動が行われなかったそうです。 その社長がなぜ権限を委譲しなかったのか、業務を細分化して分業しなかったのか書かれていませんが、成功体験は考えることを鈍らせるのかもしれません。

当社でも社長の役割について話題が出た時、責任を担う者という考え方が出てきます。 責任を担うから権限がある、社長の立場に立てば責任問題を回避する、リスクを排除することが仕事になります。 なんでも器用にこなして会社を大きくした社長にとって権限を委譲することは自分より劣る人に任せることを意味するのか、他人は信用できないという不信感からか、そのような組織体制を見たことがないからかいろいろ理由があるかも知れません。

大きな権限があり、仕事の細部まで口出しする経営は韓国映画に出てくる財閥批判をテーマにしたもので顕著です。

違う話としてドラッカーはIBMの工程管理を例示しています。 工程を分割し、作業間で仕事の流れが滞ることがあり、これを改善するため作業者に分割されたパートの前後の仕事を行わせようとしたものです。 これによりIBMの作業工程は飛躍的に改善し、アメリカの不況下にあってIBMが高い業績を維持できたことの理由として挙げています。 このような改善は現在の生産現場でも行われていて、生産工程のデザインの問題のように思われがちです。 もちろんそういう側面もあるのですが、同時に新製品の開発において営業も生産管理の人もエンジニアも一緒になって開発した事例が書かれ、ニーズに合って最新技術が投入され、製造ラインが問題のないようデザインされたメーカーが高い業績を上げたと書かれています。

ドラッカーは生産管理やマーケットリサーチ、組織論の専門家ではありません。 それぞれの専門家はそれぞれの視点でこれらの事例を分析したようですが、ドラッカーは企業の成長のテーマで分析しています。 例示したことが相互に関連し、大企業への発展を示しています。

それゆえ『現代の経営』のこのパートでは零細企業、中規模企業、大企業に分け、発展プロセスに連続性のないことを示しています。

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[生活]

遊牧民

かつてチベットの山(中華人民共和国青海省、四川省)に挑んだ時にチベット人のことを調べました。 解説によれば彼らチベット人の文化の特徴は居住する高度に特徴があります。

標高2500m~4500mに住んでいて、牧畜を業とします。 牧畜の方法として遊牧があります。 広いエリアを家畜の知りようとなる草地を求めて移動する方法です。 草地を作り、柵をめぐらせて家畜を飼育する方法は一般的です。

チベットでは草地のエリアが決まっていて、冬季は一番低い高度のエリア、夏季は一番高いエリアにテント生活しながら移動します。 冬季は日干し煉瓦の家に住んでいます。(地域により異なるのでしょうが) 年に4回引っ越しする牧畜方法です。

私が訪問した所では高度2800mが作物を育てる限界、彼らも一部の人たちは農耕を営み、高高度に強い麦を育て、脱穀粉砕した粉を煎ったもの(日本では麦焦がしまたははったい粉)をバター茶で練って食べています。 少数民族であったチベット族は高高度特有の文化を形成し、農耕民族のような土地生産性がないため人口など民力が低く、高高度文化を他民族からの侵略障壁になった思われます。

私は守口市に生まれ育ちましたが、私の先祖は知りうる限り(せいぜい江戸末期)守口在住で、通婚圏も近隣だったと聞いています。 つまりは土地に根ざした文化と言えます。 私の先祖は知りうる限り専業農家ではなく、綿を作って販売したり加工したり、家内工業が主たる生業でした。 それでも農村に暮らすうえでは土地に根ざした地縛文化、何代もそこに住んでいることが自慢の文化です。 子供のころからそれを叩き込まれ、ある時期までそれが正しいと思っていました。

大学に入ると全国(私の大学は主に西日本ですが)からきますし、アジアからの留学生も大変多かったです。 私が叩き込まれた地縛文化は大学では影の薄いものでした。 学部は農学部で、就職先は地縛的職業(転勤が少なく海外駐在などない仕事という意味)が多く、たまに海外駐在の仕事に就いた人の話を聞くと限りなくうらやましく感じました。

私が遊牧民的価値観の持ち主というより半地縛価値観であったと思います。 さすがにこの年になると海外や国内を転々とすることは負担が大きいと思いますし、天王寺に移り住んで5年以上たつと守口より便利な天王寺から離れられないようになっています。 息子はドイツに駐在し、10年くらいは帰ってこられないそうですがもう羨ましいと思わなくなりました。 もし私が30才だったらとても羨ましく思う事でしょう。

遊牧民でなくとも土地に縛られない全国各地を転勤してきた人たちは私と同じ年代になってどこかに定着したいと思うのでしょうか。 私の周囲にそのような人が少なく聞く機会に恵まれませんが、皆さん転勤を重ねる最中に家を買い、終の住みかとされるようです。

私は反地縛的価値観が新しい考え方と思っていましたが、若い人の中に地縛的生活を良しとする人たちが多い事に気が付きました。 就職して生まれ育った地域に家を建て、そこで一生を過ごすことを理想としている人たちです。 どちらの考え方にも善悪の判断はなく、好みだけの問題です。 どちらにしても思いを実現し、一生をそこで暮らし続けることは至難の業に思えて仕方ありません。

私には出来ない生き方、これからもたまに転居しながら一生を終えたいと思います。

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[習慣化]

努力

虚しさを感じる言葉です。 英会話のラジオ番組で講師が最後に『努力は必ず報われます』と決め台詞で締めくくられます。 虚しさを感じるのは努力が必ず報いられると実感できないからです。

努力が必ず報いられることが実感できれば継続した努力に嫌気はささないでしょう。 そうすれば努力の方法にもよりますが世の中のすべての人は何らかの努力を重ね、生産性が高まるのではと思うことがあります。

コンピュータをうまく使えない高齢者も努力により習熟度は高まるでしょう。 日本の生産年齢人口も増加するに違いないし、スポーツの世界では新記録がもっと出てくるでしょう。

継続して努力するために成果を実感する(成果が全く生まれないのであれば成り立ちませんが)ためにTOEICのようなテストがあったり、ゴルフであればスコアがあったりします。

私はテストやスコアのつきにくい項目で記録により成果を実感できるようにと考えました。 減量目的で筋トレをして体重を計るとかです。 ただし原料を筋肉量の増加による基礎代謝増で果たそうとすればかなりハードルは高いように思われます。 基礎代謝量が100キロカロリー/日増加できても食べる量をコントロールしなければ成果につながりません。 下手をすれば食欲増進で余計に体重が増えるかもしれません。

筋トレは肉体的な苦痛を伴います。 常にやっていれば苦痛に慣れてきます。 虚しさを感じる精神的な苦痛と肉体的な苦痛を味わいながら筋肉をつけてゆくことは気力・体力を同時に養成できるような気がしますが、現実には二つの苦痛が重なってますます継続が困難になってきます。

苦痛を和らげるために習慣化することも以前書きましたが、明確な目標と自分へのご褒美、体重が70kgを下回れば新しいバイクを買うとか、本末転倒の苦痛対策も考えます。 それでも努力して健康と美しい肉体とまともな発想力、忍耐力が養われるなら努力は継続すべきです。

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[価値観]

33歳の挑戦、63歳の挑戦

私は63歳、もうすぐ誕生日を迎えます。 私が若かったころは63歳は全くのおじいさん、おばあさん、現在は現役で働いている人が多くおられます。

私は日々自分の能力向上に努力しています。 例えば筋力トレーニング、もともとは原料のため筋肉をつけて基礎代謝を上げようとするためでした。 最近では『早く腹筋がぼこぼこ形として現れないか』と思っています。 頑張れば可能でしょう。

英会話のテープを聞いています。 英語圏に旅行して日常会話に困らない程度にはうまくなると思います。

最近復活したゴルフ、スコアは120程度ですが90台を目指すのは可能でしょう。 しかしボディビル大会で優勝を目指したり、英会話でタフなネゴシエーターになったり、ゴルフでパープレイを目指すなどは御金に糸目をつけず、ほかのことを何もしないで努力を積み重ねたとしても可能性は低いと思います。

たまたま33歳の男性と話をしていて、今から医者になると頑張って勉強していてかなりの成績まで上がってきました。 3年前まで仕事も勉強もしなかった人が一念発起、センター試験で80点、私には評価できませんがかなりの好成績、医学部にはまだ足らないそうです。 殆どのプロスポーツ選手など年齢が限定されていて、50歳を超えたプロボクシングチャンピオンは聞いたことがありません。

何歳になっても人間の能力は鍛えれば成長できると期待されていますが内容によっては限界があり、受験勉強などは限界が来るものではないでしょうか。 限界が来るかもしれない理由もデータもありませんが、63歳になった今挑戦する気が起こらないものはたくさんあります。 自分が33歳の時にはどうだったか、楽天家であった私は限界を意識したことがなかったように思います。

ただその時期に老化が始まり、髪の毛が抜けてきました。 それと体力や持久力と関係がありませんが今にして思えば『いつまでも若いと思うな!』という神様からのメッセージに思えます。

最近は気を抜くとすぐに体重が増えて体か重く感じられ、動くのがおっくうになります。 億劫になると動かなくなり、ますます体重が増えてゆきます。 若いか老いているかの違いは億劫がるかどうか、まめさを心がけています。 まめに動けるかどうかは気の持ちよう、筋トレや英会話、ゴルフなどは気の持ちようでかなりの事が出来る、老いの原因の多くは気持ちに軸足を置いていると思います。

確かに一方で物理的限界はあるのですが。

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[生活]

怒り

信頼を裏切られることが4件続きました。 些細なこと、相手が認識のないこと、単なる言い訳に過ぎないけれど言い訳は信頼を損ねること、など一方的に相手が悪いというわけではないにしろいい気のしない事ばかりです。

このような事件が続発すれば私の場合(たいていの人も同様でしょうが)怒りが足算ではなく掛算になってしまいます。 怒りは感情、とらわれるのは困ったことです。 最後には自分に腹が立って、なかなか自分で自分を許すことはできません。

かつては連発した怒りも最近は押さえ続けてきたのですが、今回の爆発は情けなく、怒りが始まった段階で山にこもって静かに時の流れるのを待つのが一番かと思います。

誰でも欠点があり、私も含め自分のことはわからないものです。 せいぜいわかって欠点の一部、今回のように瞬間に激怒すること等何年もかかって抑え込んできた欠点、いったい何が先祖返りさせたのか考えてみても解は見つかりません。 どちらかと言えば性、業、カルマの類でしょう。

どこかの大統領のように怒りも手段に代えるくらいの度量が望まれます。

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[会社運営]

予算

当社は5月末決算、ぼちぼち原案が出てきます。 ちょっとでも数字を積み上げるべく背伸びした予算が出てきます。 今年度毎月3人顧客獲得なら来期は4人とか、達成の根拠はあまりありません。 つまり情緒的というか、気合というか。

予算が気合の背伸びを否定はしませんが、なにも工夫のない予算は見ていて全く面白くないものです。 何か変えるか工夫するか、そういったものがほしいところです。

前期と同じ事をしていれば前期の傾向の延長線上に実績が積み上がります。 今期だって精一杯したわけですから、もっと精いっぱいしてもさほど変わるものではありません。

日々の活動で何をすればどうなるか、マーケットはどのように動いているのか、売上前期比120%は立派な数値、しかしマーケットが拡大基調なら満足できない予算になります。

予算は当然事業計画ありき、今年度のエクセル実績表に一定の係数をかけて作ってしまえば楽ではありますが、事業計画ありきであれば各セルに入る数字は慎重に計算しなくてはなりません。

そもそもこんなめんどくさい数字の積上作業をするのか、会社全体として次期目的の一つとして投資の確定にあります。 既存事業が確実に利益を叩き出せば利益は安心して投資に回す事が出来ます。 地震予測のように経営環境が不透明で出たとこ勝負でない限り予算と事業計画は作るべきで、それは両行に行くときの計画のように楽しい物であってほしいです。

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[生活]

初老の健康

私は63歳、初老の年齢と思っています。 私が若かったころのこの年齢の人はもうお爺さんでした。 私はその感覚で自分は老人と認識していますが、20歳代の男性にため口で親しげに話しかけられて『あなたは老人と話をすることに抵抗がないのか?』と聞いたほどです。

老人と言えば病気はつきもので、私より高齢の方は寄ると病気自慢をします。

私も病気自慢をしてみたいと思います。 先日向かいに座っている人から百日咳を移され、咳と痰に苦しみ、回復期に入ると背中から腕が痛くなりました。 だんだん痛くなって息をするのもつらくなり、医者に診てもらうと頸椎のヘルニアではないかとのことでした。 紹介された脳神経外科専門クリニックでMRIの画像診断を受けました。

画像を見せながら『ヘルニアですね、これは治りません、一生付き合わないと』と言われました。 大変落ち込み、処方箋をもらいました。 いわゆる痛み止めと神経組織の修復に効果のあるビタミン剤です。 翌日指に水泡が出来て大きくなってきました。 会社の薬剤師が『ヘルペスですよ』と教えてくれました。 痛みが続くので再び前回のクリニックに行き、これは『ヘルペスでしょうか?、痛みの原因はヘルペスではないでしょうか?』、医者は『ヘルペスを疑うなら皮膚科に行けばよい、そもそもヘルニアといったが痛みの原因がヘルニアとは言っていない』そのあと一方的に喋りまくる医者に気を込めて『話を聞いてもらえないか?』というと、ぴたっと黙りました。 その後の会話もため口から丁寧語に変わりました。

誰だって専門医にヘルニアですと言われればそれが原因と思ってしまいます。 医者でもわからないことはあるのでしょう。 知らないことは知らないと言えばよい。 知っていることだけ言うのであればネット情報とあまり変わりはない。 『次の受診をキャンセルします』と言って帰ってきました。

ヘルペスと思しき水泡は崩れ、指は膿をもって深くえぐれ、しびれは長く続くし指の傷はなかなか治りません。 ひと月以上経過してやっと指の傷が治り(跡形は克明)、しびれもずいぶんましになりました。 やはりヘルペスと考えた方が妥当だったようです。

苦痛は患者のもので医者は万能ではありません。 病気の自慢と言っても苦痛の割には指に傷跡が残る程度指はまだついています。 大した自慢ではありません。 ヘルペスも頸椎のヘルニアも老人に固有の疾患ではありませんから病気自慢会を老人を集めて行えば負けてしまいます。 当然よかったのですが、百日咳はマイコプラズマという細菌とウイルスの間のもの、ヘルペスはウィルスが原因です。 老人性というより免疫抵抗力の低下と考えて食事量を増やしました。 しっかり食べれば抵抗力もつくのではと思ったのです。

数週間経過し、私は疲れが顔に滲み、電話の声にも元気がなくなりました。 ある日体重を計ると5kg増えていてビックリ、太ったおかげで無呼吸になり、睡眠が損なわれていたのです。

気が付いて食事量を減らし、1週間で1.5kg減量しました。 当座の目標は70kgを下回ること、そうなれば無呼吸は出なくなりよく眠れるようになります。 63歳は普通に生きていくのに日々の節制が必要だと思い知りました。

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[社員教育]

守破離

会社で普段接する機会の多い人は幹部の方です。 一緒に仕事をさせてもらっていて、その人と出会った時期まで遡って思い出してみるとずいぶん変わった、つまりずいぶん成長したと感じます。 殆どの人にそのように思います。

組織で仕事をすることは組織の死後に関わる情報の海に漂うようなもので、それが食品分野であれば食品の情報を、金融であれば金融情報に数多く触れることになります。 付帯して組織の戦略や人間関係の情報も多くあります。

仕事をしているとこれら情報に触れ、経験を積み、小さい判断から徐々に大きな判断を任されるようになります。

日々新しい体験なのでたいていの人は先輩や上司を見習います。 そして上司や先輩のやる通り判断することを重ねると慣れてきます。 求められる判断の中に前例とは少し異なる要素が加わった判断を求められることがあります。 応用問題で、その時見習うべき経験値がなければその人なりの考えで修正された判断を行います。 応用問題をこなしてゆけばやがては先輩とかなり異なる行動パターンが現れ、やがてさらに進化して先輩や前例と違う判断・行動になってゆきます。

古典芸能の世界で言う『守破離』はこれにあたり、守り、破り、離れてゆく成長過程を表しています。

一人もしくは数人で構成される芸能の世界は演題の解釈が大きく変わることはありません。 事業会社ではその事業を取り巻く環境が変動し、昨日正しい方法が今日通じるとは限りません。 そしてたいていの事業は組織で運営され、社外の組織とも連携しています。

このように考えると守破離はビジネスマンが個人としてわきまえなければならない行動パターンをマスターするうえでは有効ですが、組織としてミッションに向かうときに有効なものなのか、守破離に重きを置いて大変よくできたビジネスパーソンは信頼でき、有能であるでしょう。 そのようなビジネスパーソンを何人もめぐり合っています。 そしてその人たちの多くが一人で動いていて、集団を動かしているイメージが乏しいのです。

気配りができて、部下や取引先の信頼も厚く、会議で適切な提案もする経営者がいて、その人がみんなの目標になり、リーダーシップを発揮しうるか、できる人は自分より劣る人に任せるより自分でやってしまうでしょう。

そして大変忙しくなり、孤独になり、年老いて退任されます。

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[習慣化]

集中

何かを深く考えたり、練習してスキルを高めるとき、困難な意思決定をしなければならないとき、人は高い集中をするでしょう。

深く考えられたこと、例えば会社の将来のビジョンなど目先の利益にとらわれたり、変革の困難さから何もしないことを選択したりします。 コダックは世界で最初にデジタルカメラを作ったそうですが、フイルム産業に固執して倒産しました。

同業の富士フィルムは科学メーカーとして医薬品、化粧品などの分野に変革しました。

そんな大きな話ではないのですが、私は英会話を何年も練習しています。 しかし上手くなりません。 元元以後が苦手で学生時代苦労したことを克服したいという事で始めました。 意地のようなものです。 何年も成果が上がらないので練習方法を変えました。 英会話を聞いてそれを書くことを始めました。 単語が聞き取れず、辞書も満足に引けないのでスペルや意味が解らず苦労しました。 聞こえた通りの音から英和辞書でその単語を探し、見つからなければ前後の文脈から和英辞書で単語を探します。 持っている和英辞書があまりにお粗末なので辞書を買いに行こうとしましたが結構高い値段にひるんで買うのをあきらめました。

単語を調べるのはそんなに多くないのでネット辞書を活用することにしました。 そんな苦労を重ね、少しはうまくなったのかと思いましたが上達は実感できません。

私は楽天的なのか執念深いのか解りませんが、自分に語学の才能がないなどと辞める理由を探すことをしません。 よく言えばできる方法を考える、わけです。 かつてアメリカ人の友人が出来た時、レベルの低さを問題にしなければ日常会話が話せるようになりました。

英会話の録音を聞いているとき、これが現実の場面と考え、今コミュニケーションを成立させて何とかしなければ困ってしまう、と想定すれば相当真剣に理解しようとします。 その真剣さは集中の高さ、何度も同程度の集中を繰り返すと集中することの苦痛が和らぎます。 苦痛が和らげは苦痛に耐えられる時間も長くなり、録音の練習だけでも英会話は相当上達すると信じています。 集中の高さが一定を越えなければそもそも上達しないので、何かうまくなることは練習や経験するときの集中の高さと継続時間にかかってくると思います。

もう一つ練習して上手くなるポイントは考え違いをしないこと、私は何かスポーツを練習するとき、例えばゴルフであれば意識として遠くに飛ばすことを目標として意識しています。 ゴルフはスコアを競う競技であって飛距離を競うものではありません。 スコアメイクの上で飛距離は重要な要素ですが。 飛距離を目標から外すだけで練習が生きてくると思っています。

英会話でも目標設定、英語圏のビジネスシーンで交渉ができるなど目標に無理があったり、そもそもうまい表現を使いたいとかではなく、とりあえず海外旅行で困らない程度などとハードルを下げると目標達成は意外に簡単にできるかもしれません。

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