相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[価値観]

[生活]

フロー概念、ストック概念と節約

 会計ではフロー概念として損益計算書、ストック概念としては貸借対照表があります。 あえて解説すれば前者は川の流れに例えれば水の流れる量を示し、一定期間にどれだけ流れ込み、その水がどのようになっていったかを示すもの、途中で蒸発したり、農業用の灌漑に利用されたり、ダムに溜まったりする量を示します。

 後者はダムに溜まった水の量を示します。 これはある時点の量を示します。 会計でいえばお金でいくら残ったとか、固定資産としていくら在るかとかです。

 経営者に多く見られるのはフロー概念、損益計算書に注目している人が多いということです。 今季いくら儲かったなどということに注目します。 もちろん大企業も同様でもっと細かく全社期間損益、部門期間損益、直接経費と間接経費の比率、期間も年、四半期、月次、さらに細かいところでは単品の損益などを管理しています。

 一方ストック概念について川の流れのたとえと大きく異なることはマイナス概念があるということです。 負債の部と呼ばれるのがこれで、借入金、未払い費用、買掛金などです。 川の流れで借り入れは考えにくいです。

 このフロート・ストック概念は 日常生活でも言葉は違えど出てきます。

 少し話は変わりますが、私は個人的に倹約家であります。 子供の時に躾けられたことが価値観となって、必要以上に節約します。 移動手段は自転車かバイクか徒歩か電車など公共交通機関です。 会社で車を用意してもらえれば楽なのですが、車をほしいと思ったことはほとんどありません。

 中小企業の経営者と面談の機会が多い税理士は私のことを『変人クラブ』と呼んでいます。 多くの中小企業の経営者は自分の所得を最大化するため経費を使い、最終利益ゼロを目指しています。 最終利益が100万円であれば約40万円は 納税額になります。 であれば100万円でゴルフに行き、酒を飲みごちそうを食べることで自らの快楽を追求します。 しかし交際費などで落とされるこれらの経費がすべて無駄化といえば経営者の稼ぐ意欲につながり、接待を通じて商談が整ったりします。

  従業員の給料を増やし、従業員に感謝されることを求める経営者もまれにおられます。 給料は労働の対価、会社への利益貢献を正確に測り、それに応じた給料を払うことが私は正しいと信じており、一般的な職員の給料も相場とその人の利益貢献で決めていて、利益が出たら昇給という発想はあまりありません。 赤字になれば同じ仕事をしていて給料を下げることになりかねません。

 では私は自らの報酬もケチってもいざという時のために内部留保を 高めようとしているか、もちろん企業規模に応じた内部留保は求めるところですが、事業の効率化や新規事業へ投資してゆきます。

 このような投資が貸借対照表の改善につながるかといえば残念ながら直截的ではありません。 しかし、企業が多くの経験を積み、内部体制が合理的になってゆくことは貸借対照表に泡われない資産といえるでしょう。

 個人の話に戻れば、けちけちしている私に他の経営者は『お金を棺桶まで持ってゆくのか』と揶揄されますが、自らの経験の蓄積や投資に個人でも人並みにお金を使っており、自らの見えざる資産を増やそうとしています。 教養や知性や決断力は棺桶まで持ってゆきたいと思っています。

 どうせ儲かったお金を使うなら規模拡大や効率化でより安定した利益を稼げるようにします。  

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[趣味]

大塚記念美術館

 徳島県鳴門市に大塚製薬が設立した美術館があります。 以前から気になっていたので、今日は車で行ってきました。 鳴門大橋を渡りきったところの高台にその美術館はあります。

 ネットで事前に調べたら興味深い書き込みがありました。 絵はすべてレプリカ、それも陶板焼きで作られていて、入館料も3千円を超えて高額です。 明石海峡大橋となると大橋、そこまでの通行料も高額で大阪から130㎞の距離も近くはありません。 駐車場は350台分用意されています。

 それでも日本の美術館で再訪したい人気のところです。 丘に階段状に建てられた地下三階、地上二階建て、B3フロアーは古代から中世ヨーロッパの教会の壁画、多くは壁に描かれたもので、聖堂の部屋がそのままレプリカになっていて、最初の部屋は大きな広間の壁面一面に描かれていて圧倒されます。 椅子が並べられ、座って聖堂の雰囲気を味わえるようになっています。

 陶板にプリントされた後焼成、手直し後再度焼成され、質感は紙にプリントされたものよりはるかに本物に近い(残念ながら本物を見たわけではありませんが)印象でした。 B3フロアーだけで疲れてしまい、館内のレストランで食事、素晴らしい庭付きの庭の向こうに海の見えるレストランです。

 食後B2フロアーに行きました。 このフロアーはルネサンス、バロック、ダヴィンチ、レンブラント、ブリューゲル、ボッティチェッリ、ラファイエッロ、リュベンスなど一度は作品に触れた作家の名画が展示されています。 陶板は焼き物、色あせることがなく手で触れることもできます。 B3フロアーに比べて展示面積が小さいのですがやはり疲れてしまい、モネの大睡蓮という池と睡蓮をモチーフにした喫茶室で休憩。

 続いくB1フロアーはゴヤから近世の作品、ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』、マネの『笛を吹く少年』、ミレーの『落穂ひろい』ルノワール『ムーランド・ラ・ギャレット』、ゴッホ『ひまわり』、アンリ ルソー『蛇使い』、ムンク『叫び』、そしてゴヤの家『黒い絵』、『裸のマハ、着衣のマハ』と続きます。

 色彩は豊かで質感もあり、大きな作品が多く、見る者を圧倒します。 それだけに疲れてしまい、ここで断念、帰阪しました。

 世界の名画が一堂に会し、美術館と同時に博物館の要素も持つ当館、個人的希望ですが、日本の作品、ヨーロッパ以外の国の作品を展示して頂ければ幸いです。 おそらく展示場の面積としては10倍ではきかないでしょうし、陶板の持つ利点を生かして陶磁器、彫刻のレプリカをテーマに沿って展示し、全部見るのに一か月かかるようなものに仕上げてもらえればよかったのかと思います。

 そもそも世界中のどこにも同様の者がない中で、レプリカであれば追加してゆけるでしょうし、作品の劣化、盗難リスクも小さいかと思います。 希望はどんどん広がりますが、一企業がこれだけのものを作り上げたことに多大な敬意を払いたいと思います。 ちなみに駐車場はほぼ満車、とても有意義な一日でした。
  

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[生活]

時間と成果

 昔、山スキー(雪山をスキーの板を使って登攀する)を教えてくれた人が水彩画の画家になってグループ展を毎年開催しています。 二回に一回は見に行きます。 毎回画風の変化に驚かせられ、絵を描くことは進化すること、単純に自分の画風やテクニックで書き続けて、偶然傑作になるものと思っていましたが、この人は以前の作品とは全く異なるものを書いているのを目の当たりにして驚きました。

 前々回に広い川の淀みを描いた絵が気になり、何度も見返した記憶がありました。 今回も同じような淀みの絵があり、額縁から川の水が流れ出てくるような錯覚にとらわれました。 どうも静水を描くと生きる画風なのかと素人ながらに感心しました。 しかし淀みの質感はリアルであっても描かれた対象は単に淀んだ川で、部屋に掛けようかという気がしませんでした。

 そこで淀みの絵を二枚譲ってもらい、部屋に掛けて10日ほど経ちました。 見慣れてくるとだんだん良くなってきます。 毎日何度もその絵を見て、不思議なものだと毎日感心しています。

 絵を描く趣味は描いた絵を残しておけば自分の成長は実感できます。 自分が書かなければ絵は存在せず、絵の存在そのものが自分の存在そのものになるから過去を振り返ったときに自分の伝記がそこにあります。 この人は描いた絵をすべて売ってしまい、手元に置いていません。 絵は書いたら、書けたら、表現できたら反れてよい人のようで、未練をもっていません。 むしろ過去が見えるのを好まないように思えます。

 私は会社経営という仕事をしていますが、私の仕事の方法は自分ではほぼ何もしない経営者です。 人の話を聞き、それで終わりで、必要に応じて控えめなアドバイスしたり、『やってみたら』と背中を押したりするだけです。 だから過去を振り返り、自分の業績や成果というものは何も見えません。 大きな方向性の判断やビジョンの策定、取引先の選定など大きな項目には関与していますが、自分で営業に出かけることも社内の制度を考えることもしません。

 大きな方向は数年の期間の中で実現され、成果を生んできます。 そのような大きな決断は数年に一回あるかないかで、毎週一枚の絵が仕上がるのとは様子が違います。

 例えば年初からの半年は重要な決断をしていません。 採用面接など作業の一部はになっていますが、それは私がいなくても回るようにしています。 つまりは成果を生んでいないことになります。

 高額の役員報酬をもらっていれば、たとえオーナーであっても焦ってしまうでしょう。 報酬に見合う成果を上げなければと、重要な経営判断を迫られる機会は突然訪れ、あっっという間に機会は去ってゆきます。 ぱっと飛びつかないと逃してしまいます。 報酬が多いとどんどん飛びつきます。 飛びついて不首尾に終わる確率は9割以上、見極めが大切です。

 『老人と海』の漁師のように何日も大物を狙って漁をし、ここ一番でヒットしたときは絶対逃さぬファイトが必要です。 経営でもそのファイトを失わないよう健康に気を付け、会社内外のことを目を凝らしてウォッチしています。 日々業務に追われ、作業の辛さ、迷い、苦悩と達成感に浸れる現場と仕事を持つ人をうらやましく思うことがあります。

 それぞれに役割があり、自らの役割を淡々とこなすのが私の地味な人生、毎日今日何があったかノートに書き込み、ため息をつく毎日です。
 

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[社会]

共感する力

 横浜市の林文子市長は「共感する力 カリスマ経営者が横浜市長になって分かったこと」というタイトルで出版しておられます。 横浜市は全国で一番大きい市で、その市長をされていますが、女性首長は日本では意外に少ないそうです。

 氏の経歴は個人的にはすごいの一言に尽きます。 高卒でOLを3年ほどしてから自動車の販売会社でセールスを行っておられたそうで、最初のディーラーでは入社後トップセールスを10年、それだけでもすごいことですが、自動車販売会社の社長に抜擢され、同業の自動車販売会社の社長を何社か歴任、ダイエーの再建に代表としてかかわった方です。

 それだけの逸材ですから市長への出馬要請は当然としても民間から行政に転じてなお多くの改革改善を成し遂げたことは凄いことだと思います。 氏の市役所の風土改善の考え方としておもてなしが何度も登場します。 詞だけをとらまえればセールスの手法を行政サービスに取り入れたことになりますが、効率一辺倒の役所仕事に対する批判として電話とメールで効率的な情報伝達よりも会って面と向かって話をすることで信頼関係が増すことがより効率的な行政サービスにつながることを説いておられます。

 このエピソードで思い出したことがあります。 あるフランチャイズに加盟していたときスーパーバイザーから連絡が頻繁に入ってきます。 『面談したい 』というのが用件ですが、面談して情報を得ようとしているだけで情報の提供はありません。 何か資料は持ってくるのですが、役に立つものはなく、それをネタに当社の情報を取得しようとする意図は見え見えです。 そこで用件があるならメールにしてほしい、情報をくれるというのならメールで送ってほしいと伝えました。

 先方の役員がそれを聞いていて何事かとスーパーバイザーを叱ったそうです。 もちろんメールにしてほしいというのは君の情報に何の期待もしていないというメッセージです。 さらに言えば人としても魅力に欠けていたのであって楽しいことはありません。 上司の役員が私の感覚までたどり着いてくれれば改善も図れたのでしょうがそうはなりませんでした。

 現在はそのフランチャイズを離脱し、そのフランチャイズ自身が展開しているといううわさも聞きません。

 林文子氏の話に戻り、市長は公選され一人何千人といる職員の中に入り、権限を行使し、責任を果たすわけですからそれはもう大変で、低姿勢でお願いしても権力を傘に着て力押ししても役所の風土をセールスの風土に変えるのは至難の業に違いありません。 メールではなく面と向かって話をし、信頼・尊敬・善意・ビジョンを理解されなければ職員といえど誰も思い通りに動かないでしょう。

 タイトルの『共感する力』は 自らが相手に共感し、相手は自分に共感するよう努力することに尽きると思います。 副題の『カリスマ経営者が・・・・』はカリスマであるがゆえにできたことのようにとられ、書かない方がよかったことと思います。 記述の中で氏は細かな努力を徹底して継続してきたこと、職員褒める、冗談を言う、先に挨拶するなどです。 それをカリスマとかたずけられたら氏は悲しくなるのではないでしょうか。

 多くの職員、お客様である市民、いろいろな考えの人がいるわけで、皆が皆支持しているわけではないでしょうが、少なくとも憎しみの対象にはなりにくいのではないかと思います。

 私は母親が存命で毎日安否確認の電話を掛けます。 母は90歳を過ぎて認知もなくしっかりしています。 もともと私とは反りの合わない人でしたが、それを引きずっていても仕方がないと思いつつ電話をするといきなり質問攻めにあいます。 そもそも電話を受けてとたんに質問するのはやめてほしい、とお願いするのですが「すまない」と言いながら次にまた質問になります。 認知であるからそうなるのではなく、昔からの気質で質問に対する答えは毎回同じです。 林市長のように母と共感することができればもう少しましな会話が成り立つのでしようが肉親だからか仕事でないからなのか割り切れません。

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[社会]

EU

 私は政治に関して強く意見を持たないようにしています。 なぜなら何らかの事業を行っていれば政治の決定について企業として損得は必ず発生しますし、こうあるべきと考えれば経営判断に歪みが生じます。 よほど不可解な政治判断が続けばそうも言っておられないでしょうが、現状の日本の政治で話題になるのはある所得層、ある事業分野、あるメンツを守ったり捨てたりする話題に終始しています。

 経営だけを考えれば柔軟に対応すれば今の事業分野で展開可能ですし、逆風の施策であってもチャンスに結び付けることができます。 そもそも既存事業は社会的に必要があるから存在していて、代替方法がなくならない限り既存事業が消滅するとは考えられません。 既存事業より効率の良い代替事業は常に検討されていて、安泰な既存事業は考えにくいと思います。

 国債発行残が天文学的な数値になっていて、物価上昇率が 日銀の目標の2%にほど遠い中で一方でせっせと財政規模の縮小を図っています。 物価が上がればよいのであれば薬価を下げるのは一見矛盾しています。 個々の施策をうんぬんしても仕方がないから強く関心を持たないようにしているだけです。

 イギリスの国民投票でEU離脱が僅差で選択されました。 離脱派の損得よりも主権という論理、残留派を含めそれぞれ明確な理由があり、それぞれの利害を受けているのでしょうが、イギリス以外はまさかの反応に見えました。 EU側は離脱に向けた交渉で関税を含め厳しい条件を提示してくることになるそうです。

 それでも離脱を選択したから経済的な不利益を甘んじて受けることになるのでしょうが、話はそれほど単純ではなく、主権などが話題になれば国家観の違いに発展せざるを得ません。

 日本国内でも世界でも情報とその伝達手段である通信が広がる中でアラブの春など大きな政治的動きが起こりました。 自由に意見が言えて自由に情報が入手出来て考えがすりあわされて考えの対立が減るのではと思っていましたが、イギリスの動きは対立を先鋭化する方向に動きました。

 アメリカの大統領候補の発言もそうですが、平和や安定を損なうような破壊的発言や行為が代替策を提示しないままに広く受け入れられているように思います。 政治が利益代表の調整の場であれば過激な展開、武力の行使など意味がないのですが、今や調整より対立、力技が国外において人気があるように思えて仕方ありません。 確かに日本の政治家も調整しようというより先鋭化して存在感を浮き立たせることに血筋を上げだしていますが。 

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[意思決定]

占い師

 自分が30歳代に60歳代の父が倒れ、将来について途方に暮れた時期がありました。 実家は築170年も経過した古い家で、家業の貸家業もあるし結婚して数年で転居もできないしというのが問題でした。

 友人が占い師に相談しろとアドバイスしてくれました。  占いなどに縁のない人が紹介してきたので意外でしたが、とりあえず相談に行きました。 即座に言われた予言は父親の寿命が長くて3年ということで、伸ばしてもらえるかというと伸ばすことができるとのことでお願いしました。

 結果的に父親はその後20年生き延びました。 その占い師、私の中では超能力者のイメージが強いのですが、その後何かと相談やお願いに行きました。 その都度出来ること、出来ないことを言われ、かなりの問題を解決していただきました。 例えば息子がちょっとしたイジメにあった時に息子を連れて行き、お払いのようなことをして翌日からイジメはなくなったとか、当時商談していた取引先の担当が何かにつけて理不尽な態度に出るのでお願いしたら次回の商談で何の前触れもなく担当が変わっていたとかです。

 次々問題を解決してもらった時は不思議でしたが、どうして願いが叶うかといえば線香を焚いて浮遊霊を呼び寄せ、霊に依頼するとのことです。 一度ビデオカメラを持ち込んでその現場を撮影したことがありますが、霊の集まる場所で何箱かの線香を積み上げて焚火のように火をつけ、般若心教を唱えておしまい、超能力者は作業服姿で時間は10分ほど、オートフォーカスのレンズは読経とともに頂点が定まらなくなりくるくる回りだしました。

 あとの映像に何も映っていないので不思議な体験でしたが、その時のお願い事は残念ながらかないませんでした。 信者というか相談に来られる人はオペをした方がよいか迷っている医者、裁判で審議をうまく運びたい弁護士、犯人逮捕の手掛かりがほしい地元の警察署長等だそうです。

 世の中には不明、不確定なことが多くあり、それなりの立場の人も迷ったら神だのみをするものかと感心しました。 その方も高齢ですでに鬼籍に入り、後継者もおらず私は難事や迷いを相談する人がいなくなりました。 

 この世に霊界があるのかどうか今でも解りませんし、 その世界との交渉役の人がいて色々相談に乗ってくれるのは便利で重宝なのですが、その人が他界してから自分の人生は自分で決めよう、たとえ失敗しようと、と思うようになりました。 その後、身に降りかかった難問は誰に相談することもなく自分で決めるようになりました。

 当然ミスジャッジもあります。 そのリカバーで苦労していることも多く、残りの一生は長くて20年、今までとは逆に自分で決め、頑固な老人になってゆくと思います。 人に相談し、迷いに解を求め、困難を打開できるのは一番つらく、やりがいのあることを他人にゆだねることです。 その時うまくいった多くの結果から自分がさらに幸せになったかといえばその実感はありません。

 人は誰も幸せを求めます。 私も同じ、自分が不幸に感じて落ち込んだ時に『俺の人生最悪!』と嘆くことがあります。 底まで落ちたら後は這い上がるだけと思えば自分で決めて成功して、失敗して落ち込んで天狗になって、変化のあるのが人生です。

 ビクトール・フランクル の言葉に『人生に期待してはいけない、人生が君に期待している』というのがあります。(記憶が正確ではありませので間違っているかもしれません) 落ち込んだ時に呪うのは自分、ガッツポーズを決めて褒めてあげるのも自分ではないでしょうか。

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[社会]

風土

 30年ぐらい前のアクション映画や刑事ものを見ているとやたらとタバコを吸うシーンがあります。 この話題は以前にも書きましたが、マカロニウェスタンでもニューヨークの刑事もフランスのヤクザもタバコをよく吸いま。 そして吸殻をところかまわず捨て、靴で踏みにじります。

 私がまだ学生だった40年以上前にタバコのポイ捨て禁止キャンペーンがTVで放映され、『地面はタバコを吸いません』というキャッチコピーが流れました。 携帯灰皿が売り出され、それを利用する人が出てきました。 それから10年以上たち、分煙や禁煙スペースが増えてゆきました。 私が子供のころは電車の中でたばこを吸っていたものです。 隔世の感があり、今では禁煙と書かずとも列車で喫煙するものはいません。

 考えを根付かす ことは優れたキャッチコピーのキャンペーン、携帯灰皿などのツールの開発等多くの手間と時間をかけ、好悪の問題から善悪の問題にまで上げて行き、初めて定着するのでしょう。 アメリカの銃規制などもそうだと思います。

 タバコに限れば私が生まれるころに当時の厚生省が健康被害を避けるために法律でたばこを禁止すれば喫煙の問題は回避できたことと思います。 喫煙者の私が言うのも説得力がありませんが。

 このような風土の問題は会社内でもあります。 当社で営業職を中心に細かな作業を手を抜かずに行うこと、難しい課題を逃げずに考えること、すぐに対処することなど現場で目先の対処方法につきスローガンを出しています。 凡事徹底、できる方法を考える、高速レスポンスなど『地面はタバコを吸いません』に相当することを現場管理職が提唱しました。 これは定着し、現場の課題に対してかなりの効果がありました。

 これらのスローガンが根付いてもまだ課題は山積みです。 全国同一制度の保険事業で全社が同じ戦略で、地域に応じた戦術を展開しても個人別の売り上げに、新規開発に個人別で何倍もの差が出ます。

 営業でいえばフロックもあり一定の差が出るのは当たり前ですが、それをはるかに超えて差が大きいのは『個人差』やフロックで片づけられるものではないと思っています。

 類似の課題は事務職やケアマネージャー、薬剤師でも同様にあります。

 仕事を行うにあたり苦痛や努力は伴うもの、同じ苦痛と努力でより高い成果を上げることができるシステムを取り入りなければ成果は増えません。 それが分業であったり、IT化であったりします。 しかしこれらの方法・手段も現場に近いものが多くあります。 新人に仕事を教えるのに簡単なマニュアルを作成し、分割された作業の定義が明確になれば分業が進みます。 分業された作業や定義が明確になった作業はIT化の対象になります。

 今話題にしようとしているのは現場ではなく経営マターとしてどのような仕組みが生産性向上につながるか、ということです。 経営マターでも例えば分業が話題になります。 管理職の設定、課長職の設定は分業に相当します。 人事制度をうまく使って生産性を上げた管理職は評価されますが、賃金制度の考え方を変えなければ評価が賃金に反映しません。 転勤や配置転換も同様、会社として一番欠けている事を見出して選任を置くことや会社全体のグランドデザインなどは経営マターの最たるものです。

 経営マターの個別の施策も重要です。 禁煙キャンペーンの携帯灰皿の売り出しのようなもの、しかし風土の醸成やコンプライアンスのような強制力を伴うものには好悪ではなく善悪のような価値観を形成することが必要になります。

 経営マターを担当するものは取締役、当社においても社歴の長い人で年齢も上です。 えてして経験で物事を判断します。 『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』、経験があるがゆえに経験に偏重すると歴史が教える解決策に目が行きません。 せいぜいキャッチコピーを思いつくぐらいです。
 

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[会社運営]

人事考課

 人事考課の季節がやってきました。 全従業員の夏の賞与と昇給の査定がこの時期は同時に行われます。 私は手続き上全従業員の査定を承認しなければなりません。

 個々人の日々の活動について解るわけがありません。 したがって各部署の責任者の裁定を見て、違和感のある人の理由を聞きます。 『AさんはBさんと同じ賞与ですね、Aさんは何度かトップ賞を取っているはずですが?』、『賞与対象期間の二人の売り上げ、稼いだ粗利はほぼ同じです。Aは人間関係に優れていてそれは月末の昇給査定で反映されます。』、もちろん賞与対象期間6か月の売り上げ、粗利の数値を出して説明してくれます。

 私がチェックするのは個々人の評価が正しいかではなく評価者が客観事実に基づき緻密に評価しているか、につきます。 個々の評価がいかに客観数値に基づいていても担当現場の違いもあり、正しい評価は明確な基準があっても『神のみぞ知る 』ことになるでしょう。

 私が頭を悩ますのは各部署の管理者です。 上位管理者の賞与、賃金は私が決めざるを得ません。 毎年全職員の年収一覧表を取り寄せ、相対評価をします。 これは労働の対価が何によって決まっているか、直感を磨いています。 年収ベースで何倍もの差がつく理由は何か、責任の重さ、使っている資格、世間の相場、知識・技術スキル、経験、労働に伴う苦痛、いろいろな要因で年収が決まっていることが解ります。

 取締役の場合、一番に責任の重さがあるでしょう。 それゆえ権限も大きく、権限を行使しているかどうか、権限を行使することは何らかの決定を下しているわけですから結果が現れます。 決定事項が少なければ担当業務は平和であったことになります。

 抱えている案件が多いから優先順位をつけ、業務処理を円滑に行い、現場にストレスを抱えていないか、平たく言えばうまく仕事をこなしているか、これは周辺部署の噂でわかります。 うまくこなせていなければ取締役の関与していることは重要性が高いので陰口が耳に入ってきます。

 しかし人気で評価するわけにもゆかず、陰口をたたかれた取締役の業務執行を観察します。 説明責任をうまく果たしているか、説明が下手であればいくら仕事をうまくこなしていてもクレームが出てきます。

 最近気になるのはパーフォーマンス、きちっと挨拶している、いつも笑顔である、相手の話を誠実そうに聞いている、激怒しない、わからないことでも意思を明確にする、私以外は具体的業務を執行しているわけですからここのパーフォーマンスは重要です。

 しかしこの部分は上手い、下手の明確なところ、世間話がうまいだけで好感度が上がります。 逆にこの部分のパーフォーマンスが悪いがゆえに有能でありながら人気のない人もいます。 個々の評価を重視しすぎることも口だけ取締役を重用することにつながります。

 取締役の評価項目は私の場合結構煩雑なものになります。 そこで一律の年収に決めました。 取締役の場合それ相応の年収ですからもっと年収を増やしてほしいというリクエストはありませんが、評価してほしいという希望は強くあります。 包括的に評価しているのですがこの部分でこれを成し遂げたから評価してほしいというものです。

 それを言い出したら各取締役は苦渋の選択を多くしていて、最善であるにもかかわらず悪く言われている人もいるので、全部を知ってそれを言うか、心情において理解しても人に言えない決定を下している人は腐ってしまうと思いました。

 仕事の中には日の当たるものとそうでないものがあり、取締役は組織単位の長で、部署の企画を行い、商談もこなし、業務が多様に過ぎるように思いました。

 先日の取締役会で取締役は何をしたいのか明確にしてほしい、何でもかんでも自分でやろうとするな、業務を分割して人に任せ、部下を信じ、部下を育ててほしいとお膳をひっくり返すようなことを言ってしまいました。

 会社が早々成熟期を迎え、保守的になって成長が止まるのは私は認容しがたたいことです。 みんなは理解しがたく、議論は盛り上がりを欠きましたが、さんざん考えてもそれが結論、各取締役が自分の仕事を分析整理し、何に注力するか決められなければ、つまりそういう文化を気づきたいなら私は会社にとって不要な人材と思いました。

 

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[社員教育]

人を育てる

 ある有能な管理職の人が標語書いて机の前に貼っていました。 五行ほどの言葉の最後の言葉に釘付けになりました。 『美しいものを見る』と書いていたのです。 釘付けになったのは他の言葉が気持ちを鼓舞するような言葉でしたが、この言葉を書いた意味が全く想像できませんでした。

 その人は多くの部下の話を聞き、適切なアドバイスをし、恨まれるような言葉も必要なら必ず 言います。 それは適切な管理職の行為、部下の職員は彼が話を聞いてくれるので言いたいほうだいを言い、彼はそれが愚痴であっても理不尽な要求であっても、正しいけどすぐに対処できないことでも言い訳することなく聞きます。

 それは必ず他に誰もいないところで行い、説明できない時は『一緒に頑張ってやりましょう』と励まし、相手は感動して最後に泣き出してしまうようなこともあるようです。 いつも笑顔で、前向きで、最後に感動するような結末を迎え、部下の成長を促します。 当社の理念、ミッションを地で行く人です。

 私にはとても真似の出来ることではありません。 人の話を聞くことに膨大なエネルギーを注ぎ、真剣に集中する姿は立派であるとか優れているとかでは形容しがたく、『神』の存在を予感するようだと言えば言いすぎでしょうか。 その人が美しいものを見る、ということをスローガンにしているのです。

 私が最近見た美しいものは奈良興福寺の仏像です。 阿修羅像は有名ですが、他にも素晴らしい仏像が数多く展示されていて、苦悩に満ちた表情、見るものを恫喝する恐ろし気な仏像、慈愛に満ちた表情、ごくごく普通の人の顔、優しがにじみ出ている仏、あらゆる感情を想起する顔が並び、たとえそれが苦悩に満ちたものでもそこいらにいる人の顔でも美しく見るものに語りかけます。

 ある管理職は意地悪な人であっても愚痴ばかり言う部下であっても皆善悪や好悪で判断せず、それぞれの人生が皆美しいものとして接しているのではと想像しました。 それで『美しいものを見る』意味が解けた気になりました。

 本人に真意を聞いたことはないですが、私の想像が強ち外れていないと確信しています。 人がどのようにしてそのような心境になれるのか、神秘であります。 話を何度か聞いてもらった部下は問題行動がなくなり、気持ちよく挨拶するようになり、仕事に励むようになります。 創世記のハリウッド映画で神をテーマにしたシーンのようです。 キリストに触れるものは病が瞬く間に治り、キリストを神として信仰する、そのシーンを彷彿とさせます。

 たいていの人は考える力があり、心の蟠りが解けると自分の職責において最善を尽くすようになります。 最善とは誰にも勝る生産性やパーフォーマンスという意味ではなくその人のその時持てる力を最大限発揮することです。 管理職として最善の方法を支持するのではなく、最善の自分を発揮できる、発揮する上で障害となる迷いなどを取り除くことにほかなりません。

 もし正しいことや効率的な方法を教え、教えられた人が素直に従えば効率が上がりますが、その人の成長ではありません。 自ら考え、自ら工夫する事が出来るようにその人の苦悩を取り去るので、『神』を予感すると言いました。

 そういう意味での『神様』は誰の心にも宿り、他の管理職の人でも同じシーンを感じたことがあります。 話題にした管理職は常に神が見え隠れする、そういう人なのです。

 神の見えざる手に着目すれば『よくできた人』と評されるかもしれません。 ずっと観察して管理職の部下指導という本が書けるかもしれません。 しかしその本は手法や現象を書くだけで神ではないのです。

 多くの人が『神』に憧れ、自らが神に近づくことを願います。 反れば権力欲や金銭欲との二人三脚、神は誰の心にも宿り、表に現れるのは邪念を捨て去った人にのみ現れてくるもののように思います。 そうして神が現れるとその人は他人への憎しみを捨て去ることができ、何事も望めば叶う素晴らしい人になります。 神は天から降臨するのではなく美しい人の心の奥から現れる、だから常に美しいもの、絵画や彫刻などに触れ、自らの心の美しさを保つ必要があるのかもしれません。

 

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[習慣]

繰り返す、上手くなる

 高脂血症になり、対策として食事量を減らし運動を心がけました。 食欲が旺盛で食べる量を減らすのは難しく、食事量が少ないとお腹が空いてチョコレートを食べたり、結局カロリーオーバーになってしまいます。

 運動は『自重トレーニング』の本を参考にし、腕立てや腹筋、背筋のトレーニングを心がけています。 昔は腹筋は100回を基本によくやっていましたが62歳の今は30回を二日に一回、それでもポッコリお腹に腹筋の形が出てきます。 高齢になっても筋肉量は鍛えると増えるという最近の学説が励みになりました。

 今更マッチョになっても仕方がないけどスーツが似合う体系、見た目にシャキッとしている立ち姿は失いたくありません。 風呂に入るときに裸の体を鏡に映して満足していますが、肝心の中性脂肪値は低下しません。  おそらく数値の改善に沿っていないことを懸命にしているか、減食を徹底していないのでしょう。 医者や栄養士の指導を得なければならないと思っています。

 しかし継続反復トレーニングは何らかの影響があるもの、経済音痴の私が日本経済新聞を毎日隅々まで読むと現代経済学の本を読んでも断片的に理解できるようになってきました。 つまりは継続は力なり、というところでしょうか。

 同様に継続反復練習していることに英会話があります。 私は中学から英語が極端に苦手で、今日に至っています。 ICレコーダーで反復練習するのですが、たまに英語圏の外国人に話しかけられてもコミュニケーションは成り立ちません。 最近二回の経験から言えば台湾人の学生と宿で話した時は 相手も英語が得意ではなく、ゆっくりなので話が少し通じましたが、込み入った会話には展開しませんでした。 次は電車の中で話しかけられた時、早口で意味が解らず相手のジェスチャーで理解しました。

 せめて英語くらいはと意地になっているのですが、リスニング量から言えば大したことはなく、練習しているとは言えません。 ある時、英会話の練習方法を変え、テキストを買わず、エアチェックした会話を反復して聞き、それを紙に書いて辞書を引き、翻訳することを始めました。 自分の程度に合ったテキストであれば上達につながるようです。

 どのようなことでも身に付けるには練習方法が合えば年齢、経験に かかわらず成果を上げることができるように思います。 試して、考え工夫する、工夫して反復練習をする、どこかに継続反復練習の極意を書いた本はないかと思います。 ほかにもオートバイのコーナリング、コーナーのうまい友人の後をついて走り、どのタイミングでシフトダウンし、体重を前か後かどちらにおいているのか見ながら走ったり、嫌いなカラオケで歌うことも何とかならないものかと思います。

 方法ばかりに拘りましたが、強く望むこと、圧倒的な反復回数、好きになるなど情意は味気ない反復練習の王道のような気がします。 

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