相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[人間関係]

直接言えない

会社の代表をしているといろいろな人からいろいろな意見をいただきます。 同じ会議メンバーの批判はおおく、『なぜあの人はこの意見にとらわれているのか?』という質問であれば想像して答えるか、『聞いてみればどうですか?』と言えばよいのですが。

会議メンバーの批判で相手の考えを柔軟にしてほしい、とのリクエスト、それも遠回しに言われる、対象の人に直接それを申し上げるのはさほど苦労はしませんが、目的は申し上げることではなく柔軟になってもらうこと、これは難しいですね。

そんな神がかりなことができるなら会議で苦労することはありません。 以前と違い最近当社の取締役会は全員が自分の意見をはっきり主張し、他人の意見を明確に非難するようになってきました。 以前そんな事は無かったのですが、以前は私がワンマンだったのでしょう。 しかし当時はどうして反対意見が出ないのか、と悩んだものです。 そんなワンマン時代を懐かしく思っても仕方なく、前述のリクエストに応えるべく知恵を絞ります。 考えれば考えるほど答えは明らかになってきます。 要は相互の意見を理解していない、どちらの意見にも別に反対も賛成もしない自分はそれら対立する意見について関心がないというところでしょうか。

だから意見の対立があればそれぞれの言葉でとことん話し合い、間に入らないことがベストのように思われます。 理解されていないのですから当然ですが、会議でそのように開設するとどんどん対立が深まったりします。 やはり私がそれぞれ個別に話をして、相手の頭を柔らかくして落としどころを探る方が時間の節約になります。

人は面倒なもの、面倒な理由のほとんどが他社の意見への理解でしょう。 会議では理解されない前提で説明に工夫が必要です。

工夫と言えば結論を明確に先に言うとか、できる限り結論に及ぶのを避けて遠回しに周辺を詰めるとかよく行われますが、発言には責任が伴いますので聞き手はできるだけ真摯に聞く姿勢をとらねば微妙な問題は技師にかけるだけで人間関係まで損なわれることになります。

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[習慣化]

事実から

営業のミーティングに出ていて、『成果の出ないのは人間関係が築けていないからと思います。』このような回答がありました。 営業で実績が出ないと不安になり、先輩にアドバイスを求めたりします。 問われた先輩は質問した後輩の印象から『人間関係が築けていないのかもしれない』と想像し、アドバイスするかもしれません。 アドバイスを受けた後輩は不安から人間関係が築けていないのではという先入観を持ち、営業に出かけます。 普段なら聞き流せる取引先担当の何気ない一言に人間関係のないことを確信します。

百歩譲って人間関係が築けていないかもしれません。 しかし殆どの場合、成果が出ていない事と人間関係が築けていないことに直接の因果関係がないように思います。

後輩は成果の出ない事への不安から先輩にアドバイスを求めています。 思いついきのアドバイスを出すことは後輩に人間関係への恐怖症を植え込むかもしれません。 受注を重ねるには人間関係が絶対条件、自分は関係作りが下手と刷り込んでしまいます。 つまりたまたま成果の出ない営業を今後とも成果の出そうにない営業に仕立てようとしています。 しかも何の悪意もなく。

今日の会議で私は『人間関係が築けていないと思う理由は何か? もし思い込みなら事実から始めよう』と余計なことを言ってしまいました。 どうせ同じことを伝えるならもう少し励ますような言い回しができないものか? 我ながらほめるのが下手であることに嫌気がさしてしまいます。

そして誰かに『俺は社員をほめるのが下手なんだ』と愚痴とも相談ともつかない話をしたらよその会社の年上の経営者が『人間関係が築けていないからだよ』とアドバイスしてくれたらきっと心が晴れるでしょうね。

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[経済]

マーケッティング

マーケッティング、いわゆる市場調査は一時期よく言われた言葉です。ドラッカーは市場に出ていないものはマーケッティングできないと言っています。

アイフォーンが出る前にアイフォーンのような多機能電話の市場調査ができないという事でしょう。 そもそもマーケッティングはモノやサービスが売れるかどうかを調べることで、営業が日々行っている活動がマーケッティングそのものであることが理解されていない場合があります。

当社の営業会議で『なぜ売れたのか?』、『たまたま売れました』というやり取りがあります。 もちろん個別の取引で偶然つまりは一般に市場が要求していない取引が行われた場合があることは想像できます。

マーケッター=営業が常の発言としてマーケッターらしい発言が多ければ『そうか、たまたまか』になりますが、いつもたまたまであればどうも納得がゆかず、もしそうなら営業会議を行う意味はなくなります。 営業会議でこの商品案内を今月のテーマとして行うとなっていた場合、特段の事情がない限りマーケッターとしては取引先全部に行うべきと思います。 ある営業に『何件案内しましたか?』と聞くと『4件』と回答、その営業の取引先は50件程度あるので『残りの取引先は?』と聞くと『今週は忙しかったので行けません。来週行きます』とのこと、翌週同じ質問をするとやはり行っていません。 この営業の成績は散々でした。

当社の営業は取扱商品が高齢者向け介護機器・用品で、同業他社との取扱商品の違いはありません。 市場調査と言ってもどこでも同じ商材を扱えるわけですから他社と差を出すにはあえて押している商品の評価などしかありません。 だから尚更ある商材を推売する案内を出すときは全件調査をし、調査制度を高めるべきです。

商品ありきで市場調査をしても顧客がどの業者も同じ商材を扱っていることを知っている(値段の違いはあるけれど)場合、個別の業者の推売商品に関心を持たないと考えられます。 全くその通りなら介護業者の営業は営業でない、つまりマーケティングの意味をなさなくなるわけですから単に言われたものを納品するだけの仕事になります。

商品によるマーケティングが無意味であれば販売方法のマーケティングが意味を持つかもしれません。 今それを行っている業者を聞いた事は無いですがそれでより販売が増えるのであれば販売方法のイノベーションになります。 しかし最初に書いたドラッカーの言によれば方法であっても誰もやっていないものであればマーケッティングはできないことになります。

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[人間関係]

ネコといぬ

最近ネコが話題になっていて、ネコカフェなどはやっていると聞きます。 私は誤解を顧みずに言えば人をネコか犬に例えて分類してしまいます。

動物の生態学は全く解りませんが、ネコ科の動物は独立性が高く、あまり群れを成して生活する印象がありません。 天王寺区に住んでいるとお寺が多く、野良猫がたくさん住んでいます。 餌をやる人が多いのかお供えを食べているのかお寺の近辺では一定の確率でネコに遭遇します。

私が見る野良猫は子供が多く、たいてい数匹でたむろしています。 いたずら心で脅かしても少し逃げてから知らん顔をしています。 日向で寝ている猫も多く、あまり活動的とは思えません。

一方犬は野犬であれば群れを成し、群れの中で役割も分かれていて統制が取れているように思います。 かつて淀川の堤防を自転車での通勤経路に使っていたことがあります。 残業で遅くなって暗闇を走っていると堤防にいた犬が私に向かって吠えたてたことがあります。 その犬のいた後ろには草原が広がっていてそこから数十匹の犬が湧きだしてきました。 その数十匹の犬が一斉に私に向かってきます。 これは大変な恐怖で、自転車を早く漕いでも遅れることはなく、全力で逃げたことがありました。 数分で犬の群れは追跡をやめて元の草むらに戻ってゆきます。 私はほっと胸をなでおろし、家路につきます。

何度か同じことがあり、同じように逃げましたが、ある時開き直って自転車を止めて犬に向かってゆきました。 そうすると犬の群れはゆっくりと元の草むらに引き上げてゆきます。 まるで私を小馬鹿にしたようなゆっくりした歩みです。

数十党の犬の中にリーダーがいてその指示に従っているとしか思えません。 すべての犬が瞬間に引き上げてゆくのですから完璧に統制が取れています。

人に例えると軍隊のような印象です。 リーダーの存在から彼らの中に役割と序列がある事が判ります。

一方ネコにこのような役割や序列、統制のとれたチームプレーを見たことがありません。 淀川の河川敷で野良猫を見た事は無く、天王寺のお寺の境内で野良犬を見たことはありません。 すみわけと言ってしまえばそれまでですが、このような犬と猫の印象に被る人間の行動も垣間見れます。 序列やリーダーシップを重んじてチームプレーに徹する人は犬タイプ、いつも一人で個人スキルに関心の高い人はネコタイプといったところでしょうか。

実際の野良猫と野良犬は棲み分けができていて、互いにテリトリーを犯すことはしないのかもしれません。 やるとすれば野良犬が野良猫のテリトリーを犯すことが想像されますが、野良犬が野良猫を集団で襲ったり、単独同士の決闘なども目にすることはありません。

一方人間は犬型人間がネコ型人間をいじめの対象にしたりし、非常に強く知恵のあるネコ型人間が犬型人間を排撃したりするのは現実に目にします。

問題なのは人間社会では両方が一緒に生活し、働き、好むと好まざるとにかかわらずチームプレーもします。

もし私が人事担当なら人事データの端に動物マークを付けたりするかもしれません。 文句ばっかり言う職員はよく吠えるタイプの犬マーク、毅然としていて孤高の職員はアメリカンショートヘアのネコマーク、社内をうろうろして他人の仕事の邪魔をする職員はおさるのマークといったところでしょうか?

そんなことをしていてバレた日には労基署に通報されて改善勧告を受けるかもしれません。 しかし、性格診断テストの結果が人事データに打ち込まれていたらそれを眺めているとネコや犬に見えてくるのではないかと思います。

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[生活]

学習能力

私は英会話を何年も練習しています。 全くもって能力アップしていると思えません。 それは不思議なくらいです。 それでも練習し続けるのは半分は意地、半分は不思議に対する挑戦でしょうか。

ほかにも上達しないことはたくさんありました。 例えばテニス、スクールにも通い、休日には友人と練習しましたが上達しません。 あえて言えばサーブか早くなったくらい、試合で勝つことはほとんどありませんでした。

今はゴルフ、やったりやらなかったりを繰り返す中で、再開すれば前にやっていた時よりかなりスコアが落ちていて、ブランクだからと思って練習はするのですがスコアはよくなりません。

新しく始めることは新鮮であることから熱心で集中力が続きますが、中断後に再開すると新鮮でなくなり上達しないのかもしれません。 しかし再開した以上は上達したいし、意識の集中を高めるより方法がないでしょう。

何かマンネリ化した気持ちを再生する方法がないものかと思います。 スポーツのように体を使って行うものであれば体か覚えると考えしまいますが、脳以外に人の体は記憶や思考する器官はなく、しかもその能力は感情に大きく支配されてしまいます。

初めてゴルフコースに出たときの新鮮な気持ちがよみがえればどんなに良いかと思います。 それは不可能、スコアが悪ければ小遣いが減るとか禁煙しなくてはいけないとか仕事が大変になるとか、人の感情はコントロールしがたく目標設定したり、物理的な罰を与えたりあの手この手を考えます。

しかしやらなければ何も始まりません。 英会話であればリスニングの時間を何倍にもするとか、英語圏の友人を作るとか、ゴルフであればコンペに参加するとかでしょう。 そんなことを考えながら頑張っていますが、ゴルフに関して言えば私よりうまい人は私の何倍もラウンドしています。

英会話のできる人はそれなりの経験をしています。 自分を追い込める環境を作る、それが秘訣のような気がします。

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[事件]

病気のデパート

向かいに座っている人が咳が続き、私も咳が出るようになりました。 咳と痰とが続き、医者に行って『以前百日咳と診断された時の症状に似ているのですが』と言って薬をもらうと2週間ぐらいで咳が収まりました。

今度は背中が痛くなり、呼吸もつらくなりました。 結局何日か満足に眠られない日が続き、とうとう医者に行きました。 問診と握力、腕を伸ばしてそれを眺めて頸椎のヘルニアの可能性があるとのことですぐに脳神経外科クリニックに紹介状を書いていただきました。
同じような問診と握力測定を行い、MRIの撮影を行って第4頸椎と第五頸椎の椎間板がヘルニアを起こしていますとのこと。 コメントは『一生治りません』とのこと、神経痛を抑える薬の処方箋をもらい帰宅しました。 一生治らないのは事実としても患者としてはその言い方はないだろうと思いました。

翌日指に発疹、それが大きくなって熟してきました。 別の医師を受診するとヘルペスではとのことで、頸椎のヘルニアと同様の痛みが出るとのこと、いったいこの痛みはヘルニアなのかヘルペスなのか、薬が効いてきて背中の痛みは治まり、手首から先の痛みと発疹の傷が残りました。

元の脳神経外科にこの辺りを確認するために受診しました。 『痛みが残っているが手首から先、この痛みはヘルニアによるものですか、それともヘルペスによるものですか?』、『ヘルニアによる痛みと言い切っていない、加増診断でそこまで確定できない』、そらそうだろうけど初めにヘルニアであると断言しているのにと思いました。 その後一方的にまくしたてられたので「少し話を聞いてくれませんか?」というとやっと黙ってくれましたが一つ質問しかけると途中からかぶせて解説が続きます。 しかもため口で。

患者は医学の素人、医者が知ってるいることを全部しゃべってもらっても聞きたくもないことも多いかもしれないし、聞きたいことが話されていない可能性も高いです。 今の医学で解っていることを一方的にしゃべるのであれば機械で十分、ネットでいろいろ検索したら知りたいことはいっぱい出てきます。 ただしそれらの情報が正しいのかはわかりません。

一つ解ったことがあります。 医者は忙しい、検査をして病気を見つける、または病気を作るので余計忙しい、患者は不安になり、どんどん治療が行われる、一定の確率でミスも生まれる、そんな医療制度が一番効率的なのか私にはわかりませんが、できれば医者とのかかわりはほどほどにしないと一定の確率でとんでもない災難に見舞われることになると思いました。

以前よく見てもらっていたドクターの言葉を思い出しました。 大病院で検査したらいっぱい病気を見つけられるので気にせず、取り合わず、治療しないでください。 私の患者で治療のための手術で死んだ人がいましたよ。 それはそれで怖い話、医者が万能ではないのでそのようなことも起こるのでしょうが、できれば近づきたくありません。

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[生活]

煩雑な手続き

日々の生活をシンプルに過ごしたいと思っています。 持っているものはできるだけ少なく、車のように維持することに手間のかかるものはレンタカーを借りる、年に一度も着ない服は捨てる、家の中はスカスカというような具合です。

ふるさとの納税で在宅しないときに礼品を宅急便業者が届け、不在票が入っていました。 私の住んでいるマンションは宅配ボックスがあるのですが、要冷蔵品だと納品されません。

不在票に書かれている指示に従い納品日の指定を行います。 便利といえば便利、携帯を片手に不在票の指示に従い、希望の日時、時間を指定してゆきます。 この程度なら私でもなんとかできます。

預金通帳が2冊になっていて、一冊にまとめたいと思いました。 まず電気、ガス、水道料金の自動振替口座を動かそうとホームページを開けば簡単手続きメニューが現れます。 実際にはあまり簡単ではありません。 お客様番号なんて知らないし、自宅の郵便番号もわからない、困ったものです。

部屋が広すぎるので引っ越ししようと考えました。 不動産屋に頼み希望を言おうとしましたが、どんなところに住み替えたいのか自分の希望が判りません。 とりあえず賃貸住宅サイトで物件情報を一覧しましたが、物件を見ても何が自分の希望か絞り込めません。

引越屋はどこにしようか、カード類の届けは、免許証は、住民票は、電気・ガス・水道の契約、気が遠くなるような手続きがあり、どれも②簡単手続きメニューがあり、私にとっては簡単でない手続きをしなくてはなりません。 結局煩雑なのか私がものぐさなのか、わからなくなります。

いろいろなところに住んでみたいと希望を持っている私にとって結構住み替えにくい世の中だとわかりました。

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[生活]

鰯の頭も信心から

隣に座っているアラサーの女性にタイトルの言葉を言うと『知らない』とのことでした。 私は子供のころから知っていて、親からなんでも思い込めばよいという意味で教えられてきました。

本当の意味を知らないのでネットで調べると魔よけのために悪魔の嫌う柊(とげがある)にくさい鰯の頭を刺して玄関に付けておくというものでした。 アラサーの女性はこの風習は知っていました。

最近結構厄介な病気になり、処方箋の薬を当社の薬局で信頼している薬剤師に服薬指導していただきました。 その後飲んで1時間もしたころに薬が効いて痛みがなくなりました。

別の薬剤師にあの薬剤師の先生に出してもらったら即効であったと言うと 『薬が効いただけ』と言われました。

最初に飲んだのは朝、昼にこの話が合って夜に薬を飲んでも痛みは治まりません。 薬の副作用として吐き気と眠気があるので就寝前は朝の3倍量の投薬ですが、効果も副作用も出ず、結局寝つきが悪くなりました。

最初の服薬で劇的に効果があり、信頼しているとこんなにも効果があるんだと思ったのは比較のない思い込みであったのかと思いましたが、信頼しているからという根拠が薄弱な理由ですがすぐに効果のあったのは事実です。

薬局の制度でかかりつけ薬剤師というのがあります。 薬剤師が指名されると点数がつく制度です。 私は当社薬局の開設者なので点数は付きませんが、別の薬剤師に服薬指導を受けていたらここまでの効果があったのだろうかと考えます。

理由や科学的な解説はさておき、効果があったことだけをとらまえるとかかりつけ薬剤師は有効な制度になります。 私の場合ほぼ思い込みなので、『鰯の頭も信心から』つまりは信じれば救われたわけです。

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[社会]

ふるさと納税

以前から試してみたいと思うことがいくつかあり、その一つにふるさと納税があります。 そもそもなぜこのような制度ができたのか理解に苦しみます。 税制に問題があるなら税制を変えればよく、問題あるかどうか社会実験を行うのであれば実験の意図がよくわかりません。 想像ですがそんな意図はなく、国民の批判をかわす猫じゃらしのようなものと思いました。

納税額に応じて制度を利用できますし、納税額がそこそこ大きい人は収入の多い人、金持ちの不満解消が目的なら分からないでもないです。 金持ちがより得をする制度をなぜ行うのかという批判がありますが、収入の多い人は累進課税でより高額の納税をしており、豊かだから不満がないというものではなく効率の税率に不満を持っていて当然と思っていますから金持ちに有利な制度だからと一方的に批判する気になれません。

換金性の高いお礼の品に対しても、仮に商品券を返礼するとしてもそのことも批判する気になれません。 お礼をお米でもらおうが換金性の高い物で貰おうが価値に変わりはありません。

お礼品の価格を振替納税額の何割くらいになるかを簡単に調べてみたら3割強といったところでしょうか? 返礼率の高い事にも批判がありましたが、町の知名度を上げたいのであればそれも一つの選択肢だと思います。

振替納税の金額が1万円というのが圧倒的に多かったので、私は10万円分ほど振り替え、お米や肉や果物をお礼品として頂くことにしました。

これ以外にもニーサという株などの投資による運用益や配当を非課税にする制度も不思議に思っています。 私は株や投資信託は基本的に博打と思っていますので、国が年間120万円まで博打を打って儲けても税金を取らない制度です。

ふるさと納税もニーサも税収全体の構造を脅かすものではないささやかなものです。 理屈はいろいろあるでしょう。 もし税の再配分によって限界市町村の税収を確保しようと本気で思っているのなら地方税に限らず国税である所得税も全額対象とするくらいの影響ある制度を実施すればよいと思います。 振替多額の5%を減税すればお礼品の競争に対して目くじら立てる必要はありません。 国内株への投資促進なら非課税枠を10倍くらいにすればよいと思います。 それでも税収が大きく変動するというものでありません。 一部のお金持ちの得する割合が大きくなるだけです。

所得税率も相続税率も一部上げてお金持ちは損をしたのですから相応のメリットを得るチャンスを制度化すればよいと思います。

ふるさと納税は振替税額の3割程度の金額の商品が返礼されるわけですから景気対策のヘリマネ(ヘリコプターでお金を撒いて景気刺激をする)に似ていると思います。

政治は大変で、所得の二極化や景気刺激策として国債発行を行いすぎたとか、あらゆることに責任問題がついて回ります。 複雑で小手先の政策を展開しなければならず、さらに批判が積み増しされています。 あまり何もしない、それゆえ国にあまり期待せず、失望せず、普通であれば長い時間の経過の中で経済、文化の到達点はあまり変わらない気がします。

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[生活]

電子版

私は日本経済新聞を読んでいますが、今月から紙の新聞から電子版に換えました。 紙の朝刊を読むのに1時間以上かかっていましたが、電子版にしてから時間に合わせて新聞を読む要領を得ないため気が付くと2時間読んでいたりします。

電子版は読まなかった古い記事も検索できるの読んでしまうとすぐに時間が経過してしまいます。 ある記事に関心があれば関連記事も同時に掲載されているので便利といえば便利です。

紙資源も節約されるので良いことずくめのように思えますが、紙がなければ物足りない感じもします。 世の中の文書がすべて電子化されたら生活が一変するでしょう。 家に書類の類がなくなるので(もともと蔵書があるわけではないので過去の会議資料程度ですが)家の中はすっきりするでしょう。 父親がなくなって遺品整理をしていたら几帳面に書き込まれた数十年前の帳簿がたくさん出てきて、一代前はもっと紙依存が強かったのでしょう。

私が死期を迎えるときにペーパーレスは進んでいるので遺品整理はずっと楽になると思いますが、電子データの整理は遺族が『削除』押せば一瞬で済みます。

しかし法整備が進まなければこのブログはさらに長期データとして残ることになります。 死んでからも残るデータはある日AIによって呼び出され、介護事業会社の経営者プログラムの参考になるかも知れません。

ネット上に氾濫するデータが読み込まれ、分析されればいったい何がわかるのか、知りたい気がします。

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