相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[価値観]

再出発

 人は新たな人生を歩むときに過去を捨てなければならない時がある。 新たな人生とは少し大げさかもしれませんが、転職する、転居する、結婚する等物理的空間的なあらたですし、何か新しい考え、例えば宗教に帰依するようなことも精神面での新たな人生でしょう。

 過去にない大きな出来事に遭遇したり、大きな決断を強いられ、人に話せないことで、そのことを心の中に封じ込めて残りの人生を送らなければならなないようになるとかです。

 では過去はというと、転職などでは過去の待遇、人間観などです。  転職においては一般に年収が下がるでしょうし、役職もなくなる場合が多いと思います。 以前は課長だ部長だと言っても今役職がついていないなら今を中心に日々の生活が流れるのは言うまでもありません。 この場合、捨てるべきはプライドであったり、視点、以前部長蜀でれば部長職の視点を捨てなければ今の職位に応じたものの見方でなければ職務を全うできません。

 過去は抽象的なものですが、過去に持っていたもの、私の場合趣味のものが多いですが、山登りの道具、テニスのラケット等はやめて何年もたつのにクローゼットに残っています。 またいつか再開するかもしれないはずはなく、持っていても仕方がないのですが。 それでも多くの物をすてさりました。 山登りであれば国土地理院の地図、過去にはじめて登る地形図を買い、携帯に便利なように折りたたみ、登ったルートをペンでなぞった地図は数百枚あったと思いますがすべて捨て去りました。 自分が数多く寄稿した山岳会の会報も捨てることができました。 何百人もいた山の仲間の人間関係も全部切れてしまいました。

 こういった人間関係をずっと大切にする人、思いである物を大事に保管する人もおられるでしょうが、私の場合これら過去を捨てるには捨てる訳があり、捨てた過去に興味がなくなったか変わるべき新しい何かを始めたかです。
 山登りは体力の衰え、転職で山に登る時間が無くなったこと、十分多くの山に登り満足したこと、そのころ勤め人でしたが休日ごとに山を登り、いつ辞めても未練がないと思ったことでしょうか。

 人間関係が途絶えたのも山の付き合いは山だけと思っていたからです。 山をやめるきっかけとなった転職後、新たな人間関係が築かれこともあります。

 必死にやっていたから未練がなかった、過去を捨てることに抵抗がなく新しい環境を受け入れることができた、いまだに持っている山の道具は捨てそびれたものと思っています。 多くの人間関係も山が縁での付き合いで、山以外でも付き合うほどの関係でなかったということでしょうか。

 その一方で山登りで得た考え方などは身についてしまっていて、時々出てきます。 物をさっさと片付けるとかです。 山でテントの中は狭く、食事などはさっさとすましてすぐに食器などを片付けないと次のことができません。 それが身についていて、食事が終わるとさっさと食器を片付け、洗ってしまいます。

 いつもなぜそうするのか疑問をもたなかったのですが、重要な来客があってお茶が出て、客が帰ると自分でお茶碗を炊事場に片づけています。 これも捨てられなかったテニスのラケットのようなものでしょうか。

 多くの経営者を見ていると断定した見方、お金の使い方、価値観に共通点があります。 私は時々外れていて、質素であったり、自分で何でもやってしまったり、周りの経営者からきっと貧乏性と思われていると思います。私の捨てられなかった過去は貧乏性に集約されるのかもしれませんし、あまりカッコもよろしくないのですがそれが自分、最後まで捨てられない、捨ててはいけないものと思い、上手く付き合っていこうと思います。
 

 

 
  

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[生活]

引越し

 引越しの可能性が出てきました。 普段の生活ではシンプルで物をなるべくもたない生活を心がけてきました。 本はできる限り図書館で借りるとか、服は必要最小限にするとか、今住んでいるマンションの部屋が比較的広く、いざ少しづつ整理を始めると意外に多くの荷物があります。

 常に必要ですが捨てられるもの、 例えば古い資料とかメモ用紙とか、まだ使えて捨てるのに惜しいけれど持ってゆくにはちょっとと思うもの、大型家具など、これは転居先で収まるのであれば持ってゆかざるを得ないものです。

 服は人並みあることが解り、夏冬のスーツ 併せて10着以上あります。 そんなにたくさん必要ないと思います。 厄介なのは観葉植物、知らぬ間に大きくなり、記念に貰ったものなど捨てるわけにゆかず、どこか貰い手を探すことになります。

 一つ一つを注意して行うとすれば気の遠くなるような 作業です。 最近母が施設に入所し、ゴミ屋敷状態の荷物を一つ一つ仕分けし、産業廃棄物業者に引き取ってもらいましたが、何日もかかった作業の最後はほとんど廃棄扱いにしていました。

 引越しの可能性が出てからほとんど物を買っていません。 食品など貰った素麺がたくさんあって、毎日そうめんを食べていますが、一箱の素麵を食べきるには相当日数がかかります。

 毎日少しでも廃棄するものを作っています。 着なくなった服、古いファイル、先日は廃棄ファイルの内容で問い合わせが来て愕然としましたか、雑貨等日にポリ袋一杯を捨てるのに迷います。

 結局時間が無くなれば全部捨てるのでしょうが、シンプルに生きる難しさを痛感しました。 

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[社会]

悪徳商法

 母が緊急搬送されると同時に認知症を発症しました。 以前から怪しく思っていたのですが、緊急搬送後は症状も顕著に出て、高齢者施設に入所させることにしました。 母が住んでいたゴミ屋敷状態の部屋をかたずけ、重要なものを探しながらごみの仕分けを行いました。

  母がそこそこ持っていたお金はかなりの部分が株などの投資に消えていました。 母が何にお金を使おうと勝手ですが、自分の老後の資金まで投資しています。

 外国の公社債など為替リスクもあるし国ごとのリスクもあって、老後の資金を投資する対象とはとても思えません。 それを有り金のほとんどをおよそ元本保証もないハイリスク金融商品に投資しています。 90歳になる母が金融に通じているわけではないのですが、 すべてS証券を通じた投資でした。 S証券は大手銀行傘下の証券会社ですが、このような投資勧誘を平然と行っています。 よくボケしている高齢者に甘言を弄して投資させていたのです。

 成人しているとはいえ90歳で認知も出て いる老人に勝ち目のないばくちを進めたのです。 S証券に電話し、即日全部の解約を通知し、手続きに入りました。 担当者ではなく課長がやってきて説明を始めます。 相当厳しくいったのに『今売れば損をします』から説明が始まります。 高齢者施設に入っている認知症の老婆にさらなる投資の継続を言い募るので『いい加減にしろ!』と注意して初めて解約の話を始めました。 すべての投資が損失を出していて、損しか出ない商品を無理やり販売したのは明白、私も日経平均株価や円の各通貨の為替レートを日々チェックしていますが、複数投資案件すべてで莫大な損失が出ています。

 Sグループは商売のやり方の強引さで評判の悪いところですが、証券に至っては詐欺まがいと言われても仕方のないことをしていました。

 詐欺を立証できるエビデンスはありません。 腹いせに同グループの銀行との取引を見合わせることにしました。 日本にこのような会社が堂々と事業営んでいることに憤りを覚えました。 

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[生活]

憎しみ

 自分に不都合なことがあれば、それが社会規範に反していれば怒りが訪れます。 例えば車を運転していて信号無視した自転車が飛び出し、急ブレーキで事故を回避したとします。 それは信号無視というルール違反から怒りになります。 その時、信号無視していた人が携帯をいじりながら自転車を運転していて、こちらが急ブレーキで事故を回避したのに無視して走り去ったとします。 携帯をいじりながら自転車を運転することが重大な違反でないとして、罰則がないわけですからそれは憎しみにつながります。

 私の場合、憎しみはなかなか消えることはありません。 40年も前に自転車どうし接触したことがあり、どちらがも悪いのですが、『気を付けろ!』と言った相手への憎しみは今も消えることはありません。

 海外の紛争地帯でいつまでも紛争が収まらないのはそこに住む人の憎しみの連鎖が原因の多くを占めると思います。 政治的なスローガンを見ていると紛争をさっさとやめることが解決策に見えても憎しみが意地を張らせているように思います。

 誰もが憎しみを抱き、そうそう簡単に消えるものではありません。 取引先で何年もかけて値引き交渉をして成功したと思ったら通知書一枚で元の値段に戻す旨が記載されていて、 抗議しに行きました。 相手は大企業、こちらは零細企業、相手は強力な法務部もっていて、本件で訴訟になっても中小企業である当社におそらく勝ち目はありません。 

 法律違反のないことを前提にしても値引き交渉の根拠の一つとして変わっていないのに一方的に値引きを取りやめる態度は商習慣に照らしても正当と思われません。  当然取引は中止し、個人的にもその企業グループの製品は買わないようにしていますし、ことあるごとにその大企業がいかに悪意に満ちた企業であるか、話題にしています。

 フェアトレードが話題なる中でその企業が存続し続けることができるのはフェアトレードが日本のマーケットにおいても絵に描いた餅で、経済産業省がそのような商行為を規制する法律を策定しないのは中央省庁の大企業寄りの側面を示しているのでしょう。

 多くの企業がフェアトレードを目指し、このようなふるまいの巨利を得る大企業の取引姿勢を改めさせる交渉を粘り強く行えば日本の国際的競争力やよく話題になる生産性は向上すると思われます。

 個人の憎しみの話題に戻って、 こちらは損害や経済的損失の小さい話題です。 フェア、アンフェアの話題と言えなくもないですが、気持ちの整理をつけるべき話題でしょう。

 以前は憎しみのエピソードを思い出すたびに気分の悪い思いをしたのですが、60歳を超えてそのような感情の起伏が大きくならないようになってきました。

 最近、90歳の母親が 認知症であることが解りました。 8月の暑い日が続いたときに自宅で倒れていて緊急搬送され、短期記憶が完全に欠落していることから認知と判断しました。

 母は私よりさらに憎しみの感情が強く、何か不都合が起これば関係者のだれかに憎しみを抱き、自分を正当化するところが強かったように思います。 それが認知になり、誰がのせいにするよりも自分も悪い、愚かであったと判断するようになったのです。 某証券会社の口車に乗せられ、リスクの高い金融商品を交わされ、認知になってからその証券会社の職員を呼びつけ、全部解約を通知しました。

 今までであれば証券会社の詐欺だと憎しみを燃やすところでしたが、認知後自分がバカだったと反省しています。 しかも反省してそれで終わりで、余計なことをしなけりばよかったなどとくよくよ思っていません。 はた目には認知になったというより正常に戻った感がありますし、ずいぶん都合のよい認知と思います。

 私自身も憎しみや執念が弱くなってきたことを思えば程度はともかく認知症に 向かっているのかと思います。
他の人より憎しみに対する感情が強く働くことが、脳の劣化で弱くなった、暗算が下手になった程度のことでしょうか。

 憎しみ、執念が弱まることは生きてくうえでは楽です。 こだわることが少し減ったように思います。 他人の意見も素直に受け入れられることが増えました。 こうなればただのお人良し、経営者に不向きになってきているのかもしれません。 

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[生活]

ダイエット

 ダイエットの話題が多い。 日本経済新聞にも医療関係の記事に特集が組まれていたり、書籍、TVコマーシャル、ネット広告などにも数多くのものが紹介されています。

 私も中性脂肪が高く、医者からダイエットと運動を進められていて、10年弱食事量を減らし、カロリーの低いものを食べるよう心掛け、徒歩、自転車、筋トレと軽運動も行っていますが体重は横ばいです。

 新聞記事や書籍を読んでいてもダイエットの定説はないように思います。 結局は摂取カロリーと消費カロリーの差が体重になっているわけですから、摂取を減らし、消費を増やす以外にないのでしょう。

 基礎代謝は成人男性で1500kcal前後でしょうから1食200kcalに抑えると一日以内に空腹感を覚えます。 そこで高カロリー食を食べてしまいます。 くうふくを感じる時間はカロリーが不足しているわけですから痩せている時間、空腹でもないのに食べてしまうとオーバーカロリーの可能性があるわけですから体重は増えるはずです。

 一日三食ではなく、空腹を感じたら食べるというのも試してみましたが、食べだすと満腹を感じるまで食べてしまい、満腹感までの時間差分食べ過ぎてしまいます。

 そこでキャベツのような野菜を食べて満腹にすると減量できます。 しかしキャベツばかり食べるのは飽きてしまい、継続できません。 このあたりで自分の意地汚さと意志の弱さにうんざりしてしまいます。

 やはり三食きちっと少ないカロリーの食事を頂くことが良いようです。 計算された摂取カロリーをとり、守れなければペナルティーを課すぐらいでなければなかなか体重は減らないように思います。 そんなことはないだろうと思う人は若い人、63歳になると筋トレで筋肉量を増やすことはできても体脂肪を減らすことは若い時より難しいようです。

 最近遺伝子解析をしてもらい、肥満遺伝子が活性化しているか調べました。 結果的には一つの肥満遺伝子が 機能しているとのこと、自分の体は遺伝的にはほぼ正常であることが解りました。 一日あたりカロリー摂取量を40kcal減らさないといけないそうです。 自分の一日当たり必要カロリー摂取量は正確に解りませんが、若い時の半分程度の食事量なのに痩せないのは基礎代謝が相当減っているせいと信じています。

 今後もいろいろ試してゆきたいと思っています。 

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[他業界]

[習慣化]

作法

 SEの人と話をしていて、『作法』、『流儀』という言葉が頻繁に出てきます。 先端プログラムを作ってきた人からこのような言葉が出てくることに違和感があります。 意味は作法は常識、定式、決まり事と言ったところ、流儀は仕事の組み立て方、優先順位等でしようか?

 SEの仕事は当然のごとく論理の塊、相手が機械なので融通は利きません。 したがって作法も流儀も論理性と言ってしまえばよいのですが、その人だけが使っているのか業界用語なのか確認していません。

 日常生活でも作法、流儀に相当する事が大変多くあり、社会生活は作法の集大成、プログラムのように絶対ではないのですが、社会生活の作法・流儀を守らなければどこかで誰かに迷惑を かけたり自分がひどい目に合ったりします。 社会は広いようで実は個々人の活動範囲は限定されていて、日々初めてのことを体験する人は大変少ないように思います。

 郵便配達 の局員は朝から晩までスーパーカブや軽自動車で走り回りますが、ルートは決まっているので毎日ほぼ同じ時間に同じ道を通り、同じようにその時間にそこを通る人がいて毎日顔を合わせています。 かつて電車で通勤していたときに毎日同じ人と同じ車両で会います。

 このようにたいていの人は定性的な活動内容が実は割と正確に定型化されて行動しています。 もちろん生まれて初めての場所に旅行に行くとかすれば定型的な活動による出会いはないでしょう。

 であれば行動パターンが定型であることを変化がない、マンネリであると腐らず作法に沿って行動すれば徒労感は薄らぐでしょう。 郵便配達員はよく遭遇する人には挨拶するとか、作法に色を付ければさらに心豊かに郵便物の配達ができるでしょう。

 先日営業所に行くと床にマークがしてあり、挨拶場所と書いています。 定型に色を付ける、出勤すればここで立ち止まって挨拶をしろということらしいです。  飼っている犬に『お手』を教えるような話ですが、いろいろ考えるものです。

 作法が身につくと仕事も人間関係もある程度うまく流れていきます。 作法にはしなければいけないこととしてはいけないことがあると思いますが、してはいけないことをしなければ本人はせめをことになります。 赤信号で止まらなければそのうち交通事故にあうことになります。 少なくとも事故にあう確率は高くなります。

 社会生活でうんざりするほど作法があって、それが複雑であればあるほどその社会や組織は安定しますが発展しません。

 プログラムの世界は何年たっても言語が変わらない限り作法は変わりませんか、人間社会では不変の作法がいくつかあって、例えば挨拶するとかは今後百年は変わらないと思いますが、変わってゆく作法もたくさんあります。 先祖をまつることは私が子供のころ法事として日常生活に浸透していました。 お寺から何回忌の法要一覧表が配布され、そこには最高200回忌まで記載されていました。 200年前に死んだ先祖を祀るにしても当然誰も知らない先祖になります。

 家が200年続いた目出度いということでしょうが、お寺の営業手法に見えてなりません。 家が子孫が200年も続くことを目出度いと考える価値観は現在ではあまり指示されないでしょう。 お寺はそれに代わる価値観、営業ツールを提示できなかったので少なくとも近未来に消滅するのではないかと思います。 お寺そのものに先ほど例示した『挨拶』に匹敵するような永続性のある作法が見当たらないからです。

 この作法と裏打ちされた価値観を体系的にまとめた書籍が出版されればぜひ読んでみたいです。 私の残りの人生で存続する作法がそこにはちりばめられていると思います。 スマホを器用に使いこなすより存続する作法を知ることが現生を生きる上で価値あることと思います。 

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[生活]

[習慣化]

日常生活

 今年の夏も酷暑で、63歳となった身には大変つらいものがあります。 学生の頃に同じ暑さの中で炎天下のバイトに励んだり、ソフトボールを講座の皆とやったり、汗でひちょびちょになりながら元気に暮らしていました。 研究室にエアコンなどなく、窓全開で扇風機の風にあたりながら数式だらけの専門書と格闘したりしていました。

 サラリーマンになるとエアコンのきいた事務所でネクタイを締めて事務作業に従事していましたが、なぜか18時を過ぎると エアコンは節電のために停止し、ひたすら無風の事務所で事務仕事を行います。 仕事はそれなりにできていたと思います。 真横に座っている上司や斜め前の部長はネクタイを緩めることなく黙々と仕事をこなし、仕事はこのようにこなすものと思ってましたが、残業はつらいものでした。

 今は会社では最後の一人変えるまでエアコンは動いていて、作業環境はずいぶんよくなったと思います。 ずっと冷房の中にいると体が暑さに馴れません。 そこで今日のような休日にエアコンなしで家で仕事をしてみます。 本日の最高室温は 37℃と大変熱く、仕事ははかどりません。 サラリーマンを辞めて現在の仕事に就いたときに『365日働くぞ!』と土日も少しでも仕事にかかわることをするようにしてきましたが、耐暑性の低下した体にとってはとてもつらいことで、日か落ちてから今エアコンをつけてブログを書いています。

 東南アジアの経済発展著しい国の大統領が 『近年の最高の発明はエアコンである』とおっしゃったそうです。 赤道に近い国においては人が酷暑の中で働くうえでエアコンは必要条件なのでしょう。

 へそ曲がりの自分としてはエアコンに頼らぬ生活をしてみたいという希望を捨てていません。 そもそも体温より高い気温の中で生きてゆくには水分補給は欠かせません。 次に摂取カロリーを抑えて体の発熱を抑えるようにします。 さらに体が冷えると言われている野菜をたくさん食べて、寝るときはアイスノン、そうまでするならエアコンのスイッチを入れるだけで済むのですが、いくら暑くてもへそ曲がりはくじけません。

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[生活]

整理

 母が夏バテで倒れ、緊急搬送されました。 日常生活レベルが低下して一人暮らしが出来なくなり、施設に入所することになりました。 90歳までよく一人で頑張ったことと思います。

 母が住んでいた48㎡のマンションを整理することになりましたが、突然のことで何がどこにあるかわかりません。 さらに衣類や家電の収集癖があり、部屋はいわゆるゴミ屋敷です。 ゴミ箱のそこに預金通帳があったりして確認しながら整理しました。 整理に数日を要し、最終的に3.5tのトラックに積みきれない廃棄物が出てきました。 

 物のない時代に育った人なので安売りがあれば買い置き、 服がいるようになればしまってある服を出さずに買いに行く、そうして溜まったものです。

 はじめは几帳面にしまい込んだものを見つけることができなかったり、安売りでつい買ってしまったりしたものが、モノがあふれてくると整理がつかず一方的に増加してゆきます。 最後は足の踏み場もなく、整理や廃棄を促しても聞こうとしませんでした。

 いずれ自分もそうなるだろう、物のない時代に育ったわけではなくてもと思い、せっせといらないものを整理しています。 それでも家財は自然に増えて行き、服や書類や雑貨が部屋に散乱しています。

 ある人と整理の話をしていて 一年間着ることのなかった服は思い切って捨てる、見返すことのない書類も捨てる、と教えられました。 一年間に一度も袖を通さなかった服は既に存在し、それでも服を買い続けています。 そこで物を買わない事を心がけてきました。 物の増加ペースは落ちたように思います。 比較的書類がたまるのでいらない書類を思い切って廃棄し、先日廃棄書類の問い合わせが来て困りました。

 多少困っても捨て続ける、困ったことがあるから残すべきものの判断ができるようになる、あるものは徹底して利用する、利用できるよう何があるか常に持ち物チェックをする、日常生活をするうえでかなりの物品は必要ですから必要量を把握する、ティッシュぺーパーはいずれ消耗するにしても三箱もあれば良く、歯ブラシは予備に一本、石鹸は三個とまるで倉庫の在庫管理のようです。

 ほとんど物を持たない生活をしている人もいて、ティッシュが必要になればポケットティッシュを一つコンビニで買うなど家にほとんど物のない人がいるようです。 そうなれば頻繁に買い物に行かねばならず、私の生活パターンではありません。 私は週間行動予定で買い物は週に3回までと決めています。

 介護保険が始まったころドイツと日本の高齢者の持ち物についての話題を思い出します。 日本人はベッド周りにおいているものはドイツ人の10倍あるというものです。 この話を聞いてからヨーロッパの家庭内風景と日本の家庭内風景をドラマなどを見るたびに比較してきましたが、確かに日本人は 物品が多いようです。

 最近の若い人を見ているとスマートフォンとコンビニが物的・精神的生活を支えていて、シンプルだなと思います。 しかし本は読みません。 図書館でも若い人を見ることは稀です。 ネットで調べられることの特徴は細切れの情報、本はネットの記事より文字数が多いので考え方、価値観、思想を把握するのに向いていると思われます。 そのような面倒なものをもたず、細切れの情報のみで生きてゆくのも究極のシンプルライフでしょう。

 彼らは人生の週末において頭の中は情報のゴミ屋敷になっても部屋の中にモノがあふれていることは想像しにくいです。
 

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[価値観]

節約と投資

 私は日常生活で節約を心がけています。 節約として当然のこと、照明は使わない時にこまめに切るとか、エアコンの設定温度は夏場28℃以下に下げないとか、家の照明をすべてLEDに変えるとか、外食をしないとかです。 日常生活で無駄使いと思われることは喫煙の習慣でしょうか? 体調が悪いのは喫煙が遠因になっていると思われますし、中性脂肪値の高いのも肥満も体力がないのも喫煙が原因ならお金や時間を喫煙により浪費していることになります。

 飲酒の習慣がないのでせめて喫煙くらいはと思いますが、 やめるに越したことはありません。

 多くの企業の成功例を見ていると『節約』を活用しているように思います。 JALを再生させた稲盛和夫氏の施策にも色濃く表れていて、無駄をなくして木々用の再生を果たしています。 もちろんそれだけではなく、氏の書籍でも紹介されているアメーバー経営なども大いに浸透させたことと思います。

 パナソニックをV字回復させた中村邦夫氏はパナソニックが大掛かりに取り組まなかったリストラを大胆に行っていましたが、リストラも広義には『節約』の概念に通じると思います。 照明をLEDに変えて月に数円の電気代を節約するのと不採算事業を数千億円で 売却する話はことの大きさの違いを超えて質的に異なる話題に見えます。

 ほかにも経営者として著名な人で経営においても私生活でもケチであったり節約を旨としている人の話題は枚挙にいとまがありません。 しかし『節約』と思われる考えを持たれる経営者はちょっと思い浮かべただけでも過去の人、高齢の人が多く、現在活躍している若い経営者の日常生活や経営手法で『節約』を感じられる経営者は少ないように思います。

 もしくは節約の定義が異なるのかもしれません。 テスラモータースのCEOは若い人ですが、EVや再利用できるロケットの開発なども節約として見ることができます。 ユーグレナのみどり虫でつくる燃料、サイバーエイジェントの着装型ロボット開発も節約をテーマにしているとも考えられます。 身体能力に障害を持つ人の移動や仕事への従事にかかわる多くの助成や援助はロボット着装で自立に近づくかもしれません。

 多くの新しい産業分野はより便利で、安全で、環境負荷の少ないものに向いていますが、時間を節約し、リスク対策を節約し、環境改善のコストを節約すると考えれば多少こじつけでも整合できると思います。

 前述した古いタイプの 経営者は大量生産、大量購入・販売等ますプロダクツに依存した生産性により節約を行っていました。 まだまだそのような産業分野があり、古いタイプの経営者が活躍していけると思いますが、新しいタイプの経営者は今までにない節約で新規事業を立ち上げようとしています。

 新しい事業といえばIT業界を連想しがちですが、例えばSNSでいえば通信や伝達の節約に大きく貢献して、アラブの春にみられるような政治への影響を与え、あたかも世界を動かすかのように感じられます。 そこで生み出される利益も莫大で話題になりやすいです。

 当社は中小企業でITから遠い医療介護の業界ですが、節約という指標でニッチの節約事業を生み出して成長を遂げたいと考えています。 

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[採用]

欲しい人材

 採用面接を長年続けていて、応募者から『どのような人材を求めているのか?』と質問されることがあります。 営業職なら早期に売上を上げ、安定・継続して売上を伸ばしていく人ですが、質問の趣旨はもう少し抽象的で、素直な人、集中力のある人、頭の良い人、工夫する人等といった答えを期待しているようです。

 それを聞いてどうするのか、自己評価で素直な性格と思っている人は素直な人を求めているという回答で適性があると判断して安心するのでしょうか?

 素直が長所の人で実績を上げている人もいますし、集中力が武器の人、鈍感であることが取り柄の人、どれもが長所にもなりうるし、欠点になることもあると思います。 人が社会で生きていくうえでそれぞれが武器になるわけですから、その使用方法を熟知して、素直で友人はうまく作るものの販売では素直さが欠点になっている場合もあるということを考えてみてはどうでしょうか。

 人を人が評価する採用面接で相手のことは解るのですが、自分に振返って一体自分の長所は何だろうと考えた時に『創造性にたけている』と長年思っていました。 以前の会社での採用時に 『企画部署を希望します』といったように思います。

 近年いくつかの心理テストを受けて自分の長所が創造的だと判定されなくて長年の思いが崩れました。 最初のテストは全従業員を対象に行い、その人の特徴が現れるのですが、私の場合危機管理能力が他の誰より圧倒的に高く 、他の項目はすべて平均的でした。

 最近行ったテストでは経営者適性が高く出て、これも長年経営者に不適と思っていたのでショックを受けました。 私の中で経営者は負けず嫌いで何でも一番にならないと気が済まない性格だと思っていましたが、私の場合スポーツや勉強などあまり得意ではなく、人生を振り返り常に負け続けてきました。 負けるのは決して心地よいものではありませんが、負けた悔しさを引きずることはなく、負け慣れしているのではと思うほど負けてケロッとしています。

 ドラッカーの言葉に人はせいぜい自らの欠点を知る程度である、長所・強みなど解ろうはずがないと述べています。 心理テストが絶対的に正しいわけではないでしょうが、私の場合の特徴は傾向があるというより顕著であるわけですから当たらずとも遠からずといったところでしょうか。

 知らない特質で勝負してきて、心理テストで自らの特質・長所を教えてもらっても日々の行動や思考に変わりがあるわけではありません。 たとえドラッカーが身近にいて『明日から何が何でも一番を目指せ』とアドバイスされてもそうはならないと思います。

 確かに会社で経営の仕事をするうえで自分の長所を知ることは無駄ではないのですが、その使い方を誤れば危機管理能力も無用の長物、これがリスクだ、あれが危ないとオオカミ少年のごとく危機意識を煽り、周囲に迷惑をかけるかもしれません。 能力にも『使用上の注意』 が必要で、残念ながら心理テストの結果表にはこれは記載されていません。 せいぜいあなたは販売の仕事に向いているとか研究職に向いているとかといったところでしょうか。

 私はどんな正確であれ、その特質を生かせば社会で生きていくうえで幅広い貢献ができると信じています。 例えば私が政治家を目指すとか、研究者を目指すとか、全く的外れなことはないように思います。

 人間社会は複雑で、人の特質は多様です。 複雑な社会で多様な特質がそれぞれうまく機能するには各個人が『使用上の注意』をよく考えて活動すればよいと思います。 企業が採用に際して特定の資質だけを求めれば 偏った社風になって、環境が変わればそのような多様でない人質をそろえている企業は真っ先に崩壊するように思います。

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