相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[生活]

カジュアルウェア

久しぶりに難波近辺の繁華街に出かけました。 そこそこ寒く、しかし気温は高めで風がある、着てゆく服は何が適当か、以前はあまり気にしなかったことが気になり、悩んだ末にゴルフ用のウィンドブレーカーを羽織り、ゴルフ用に買った冬用パンツをはいて出かけました。 ウールのハンチングを被り、街中を歩くにはどうかという服装でした。

不思議に目立たないので、気になって同年代の男性はどのような服を着ているのか観察していました。 よく見るとみんなそれなりに凝った服装をしています。 グラデーションのかかった生地のハンチングを被り、迷彩柄のパンツ、ジャケットはダウンで靴は新品のカジュアルシューズ、どれもそれなりに高価なもののように見えますが全体としてバランスが取れていません。

念のために私の服装は人の評価ができるような服装ではありませんのでよく言うわけですが。

結構全体のバランスが取れていない人が多いように思いました。 一緒に行った友達が『あれは中国人』と横で言います。 『え、なんでわかるの』、『なんとなく、色かな』と言っています。 その男性の一団は確かに日本語以外の言葉を喋っていました。

つぎの同年代の男性は全体として色合いが年相応で、特に高価という感じのものを身に着けていません。 『あれは日本人』、なるほど連れの判断するように日本語の会話が聞こえてきます。 難波辺りには海外からの観光客や大阪以外から来られた日本人の観光客も大勢おられます。 なんとなくみんなが大阪の街に溶け込んでいるようで、服装の色や薄着、厚着のアンバランスも全て大阪に溶け込んでいるようでとても不思議な気になりました。 厚着の人はそのまま外を歩き続ければふさわしい服装であるし、薄着の人は建物の中や車で移動するのに適当な服装のように見えます。 色やデザインのちぐはぐもそもそも大阪の街の猥雑な感じに溶け込んでいて、何ら違和感もありません。

もともと大阪で生まれ62年間暮らしてきた身としては、大阪は賑やかであっても決してバランスを崩していたわけではありません。 天王寺にいると天王寺動物園が繁華街の真ん中にあり、キリンの長い首の向こうに日本一高い阿倍野ハルカスが映っている写真や無縁仏で有名な一心寺の背景は通天閣であったりします。 それぞれの組み合わせは珍しい取り合わせですが、通天閣は色も形もレトロで街の風景に溶け込み、阿倍野ハルカスの直線的なデザインと天王寺動物園の動物や高い樹木の取り合わせも馴染んだ風景に見えます。

大阪に元々あるものは何もバランスを崩しておらず、どこの国かわからないような景色ではなくしっかり日本で大阪を主張しているように思います。 街の風景は長い時間の中で出来てきたもので、一時的に増えた外国人のちょっとしたアンバランスで崩されるものではないのでしょう。 それを飲み込み、大阪らしさに変える大阪の文化を垣間見えました。

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[他業界]

大病院

上あごの歯茎に違和感があり、信頼している歯医者に行くと差し歯の根元に膿がたまっていて、さらにその近辺に過剰歯があるから大きい病院でオペを受けてくださいと言われました。

早速天王寺区で一番大きい病院の口腔外科に紹介状を書いていただき、受信すると見るからに熱血漢の先生で説明も丁寧、またまたよい先生にあたって良かったと思いました。 その大病院にかつてどうしようもないドクターがいて、門前薬局である当社が少しでもミスがあるとすぐに行政に電話するし、患者評判は悪いし、性格だけでなく頭も悪いのではと思うドクターだったので、同じ病院にこんな良い先生かいるのかと仰天しました。

診察の見立ては信頼する町の歯科医と同じで、差し歯の根元は膿がたまって骨を溶かし、もう少しで鼻の穴まで突き抜ける所だったそうです。

早速オペに耐えうるか検査が始まり、血液検査、肺の検査、レントゲン、CT、心電図と続きました。 レントゲンでは肋骨に骨のかたまりのようなものがくっついていて、一体これは何か、と聞かれても答えられるわけもありません。 では呼吸器科で受診してくださいと言われ、割り込みなので散々待たされ、単に骨が固まっているという解説、当然のごとく『念のためにMRIを撮影しましょうね』というのを丁重にお断りしました。

心電図の波形が乱れていますね、どうしましたか? クレアチン値が高いですが腎臓疾患をお持ちですか?私は医者ではございませんのでお答えできません。 出来るだけ穏便に検査結果を解釈していただき、追加検査で異常を発見されて病名を付けられ、それが完治するまでオペは無理と言われれば災難、何とかごまかしてたかが歯茎のオペにもっと厄介な病名が名を連ねれば社会復帰は無理になるのではと不安になってきます。

それぞれ理由があるのでしょうがこちらは必死にオペ対策で禁煙、早くオペをしていただいてオペの後の一服、それを夢見て禁煙しているのに検査で新たな病名で高々歯茎のオペを延ばされてたまるか、しかし歯茎のオペがなぜ全身麻酔で入院期間が一週間なのか、不安の尽きない日々を送っています。

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[価値観]

[生活]

シンプルに生きる

日々の生活であれこれ悩んだり無気力になるのは困ったことです。 私もこの年齢になって悩んだり、迷ったり、はたまた無気力になったりします。 現実の問題で悩んだり迷ったりして、人に相談しようとしたり本を読んだりしますが、そもそもこの年齢で悩むことは本を読んで容易に解決できるようなものではありません。

他人の考えを聞いても納得できなければ『そんな考えもあるな』で終わってしまいます。 何も答えを出さないのも一つの決断、それが先延ばしや問題の回避でなければ有効な手段です。

多いのは自分の性格から来る問題、経営者の中には何が何でも一番にならないと気が済まない性格の人もいて、そのおかげでその人が経営する会社が業界一番になる事もあるでしょう。 しかし経営要素が整わず、一番への思いが空回りすると不幸になります。

同じ会社で働く人間が一番が好きか、権力欲が強いか、いろいなものを見えているつもりです。 ところが自分の事となると途端に見えなくなります。 かつては自分がどのような人間であるか悩み、強みは、特技は、欠点はと考えました。 そして一定の答えを得て、強みを伸ばし弱みを無力化することに努力しました。 当時の私の強みとは独創性だと思っていました。 経営計画や基本戦略など明確に描けていて、その通り会社が展開した時期がありました。 自分に予知能力があるのかと思ったほどです。

しかしそのような創造性が消え、将来についても頭の中のイメージは透明で何も現れません。 本を読んでも人と話しても現場を見て回っても何をしても透明です。 近未来の姿を描き出し、その通りになる事が本当に私の強みであればそれが出来なくなってほかに出来ることが無ければ役割が終わったことになります。

本来予知能力などという力があるとは私自身信じておらず、明確に将来展望が描けたのでそう錯覚しているだけと考えれば、頭の中で情報を分析し組み立てているだけで、たまたまうまく組み立てる事が出来たということでしょうか?

急に将来展望が描けなくなったのは描けるような情報が入ってきていないからか余計な情報が一杯で再構築できないのかだと思いました。

いろいろ興味を持って乱読したり、考えてみたり=再構築してみたり、それで何もなければないというシンプルな生活でよい、必要と思われることを淡々とこなします。 朝起きる時間や寝る時間などなるべく同じ時間にして、筋トレや本読みなど決めていることは空いた時間にこなしていきます。 こなす項目を紙に書いておいて、出来れば丸を付ける、そのリズムが出来れば筋トレの苦痛も退屈な読書も一定の消化が図れます。

日常がそのように整理されれば本当に考えねばならないことが見えてきて、予知というような神がかりな実感は無いにしても好ましい解は生まれるでしょう。 頭の中も部屋の机の上も雑然としたところで何か創造的になるのではなく、整理され余計なものが消えて初めて想像されると。

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[経済]

最近の金融と経済

日銀のマイナス金利適用を前後して金融・経済現象が少なくとも私には理解不能に陥っています。 おそらく大変優秀な人たち、日銀の幹部や大型ファンドのアナリストたちはそれぞれの現象のかなりの部分の因果関係を理解し、予測しているものと思っていました。

例えば日銀がマイナス金利適用することはかなりの確率で予測していて、その影響について日銀総裁の黒田氏がいう円安にならないことなど予測していたのではと考えていました。

ところが黒田総裁のマイナス金利の適用を事前に予測した記事は日本経済新聞には出ていなかったように思いますし、マイナス金利公表後円高になる事を予測した記事も見つけられませんでした。

東北の大震災直後、円はドルに対し円高ドル安となりましたが逆に動いた個人投資家が大きく損をしたと聞いています。 経済や金融は全く予測不能、基本的に損得の世界ですから比較的わかりやすいはずなのですが全く予測できていないように思われます。

以前香港のファンドマネージャーの私的なセミナーを受けた時、彼はリーマンショックを予測し、リーマンショックの直前に株式投資をすべて手じまいし、ショック後の最安値で株を買い戻し、その年の運用成績を160%としました。

なぜ予測できたのか?との質問に『米国雇用統計と建設受注残高の統計だけを見ていた』と答えていました。 誰でも入手できるメジャーな統計データで見事リーマンショックを予測し、好成績を残したことになります。

先の読めない経済と金融を何とか読み解きたいと思い、ハーバードの経済・金融の有名な邦訳されている論文を読んでみましたが、過去の解説はなるほどと思うもののでは現在から先はどうか?となると全く役に立ちません。 おそらくそれらをよく読んでいるのが日銀の幹部の人たちなので、もっと読み込めば日銀の施策は理解できるかもしれません。

中小企業のオヤジとしては此処をうまく乗り切れば躍進出来て、舵取りを間違えば長期にわたる債務の返済か倒産が待っています。 この緊張感は私が一番好むものでハラハラドキドキ、調剤薬局のヒヤリハット解説書より刺激があります。 銀行はかつてない低金利の融資話を持ち込み、近隣の中小企業のオヤジは超低金利の融資で土地を買っています。

保険屋の部長まで『国策に沿ったものが勝ち残ります』とまことしやかに耳打ちしてくれます。 誰一人株や為替のの乱高下や消費の冷え込み、インフレからデフレへの変換などについ論理的な説明ができないにもかかわらず過去に比べて金利が安いというだけで色めきだっています。

たまたまドラッカーを読み直していたら『トレンドに逆らって成功はない』とあおるような指摘が目につき、『何もしないという意思決定もある』と弱気を押したりしています。

どうしたらよいかわからない悶々とした日々が続きますが、少し冷静になって自分ならどうするか、少し儲かったからヨーロッパ車でも買うか、余裕資金で底を打った株を拾いにゆくか、どれも確信のもてない選択です。

自分は事業経営を営んでいて、経済や金融が混とんとしていてもいずれ秩序が戻るときが来て、会社が無傷で生き残っていなければならない事を強く意識しなければなりません。

一人の人として考えれば予測がつかなければうかつに動かないことが鉄則、暗闇に光明が見え、確信が持てたなら勇気を振り絞ってその方向に進まねばなりません。 そのようなつもりで新聞を隅から隅まで読む日々を過ごしています。

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[社会]

為替

金曜日の日本経済新聞朝刊一面トップが『円急騰 一時110円台 10日で10円超』であった。 10日で10円超は一割、10日で一割、ミナミの帝王のセリフを思い出した。

為替変動がトイチであっても利息制限法のような規制は働かない。 しかも日本経済全体の話、もはやドラマにもならない。 一面トップとはいえ扱いはちいさく、重力波測定、ボーイングと開発提案 三菱重工、北朝鮮開発団地を閉鎖と紙面は埋められています。

日銀のマイナス金利導入は市中にお金が回る資金の流動性を促進して投資などに資金が使われることを目的としたもの、為替を円安方向に向かわせ、景気=実物経済を活性化させるための方策が逆目に動いたことが過去の経済現象と違うということでドラスチックな展開となりました。 日本経済新聞としては一面全部を埋める記事にしても良かったのかもしれません。

最近の新聞記事で上場企業の2015年4~12月の決算発表が掲載されています。 黒字企業が圧倒的で石油安による原料価格低下、携帯関連、インバウンド、円安などが黒字原因として解説されています。 この中で携帯はすでに減産態勢に入っていて円安が円高になれば日本経済は再び悪化します。 政府の目論見は投資の加速化、賃金上昇による内需喚起など経済政策としては長期より短期のものが目立ちます。

賃金は政府が吹いた笛に企業は踊らなかったわけで、デフレ脱却は再び遠のいた印象です。 多くの記事で結果起こったことに対する解説はなるほどと思われますが、施策が出た時に、例えば日銀がマイナス金利を適応した時に円高に為替がぶれると予測した記事は記憶にありません。

ミナミの帝王のドラマで法律に詳しければどのように展開していくか予測できるかもしれませんが、ルールなき国際経済ではそもそも今回のような予想外の展開は珍しく、その結果は余りに複雑で予測が困難なのでしょう。
もしくは予測できている人がいて、先手を打てば大もうけできるわけです。 何せ為替だけでもトイチですから。

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[生活]

素直

『あなたは素直ですか?』、採用面接でよく出す質問です。 応募者は質問の意図を必死で考えます。 素直であると答ええたら思慮が足りない人間と思われるかもしれないし、素直の反対はひねくれているとか疑り深いとかネガティブにとられかねない。 さあどうしようとなります。

意地悪で出している質問ではありません。 それこそ素直にその人が素直な人かどうか問うているのです。

私自身、いつも素直について考えます。 素直は副詞として使われることが多いように思われます。 『素直に従う』など従うを就職しています。 素直を普通名詞として考えるとかなり抽象的で、言葉で説明するのは難しいように思います。

私は人に何かを教えられた時に『なるほど!』と納得し、後で自分は素直であると思ってしまいます。 私の母は疑り深いのか(素直でないのか)私が人の言う事を信じた時に『お前は人の言う事を信じてしまう。騙されている』といつも言っていました。 ところが私はあまり人に騙されたことはなく、逆に母は何度か人に騙されています。

確かに人の言う事をうのみにすることは危険かもしれません。 しかし疑う根拠がないのであれば信じてみるのが素直な行為と思います。 私の場合、人に教えられたことを信じた時、つまりは教えられたことが正しいのだからこうしてみようという行動に繋がります。 そして一歩踏み出した時に矛盾が出てきたりするとすっと身を引きます。 相手が騙そうとしていたのか状況が変わったのかは別として矛盾がある以上そのまま信じて行動を続けることは危険です。

しかし初めから疑ってしまえばそれが正しいのか間違っているのか検証できません。 間違っていると判断したけれども間違っていると判断する根拠は大抵無くて『嘘くさい』という直感だけです。 自らの直感に従えばそれ以上の行動に繋がることはないので正誤の判断は闇の中になります。

世の中には正しく見えて実は間違っている事や騙そうとしている人たちもいるようですが、正しいとはとても思えない正しい事やいかにも嘘っぽいけれど正しいことを見出してわざわざ教えてくれる親切な人もいます。

炭水化物ダイエットというのが流行りましたが、健康障害が出るという反論も出ています。 炭水化物の摂取量を減らし脂質やたんぱく質も減らせば摂取カロリーが減って痩せますし、一般にカロリー減として炭水化物を中心とした食事をしているのですからダイエット方法として効果が期待できます。 摂取カロリーを減らすが炭水化物が肥満の原因かのように変わり、病的に炭水化物の摂取を抑え、肉や脂質を取って減量できなかったり健康障害を起こす人が出てきます。

単純に痩せたければいつも空腹で過ごせはよい、程度の問題として我慢できる範囲で、となればダイエットの説明として納得しやすいです。

筋トレは痩せるかとある栄養士に聞いたら、『息はハアハアしますか? しなければいくら筋肉がついても痩せませんよ』と言われました。 私は筋トレで体に多くの筋肉をつけると基礎代謝が増えて自動的に痩せると考えていました。 そのように解説している本もありますが、基礎代謝が増えて空腹になり沢山カロリーを摂取すれば太ってしまいます。 筋肉量が少なくても息がハアハアすればそれは体からカロリーが消費されているわけです。

単純に体に入るエネルギーが消費するエネルギーより少なければ痩せるだけの事、それが脂肪の減少だけでなく筋肉の減少も含みますが、体重は減って行きます。 その過程では空腹でしょうしハアハア息がするかもしれません。

タイトルからずれましたが、素直でいればダイエットは成功するでしょうし、素直でない人がダイエットをしようとするとこれが良い、あれが良いと次々ダイエット方法にこだわり、家には健康器具があふれ、お腹には高周波ベルトがまかれ、ご飯やパンを食べない生活をしながらなぜ痩せないのか悩む日々が続くように思います。

私は素直さが目標に近づく効果的な方法と思っています。

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[社会]

お祭り

セレモニーがあるとひな壇があり、そこに役職の高い人がまつられます。 私も立場上社内のひな壇に座ることがあり、居心地の悪さを感じます。 どこの国でも、どのような文化であってもひな壇はあり、同じような意味合いを持つと想像します。

先般介護の従事者による懇親会があり、ひな壇に主催者が立って挨拶しても参加者の多くの人は注意を払わなかったそうです。 もともと同業者が集まって名刺交換をして懇親を深めるというものでしたが、大人数になって知り合い同士がテーブルについて楽しく過ごすようになり、新たな知己を得る場ではなくなったそうです。

親しいものの単なる遊興の場をボランティアで準備して、業界として何か意味があるのか?と思ってしまいますし、介護業界に固有の現象なのかと訝ります。

この会は業界内の懇親会というより盆踊りのようなお祭りと考えれば、盆踊りでひな壇の設置はあまり見たことがなく納得がゆきます。 盆踊りに来る人は地域の人で互いの関係は希薄です。 役割分担や上下の関係はありません。

当社でも職員の慰労会は良く行い、そこではひな壇もなく完敗と共に始まり、時間になるといくら盛り上がっていても静かに終わります。 先日も歓送迎会に呼ばれ、最初に挨拶をしました。 私が行かなければ感じが挨拶して始まり、場が盛り上がり、時間が来たら静かに終わる会だったと思います。 会社の費用で行っているから業務の一環、つまりは仕事でどんな意味を持たすかと考えてしまいます。

かつてこのような慰労の会を開催しようとしたら残業の対象かと言われました。 いった本人はエゴの強い人でしたが、私と同じく会社行事に意識が向いたようです。

介護業界の話に戻り、このお祭り騒ぎの会は年々盛り上がり参加人数が膨張しています。 介護業界は人が人にサービスを提供する業界で、人との接点のない業界ではありませんがそれでも仕事の不満や人恋しさの強い業界のように思いました。

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[価値観]

記憶と想像

私は記憶力が弱くて、仕事でも学業でもずいぶん損をしたと思っています。 仕事では人の顔と名前、役職など覚える事が出来ません。 採用面接の仕事をしていて、いざ採用となりその人と配属店で会うと『いったいあの人は誰なのか?』、ほんの数週間前に一時間以上採用面接で話したのに思い出せません。

学生時代は反復継続して勉強することで覚えなくてはならないことを覚える事が出来ました。 人の倍努力すれば覚えられ、記憶力の良い人が普通の人の半分で覚える事が出来れば4倍の時間をかければよいことになります。 苦痛であっても対処は出来るのですが、人の顔や名前は倍の時間をかけてというわけにはゆきません。

先日、二人の人と共通の知り合いの話をしていて、二人はその知り合いに好感を持っていないのですが、私がその人柄の良さを古い逸話を話すことで再発見できないかと思いました。

たわいもない話で、一人の人はその話は聞いたことがあり、全く忘れていたといわれました。 そして『よくそんな話を覚えていますね!』と驚いておられたのですが、私も話題になっている人から一度聞いただけでよく覚えていて、その情景まで勝手に頭の中で映像化されていることに驚きました。

その人が犬の散歩をしているときに空手のけいこをしていて、犬にけりを入れて犬が失神したという逸話です。 私はその人が川の土手を夕方日没前に歩いていて、季節は夏で、犬種はこれこれで、路面は砂利道でとわずかな話から想像して映像化していました。 もちろん一生思い出す事が出来て、何度も思い出し、映像は鮮明化するものと思います。

別に楽しい話題や衝撃的な話題、興味深い話題ではないのですが私の脳がそのことを忘れないように映像化し、映像にタイマーがついて時々脳のシアターで映像化しているのです。 これが取引先の人や名刺であればどれほど役に立つのかと思います。 一度見たり聞いたりしたことは一生記憶にとどまると聞いたことがあり、忘れる事は思い出せない事らしいです。

それが全く正しい大脳生理であれば記憶したことが自らの価値観で思い出せたり絶対に思い出せなくしたりできれば受験や人の名前を思い出すことで苦労することも無いのにと思います。 私はこれらの事の研究者ではないですが、きっと自分の価値観に沿って脳の中で思い出すこと出さない事の整理を行っていると思います。

その判定の根拠となる価値観について、単純ではなく新たに起こるいろいろな事象に対処できるのは隠れて自ら気が付かない価値観や記憶がよみがえり、対処しているのかと思います。

日々生きていく上で自らの価値観に沿って判断し、行動しているわけですが、他人から見ればそれが好ましかったり好ましくなかったり、他人の持つその時を支配している価値観で判断していて、好ましくない事柄であっても潜在化している価値観と共に何かの折に顕在化してくるのでしょう。

それを訓練で今の生活に好ましい価値観のみを顕在化出来れば人間関係はスムーズになるのでしょうが、なんでこうなるのというシーンを考えればそれほど単純でもなく、日々の訓練や伝統的な教えによってバランスを欠いた価値観をリセットすることが良いのかもしれません。

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[役人]

国家公務員の考え方

許認可事業を行っていると以上に多くの文書作成が義務付けられ、その処理に膨大な時間が費やされる。 例えば調剤薬局であれば処方箋に従って薬剤をピッキングし、検品(監査)し、お客様である患者に服薬指導をして渡します。

処方内容が細かいルールに合致しているかチェックし、何らかの疑いがあれば処方医にそれでよいか問い合わせを行います。 医者は忙しいので場合によっては『黙って調剤しろ!』と怒鳴られます。 その結果を処方箋に記載します。 もちろん『黙って調剤しろ!』ではなく疑義紹介し、確認した旨の記載です。

確認した結果を確認済みのはんこではどうかと聞くと手書きしろと言います。 手書きに何の意味があるのか、それが理解できません。 巧妙な理屈をこねるのでしょう。

薬局を開局すると一定期間後に行政のヒアリングが行われます。 厚生労働省の役人に呼び出され、処方箋の処理内容がチェックされ、多くの指摘が行われます。 『ボイスレコーダーで指示内容を録音して良いですか?』、『やめてください。 我々も録音していないのですから』、ばかげた言い訳です。 支持される側が指示内容を漏らさないように録音するわけですから、指示する方が指示漏れの懸念が無ければ録音する意味はありません。 そのような権限があるという前提で一方的に決断する役人は本当に腹が立ち、税金を払う気が失せます。 もちろん言い方も横柄です。

定期のヒアリングはともかく、細かいルールを決め上から目線で権限のあやふやなことまで決定するのは何か不祥事があった時にこの会社はこんなにたくさんの違反をしているのだと示すためのルールに思えてなりません。 そもそもそんなにチェック項目の必要があるのならもっと頻繁に抜き打ち検査をすればよいのですがしません。

一方同じ公務員でも税金を扱う税務署員は御多分に漏れず細かなルールを作ります。 そしてルールを独り歩きしさせて、その細かなルールで課税の判定根拠にします。 先般も当社に調査が入り、私の住まいを一部事務所として使っていることに待ったがかかりました。

事務所は職員が誰でも入室できて、事務所として表示されているものを言うと強硬です。 私は事務をするところが事務所、私は居室で仕事をすることが多いのだというと、喫茶店であれ電車の中であれ公園であれ仕事をしてもらって構わないが公園や喫茶店場じむしょではありません。

全くその通りで、そんな議論をしているのではなく職員数が増加する局面で代表の机を置く場所がなくなり、何度も移転するうちにでは仕事ができる居室を借りてそこで仕事をするようになっただけで、仕事をしていれば事務所だろうと言い返しました。

別に職員が出入りしなければならない仕事ばかりが仕事ではなく、考えをまとめるのが仕事の大部分ですからそれに適した環境の整備は企業の勝手です。 もちろん税法上の常識はあるのでしょうが。 都会の一等地に馬鹿でかい社長室を借りていても問題にしないのに細かいことを言ってくると思いました。

結局、厚労省と違って現場に税金を取りに出向く税務署の役人はどりに行った先で何らかの獲物=税金を取ってこなくてはならないらしく、当社のように何らとれる獲物が無ければ役人のメンツがつぶれるようです。

私は自説を述べて税務署員のメンツをつぶしましたが、こちらも社会的にはずいぶん無駄な労力に思えました。

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[意思決定]

現実主義者の判断

リーダーシップについて少し調べてみようと思い、ジョセフ L バダラッコの『ひるまないリーダー』、『静かなリーダーシップ』、『決定的瞬間の思考法』を読みました。

バダラッコ先生はセントルイス大学、オックスフォード大学、ハーバードビジネススクールでMBA,DBAを取得し、ハーバードのMBAコースで企業倫理を教えておられるそうです。

単純に経営論として取り組んだのですが、学術書や実践的な著書ではなく、最初に読んだ『ひるまないリーダー』のあとがきでは「本書はエッセイである」と書かれていました。

企業活動において経営幹部は様々な意思決定をなす上で、善悪の判断ではない判断、どちらも正しいが選択する根拠が見当たらない場合にどのようにすればよいか、を解説していますが『こうして良かった』ではなく現実はこのような判断でこのような結果になったと解説しているだけです。

例示されたものの一つは次の通りです。 フランスの医薬品メーカーは妊娠してから避妊できる薬剤を開発し、販売すれば宗教上の理由などでその会社への批判が高まる一方、人口増加を止めたい国からは発売を大きく期待され、そうでない国においても手術によらず堕胎できる薬剤への期待は大きく、両者の板挟みで発売するかどうかの決定を迫られた経営者の話です。
経営者は承認申請の翌日、製造販売凍結をする旨決定し、販売に反対する勢力はその企業への攻撃をかわされ、販売賛成派からは企業責任を果たせない決定とこき下ろされました。

フランスでは社会的価値のあるパテントを実施しない場合は国家がパテントをはく奪する規定があり、それが発動されることになりました。 そこで医薬品メーカーは反対運動にもかかわらず製造販売に乗り出し、反対派の矛先はその企業から政府へと変わったそうです。

氏は旧来のリーダーシップでは明快な説明の元、その薬剤の販売を決定するような行動を想定しますが、現実的ではないとの判断です。 批判にさらされて販売を凍結したことが批判の嵐に晒されても結果的には製造販売が出来て企業として社会的責任を果たし、賛成派と反対派の無益な構想を避ける事が出来たわけで、氏はそれが良いとか悪いとかではなく現実主義者の判断であるとしています。

現実とは何か? 企業活動における倫理とは? 別にハーバード大学のMBAでテーマになる事なのか、それが経営学なのかという印象を持ちましたが、私の読解力の無さと感じています。

ハリウッド映画でリーダーと言えば明快で対立するものとの闘いがテーマになりやすいですが、例示した製薬メーカーの悩みはや決定はハリウッド映画にはならないでしょう。

書評できる力量がないので読後の印象程度と思っていただきたいと思いますが、日本の物語では大岡裁きを思い浮かべる所です。 このような事を研究し企業のリーダーシップや人事評価に役立てるのは現在社会が複雑系になっている事の表れで、かつての西部劇や日本のチャンバラ映画では明快な善悪がテーマになりますし、最近ヒットした『下町ロケット』も善悪の構図をテーマにしています。 どちらも正しい選択肢の選択は痛快ではないのでしょう。

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