相談役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

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男を磨く

 大昔、25年ほど前ですから40歳くらいの時です。 昔相当やんっちゃだった人から『本西、男を磨け!』と言われました。 意味が解らず『どういうことですか?』と聞くと多くの人と付き合えという事でした。 私の仕事は事務職、人と付き合う事の少ない仕事です。 しかし当時は山登を趣味にし、複数の山岳会に所属し多くの人と付き合っていましたが、会社の人間とはほとんど付き合わず、付き合わなくてもサラリーマンが出来ました。

このアドバイスは以後ずっと心に棲みついて、ことあるごとに考えさせられた言葉です。 残念ながら今日に至るまで男を磨けず立派な男にもなれませんでした。 しかし男を磨くことの意味は25年考えたおかげて生きていく上で大変参考になり、言ってくれた人に感謝しています。 私と一緒に仕事をした人で成果を上げてきた人の特徴の一つは素晴らしい人脈をもっていることだと実感し、それらの人の人脈に助けられてきました。 自分の苦手な部分を貴重な人脈を惜しげもなく使ってくれた人にも深く感謝し、人生で一つの言葉がこれほど成果を生むものかとびっくりしました。

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[会社運営]

人のゆく裏に道あり花のみち

 前回、管理職候補として採用した中高年の型の活躍を描きました。 そもそも人的リストラをしなければならない企業何割かは利益の最適ではなく最大を狙うあまり、過剰な採用を繰り返した企業だと思います。 豊富な経験を積み優秀な人がリストラ対象になったのか、ご自身を含め同僚で退職した人と残って高い役職に就いた人に違いがあるのか、答えはイエスでありノーでありました。

イエスの訳は残って高い役職に就いた人は成果を上げる以外の努力をしていたというもの、トップにへつらうという意味ではなく将来を見越した貢献を積んでいたという事でしょうか?

ノーの訳は残る人、さる人どちらが残ってもその企業の将来に大きな違いがなく、双方とも現役時代の業績も変わらなかったというものです。 つまり企業が人的リストラを始めるずいぶん依然、10年くらいは昔にその原因は起こっていたと思います。 それを当時の経営判断ミスというには酷な気がしますが、明らかに過剰な採用を行ったうえで新たな事業展開を行わなかった企業など強気の戦略が裏目に出たものもあります。

人的リストラの方法も50歳以上の管理職を退職金を上乗せして一律解雇するもの、希望退職を募るもの、指名解雇などいろいろでしょうが、一方で所属する会社の方針や処遇に満足のいかない人がスピンアウトされています。 30歳前後の方の採用面接で職歴のある方はスピンアウトでしょうが30年以上勤続し、成果を上げてスピンアウトする型と理由が違うのかと思います。

他社がいらないとした人材を当社で生かす事が出来れば大きな社会貢献だと思います。

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輝く中高年

 求人難から中高年の採用を始めました。 管理職候補です。 最初に来られた方がすごい経歴の持ち主で、入社半年で大活躍されています。 続いて2人採用し、それぞれ大車輪の活躍をされています。

年齢としては50歳代、面接で履歴を聞くと高度経済成長が人生のような人たちです。 私はさらに10歳年上で、同じ年齢であってもとても勝てない人たちです。 もちろんそのような秀でた人たちをターゲットにしたわけですが、各人に伺うと再就職は年齢的に大変だそうです。

皆さん体力・健康にも恵まれておられ、長期にわたり活躍されると思われます。 企業として勝ち残っていく上で各部署の戦力増になると確信していますが、当社が比較的最近職員数を増やし、部署によっては平均年齢が低いとか、戦略思考の人がいない部署であったりとか、営業でバリバリ成果を上げた人にとって活躍の場があったことが大きいと思います。

皆さんは前職では輝かしい成績を残されているにもかかわらず全員が途中退職された型というのも特徴です。 当社が働く意欲のある中高年の輝く場になっていくことで大きく展開していきます。

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上善如水(ジョウゼンミズノゴトシ)

 お酒の話ではありません。 最近嵌ったチャンバラ小説に出てきた言葉です。 言葉自体と日本酒の銘柄は以前から知っていましたが、液体はどのような形の容器にも収まるくらいの意味しか知りませんでした。

調べてみると老子の言葉、争わず水のごとく低いところでとどまることと解説されています。 チャンバラ小説では自らの考えにとらわれず、柔軟に務めを果たす侍を評して使われていました。

会社経営の目的は事業運営を行い、利益を得て再生産しながら継続してゆくこと going concern として経営学で定義されています。

私の手元の中学生の時に使っていた昭和41年版のエッセンシャル英和辞典では『営業中』と訳されています。

私が大学の農学部で農業経営を学んでいた時には農家は利潤追求ではなく農家という家業の継続経営を目的とするように解説されていました。

自分が経営者の立場であったときには最初利益の最大化を目指し、ドラッカーが最適利益を唱えていてそうなのかと納得してしまいました。 ドラッカーは利益稼得は経営継続のために必要と言っていますが、争わず低きのとどまる上善如水は競争して利益を増やすことより競争せずに損益ぎりぎりで経営しろと言われているように思います。

経営から人の生き方に焦点を当てて上善如水を考えれば、チャンバラ小説の記述のように個人のこだわりを捨てて仕事に注力することのように生きる生き方が理にかなっているという事でしょうか?

総和行っても人はそれぞれ価値観もあれば得手不得手もあり、如水を相手に受け入れてもらえるよう各人に最適な器=仕事や役割を探し、割り当てることがその人を生かし会社が組織として機能を果たすものになると信じています。

これは大変難しく、本人が何が得意でこんなことをやってみたいと言っても大抵あてにはならず、第三者がじっくり観察して判断することが必要です。 目標管理制度もそれをみえるかする手段と思います。 手段が何であっても人のことが解らなければうまくいきません。 管理する側の人間もいろいろな人(diversity)を理解することつまりは判断する人、経営する人こそ上善如水ではないでしょうか?

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ふるさと納税

 ふるさと納税は地方税を本来納付すべき自治体以外の自治体に振り替える人気投票の意味があります。

一方国の人気投票は国会議員の選挙ですが、国政は省庁ごとに民意を反映したりしなかったりしています。 そこで国税も地方税とバーターする納税選択をすればよいと思います。 国が地方税の納付自治体変更の振替を認めるなら国はそれを決めて高みの見物、自治体は税収を減らさないよう必死で工夫しています。 同じ工夫を国も行えばよいという考え方です。 その際、国税を地方税に振り替えるとき自治省分を減らしてほしいなど指定できるようにしておくことがポイントです。

国税が大きく毀損するなら予算が成立しないと懸念があるかも知れませんが、2016年で地方税36兆円のうち2844億円が振り替えられ、948億円が礼品に使われています。 無制限で国と地方が振替可能がまずいなら上限をきめればよいだけです。 本当に民意を知りたいなら血税で問うてみよ! 高みの見物は許さないと思う地方の首長もたくさんおられると思います。

ちなみに制度が実現すれば私は国税のすべてを地方に振り替えようと思います。

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やっかいな自分の脳

私は最近朝に考え事をします。 朝以外の時間に考え事をすることもありますが朝が多いです。 起床時間は5時ころ、7時ころが最高に集中できます。 問題は集中できる時間が1時間程度、若いときもそんなものでした。 その間の集中力は我ながら自慢できるものですが、1時間しか続かないことは少なすぎる様に思います。

朝の時間に集中するとアイデアがすごい勢いで頭をめぐり、メモに残す前に次のアイデアが湧いてくることがあります。 そして1時間立つと何も浮かばなくなります。 頭を触ると熱くなっていて、考えていないときと温度が違います。 あまりに熱くなった時はぬれタオルで冷やさないと興奮が静まりません。 これに気づいたのはサラリーマン時代にマージャンをしていた時でした。 私にとって麻雀は遊び、多少のお金をかけていたのですが負けて小遣いを巻き上げられるのは耐え難い事です。 仕事が終わって7時ころから終電車の11時ころまで4時間の勝負、初めの1時間勝ち続け、頭がオーバーヒートしておしぼりで頭を冷やします。 まだ頭に毛が生えていたので冷やしにくかったのを覚えています。(今は頭が禿げているので効率的に冷やす事が出来ます) 1時間経過すると勝は遠ざかり、残り3時間勝ち負けなしで凌げればトータルで勝ちますが、凌げなければ僅かに負けてしまいます。

仕事で言えば勤務時間は残業なしで実働7時間、とても集中できません。 一度オーバーヒートしてしまえば思考力は極端に落ちてしまいます。 1時間集中して難問をクリアして、残余の時間は仕事をしている振りをします。 前職の仕事は継続反復作業より考えてまとめる仕事が多かったので仕事をしていない時間が圧倒的に多く、首にはならなかったものの評価が低かったのを覚えています。

ここで『考える事』の内容はどちらかというと創造的な作業です。 前職の仕事で契約書作成がありましたが、同じ売買を継続的に繰り返す契約書は決済条件など定型項目を書けば完成です。 条件さえもらえればひな形の確認もなくPCに向かって作成し、校正すれば出来上がりです。 ところが外注加工や業務提携の契約になるとリスクや責任範囲の特定、契約内容に関係する外部要因の変化など不確定要素が多く、どのように組み立てると有利か組み合わせが相当数に広がります。 このような契約書は裏紙に鉛筆で因果関係を書きなぐりながら考えをまとめてゆきますが制限時間は1時間、集中できていないときに作成した契約書は集中しているときに見直すと完全に没になります。 完成度の低い契約書を取引先に提示してそのまま締結してしまったことも多くあります。

このような集中は自分でコントロールできませんが、大変だと思ったときは集中できます。 ただし1日1時間、2時間目はあったとしても集中力が落ちています。 集中力をコントロール出来て中程度に集中、今はMAX、3時間連続などできればよいのでしょうが、そうなれば常に高いレベルで集中して長生きは出来ないでしょう。 

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転職

私は20年勤めた会社を辞めて今の会社に転職しました。 前職での仕事の結果に対する評価は惨憺たるもので、成し遂げた成果に対する評価がなく、個人的な欠点で評価されたと思っています。 そのことは結果的に転職につながったこと、転職の結果自分の価値を再認識できたこと、現職でも自分の業績について正しく評価されないことについて免疫が出来たこと、前職で思い切り自分らしいやり方で仕事をして大きな結果を出せたこと等多くの理由でよかった経験と思っています。

前職で私の前任が不動産事業を展開し、採算の悪い状況で放置していました。 引き継いだ私は委託している不動産管理会社に出向き、管理責任を強力に追求しました。 相手は不動産業界に生きてきた責任者、面前で思いっきり無責任な仕事ぶりと救いがたい結果を罵倒しました。 その責任者は翌日その管理会社を退職し、信任管理者が不通に管理業務を行う事で会社利益の何割かを稼ぐようにする事が出来ました。

年間経常利益10億円弱の会社で3億円以上利益の上乗せに成功しました。 しかし全く評価されませんでした。 不動産事業というのは賃貸住居の運営で、私がいた会社は化学品の専門商社、売り上げ至上主義の経営管理の会社で利益の3億円というのは売り上げの3億円増で目につかなかったのでしょう。

不思議な経営管理です。 私は考えぬいて管理会社に圧力かけ、まんまと成功体験を得る事が出来ました。 その結果不動産を扱うことに拒否感がなくなりました。

しかしそのような評価方法や経営管理に関心がなくなり、転職に対して全く未練がなく、別の世界でも生きて行けるという自信に繋がったことは大きな成果でした。

採用面接で中途採用の方の職歴を聞く度に不思議に思うのは大きな成果を上げる前に退職されている方が多いという事です。 その会社の考え方自分に合わないことはあるかも知れませんが、仕事は会社の考え方と異なり、多くの場合裁量の余地があります。 そこで成果を挙げれば会社の考え方にも理解が深まるように思います。

会社を選ぶ、上司に先輩に恵まれるなど働くうえでいろいろ判断材料はあるでしょうが仕事の成果に焦点を当てて会社や上司や先輩を見ると違って見えてくるように思います。

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カーナビ

私は方向音痴でずいぶん苦労しました。 山登りをしていたころは登山道の無い山の縦走をしましたが方向を間違う事が多く、国土地理院の2.5万分のⅠの地図を何度も見直して方位磁石と突き合わせていました。おかげで私は読図力は高まり、縦走でさほど苦労しなくなったのを覚えています。 現在の登山はGPS機能のついた電子地図が主役のようで、紙の地図で進路を決めることもなくなったのではないかと思います。

方向音痴の原因はいろいろ言われていますが、私は図形の記憶力が弱い事だと思っています。 山行記録を山学会の会報に書く時の地図は時間がなくて記憶に頼って書くと友人から誤り指摘の電話がかかってきました。

最近は山に登ることもなく、バイクでツーリングを楽しむときに方向音痴で苦労しています。 しかしカーナビを装備してから知らないエリアでも平気で行けるようになりました。 やはり地域全体の位置関係が覚えられず、カーナビに設定したとおりに走るだけです。

そのカーナビがアイフォンにとってかわられ、値崩れを起こしています。 アマゾンに出品されている7インチのカーナビがかつて10万円近くの値をつけていたのが最近は1万円以下で購入できます。

私も9千円のカーナビを買って使っていますが、高級品ほど機能はついていないもののナビゲーションは正確です。

経済誌で株価を見ていたらカーナビ主力メーカーは業績が急に悪化し、下落していました。 アイフォンであれば最新地図で使えますが私は専用機がまだ良いと思っているので機械の進化と低価格化に期待しています。

方向音痴の欠点はゴルフをやっていて感じました。 ティーショットでボールの後ろからボールを飛ばす方向を定め、アドレスに入りますが改めて方向を確認してボールを見た時に頭の中のボールが飛んでゆく景色が消えてしまっています。 体か覚えているスイングを立ち位置で再現したときにうまく再現できても方向が定まりません。 目標の映像が浮かばなければ目をつむってプレーしているようなものです。

訓練で治るのかと思い、階段を上るときなど一瞬階段を見て目をつむり、上っていきます。 踊り場までの映像が一段上がるごとに変わっていき、無事に登りきる事が出来るときもあれば最終段で不安になって目を開けることもあります。

平面なら成功することがあるのですが、三次元のイメージを頭に描くのは一苦労です。 天体の話など映像なしで説明されてもうまくイメージできないときがあります。 では四次元ではどうか、この会社がこうしてああしてどのように発展していくことを描くのは映像にしにくいだけにさらに困難になってきます。 あるテニスプレーヤーが勝利者インタビューで『サーブの前に何を考えていますか?』と聞かれてトスをどこに上げ、サーブを相手コートのどこに落とし、リターンがここにきて、それをネットについてボレーを決める、一つのゲームのすべてを映像で描くそうです。 これは4次元のもの、トッププレーヤーはすごいと感心しました。

経営者もトップに立つ人はこの能力が優れているのでしょう。 そのうち経営ナビゲーションシステムが出てくるでしょうから、得意能力の無い経営者が今までにない経営を展開してゆくと思います。

 

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考える

身近な人を観察していて人はあまり考えないものだと思いました。 自分の中で『考える』という事は課題や問題の解を出す事と思っています。 もちろん考えるという事がそれだけではないのでしょうがここでは解を求めることとして話をすすめます。

会社において問題や課題は常に現れ、処理して行かないと会社運営はできません。 現場でも中間管理職の段階でも経営でも発生し、大きな問題から小さな問題まで、緊急のものから答えが出ればいつでも良いものまでいろいろです。 大抵のものは過去の経験から自動的に解が導き出され、日常業務の中で処理されます。 過去の経験知はデータベースにあるファイルのようなもの、解を導き出すのはデータベースをひっくり返して一番ふさわしいものを引っ張り出すことに似ています。

この作業自体は考える事ではなく作業です。 適当な経験知が見つかれば過去と今と問題を取り巻く環境に変化はないか、関係することに違いはないかなど検証します。 過去の経験知と全く同じであれば答えは自動的に決まります。

しかし問題に関係する人や規模が違えばそのまま過去の解を適応してよいか判断が必要になります。 要は問題をその本質を理解することが必要になり、大抵は過去の案件と程度の違いという事になります。

しかし前例の無い問題が起こったり、同様の問題であっても問題をめぐる環境が前例と大きく異なりもはや程度の差では片づけられなくなった時、かなりの推理を行い判断することになります。 ここで持ち出す前例がとんでもないものの組み合わせだったりして導き出される解は大きく異なってきます。

有効な発明、戦争における劇的勝利を収めた戦略、駆け引きなど天才的と呼ばれる判断も考えること=前例検討によって導き出されていると思います。 結果の判断に新規性があってもあくまで前例の組み合わせと少しの推定でなされたものです。

この訓練は学校教育も同じと思います。 何とかの定理、関数、何とかの法則などを正確に覚えて模擬問題の解を導き出すことが訓練されます。 訓練対象となる問題の解を導き出す方法は単数または複数、解は一つにならなければ訓練の成果は測定できません。 社会に出てもおおむね多くの業務の解は一つに落ち着きます。 ところが解が複数の世界では選択する前例の種類と内容、推理のセンスが成果を大きく変えてきます。

センスも経験の積み重ねと思います。 ある種のセンスの働かない人は働く人に比べてある種の経験がないと思いますが、その経験がスポーツを熱心に行ったとか海外旅行に行ったとかではなく複数の経験だと思います。

人が経験できることに限りがあり、経験を豊かにするために本を読んだりします。 私は過去の自分の趣味が山登りであったため山岳小説を読むと主人公に自分をあてはめて自分が主人公になったつもりで疑似体験が得られます。 小説の作者は主人公を通じてメッセージを次々発し、罠を仕掛けて感情移入した読者を翻弄します。 私は作品を読みながらワクワクし、もだえ苦しみ、厳しい判断を迫られます。

主人公は反政府活動家で中国のヒマラヤ山脈のある5000mの氷原を逃げまどい、政府のヘリコの爆音に身を隠す場所を探しますが岩陰もなくくぼみに身を伏せます。 感情移入した私は雪原のくぼみがヒドンクレバスと分かり、踏み抜いてくれバスの底に潜みます。 ヘリコは高高度では空気が薄く5分とホバリングが出来ないのでひたすら息をひそめヘリコの立ち去るのを待ちます。 雪原の足跡は雪が硬くで目立たないのであとはクレバスにあけた穴を発見されるかどうかです。 ページを読み進むうちに5分が過ぎ、作品でもヘリコは何も発見できず飛び去ります。 私の手は緊張から汗ばみ、クレバスから這い出る方法を考えていると作品は別の場所の話に展開しています。

このような疑似体験を繰り返すことで考えられるセンスは磨かれてゆくと思います。 しかし映像は疑似体験という意味では少し違うように思います。 読書は活字しか見えない中で極寒の世界を想像し、感情移入します。 この想像体験が重要と思います。

ネット検索が盛んになり、多くの人は前例になる情報収集が熱心でその使い方について訓練が熱心ではありません。 頭の中で情報を整理し引き出すことは機械的作業、それも大変重要ですし、情報の価値を見抜くために必要ですが、多くの正確な情報を月並みの組み合わせで解を導くやり方は限界があると思います。

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[会社運営]

衣食足りて礼節を知る

 当社代表が求めるのは『品格』、抽象的であり具体的にどのように振舞えばよいか判断しずらい局面は多くあります。

私が最初に思い付いたのはタイトルの言葉、他人を敬い、敬意をもって接することは欧米の個人主義とは異なるものと思っています。 『衣食足りて』のくだりは現代社会では合わない言葉かもしれません。 言葉が出来た時代背景は商品経済が発達しておらず、日々の食事や服に困ることが貧しい者の常態であったと想像します。 現代社会では貧富の差はあっても食べるものに事欠くことは大変まれでしょう。

このように生活環境が変わっても言葉が生き続けるのは礼節を重んじる人がたくさんおられ、官僚のセクハラ事件、書類隠蔽など相当な高学歴・高収入・高い社会地位の人の礼節を欠いた行いが大きな話題になるのでしょう。

品格の話題に戻り、私が会社の意思として品格について及んだことはフリップ コトラー博士の『マーケッティング3.0』で提唱されているフェアートレードではと代表に確認しましたがそうではないとのこと、なかなか意味が深いようです。 ただし本人もそれが何か、明確に表現できないようです。

かつて私が会社の代表であったころ、社員の多くが私に求めることが尊敬出来て優秀で話がうまく気前も良くて知的でありかっこいい事、それでいて的確な経営判断を下し、会社を安定拡大できる人、であれば自分も精一杯付き従って仕事に注力しようというものでした。

私もその意味で多少の努力をしましたが、経営判断としては利益や規模の最適化を図ることをどの職員に何をやらせるかという方法で出来るだけ自分の判断を控えて経営してきました。 決して知性や品格に応えられる人ではなかったし、せいぜい時間や約束を守り、難題から逃げない姿勢はかろうじて保ちました。 お金がなかったときは服も着た切り、靴は穴が開くまで履いていました。 いま余裕が出来て衣食は足りましたが、人としては誇れる人格と思っていませんし繕う気もありません。

このように考えるのは会社運営は矛盾だらけ、かっこよく経営できるほど簡単ではないと判断しているからです。 しかし品格を否定しないまでもそれは品格か!と思われるような悩ましいダイナミックな判断が品格を兼ね備えながら発展出来る方策だと思っています。

仕入先を不当にたたき、職員に厳しすぎる責めを負わせて僅かに利益を稼ぐより、イノベーティブな改革を行うなどです。 いま行っている各部署のやり方はそれなりに意味ある方法ですが、改革すれば人が余ったり、仕事の難易度が上がったりします。 その時余った人は配置転換されて苦痛に思い、新しい方法をやらねばならない人は当初大きな苦痛を伴うでしょう。

このように考えれば『品格』はイノベーションを伴うととんでもない話に繋がってゆきます。

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