監査役BLOG

カテゴリ

価値観

[価値観]

日本の文化

社内研修で選んだIT業界の話題で、日本の文化についてひはんが多く有りました。 使うことの無いボタンのついたリモコンや車などです。
商品差別化のために機能を追加するとボタンが増える、作り手側の論理で顧客はそのような差別化を求めていないというものです。

日本の文化として、例えば饂飩のトッピングを例に考えて見ると甘い味付けの揚げが乗ったきつねうどん、昆布が乗っている昆布饂飩などトッピングによる差別化、私はボタンの多いリモコンと同じ発想のように感じます。

より良い物を製造しようとするのは日本の文化がその基礎を支えていて、私が子供のころの一般的価値観はそのような差別化が絶対正義であったように思います。 初期の日産サニーに対してトヨタカローラのCMは『隣の車が小さく見えます』でした。

確かに製品作りの感性や新しい機能を売るより新たに何が出来るかを訴求する製品は携帯電話機で典型的にブレイクしました。
電車に乗ろうとして同行の職員に「次の電車は何分初だろう?」と聞いたら携帯電話を操作して「〇〇分初ですね」と答えてくれたが、頭上の時刻表を見れば一目瞭然でした。 私はアイフォーンのようなものを持っていないので、列車の発車時刻以外にいろいろと役に立つのでしょうが、研究者や大企業の経営者等がこの平べったい携帯電話を操作している姿を見たことがありません。
まあしかし便利な物なのでしょう、私には余り関係ありませんが。 電車の中でも家路に向かう勤め人もふざけた学生もかなりの確率でこの機械を操作しています。

これらの人が将来偉大な学者や優秀な経営者、優れた役人になるとは思えませんし、文化・芸術の世界で活躍するように思いません。 人が文化・経済・科学研究の世界で活躍するには考える時間が必要で、プラットホームで電車を待つ間や、電車で移動中には考えを整理しなければならないことを必死で考えているか、頭の中を整理するためにボォーとしているか、そこにネットから得られた情報を詰め込めば頭の中は情報でいっぱいで、考える隙がなくなってしまうでしょう。

話は横道にそれましたが、差別化やストイックな改善を批判するよりそれを利用する感性を磨くべきで、日本の文化に根ざした感性がIT関連製品の開発においても海外の文化に引けをとらない想像性を発揮する時期が来ると思います。
なぜなら日本の文化の洗練度そのものが高いからと信じています。

コメント

  1. いつも定期的に拝見させていただいております。
    motonishiさんの今回の記事も、とても興味ある内容でした。
    ありがとうございます!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

上に戻る