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『貯め』という言葉に寝だめ、食いだめなどがあります。 どちらも長期的には貯めることができないです。 1週間起きっぱなしで、3日寝ての生活には無理がありますし、食べることも同様です。

貯められるか、貯められないか微妙なこともあります。 たとえば勉強やスポーツなど一時の集中は重要で、たとえば1ヵ月の合宿集中英会話教室など一気に会話力が付くかもしれません。 プロスポーツ選手でも下積みの時期は寸暇を惜しんで練習するけれどプロになって練習量を意図して減らす人がいます。

しかし私の知る高い評価を受けている人は大成してからも概ねコツコツと努力しています。 私がお世話になった大学教授は退任してからも他人の論文を読み、自ら執筆していました。

大成してから、もしくは大成しなくても成長期が過ぎてから成長期とは違う努力が必要に思います。 たとえば私の場合、経営者になって15年ほど経ちましたが、今更経営の勉強をしてもと思うことがあります。 なりたての頃は合宿形式の研修に参加したり、セミナーに参加したりしました。

最近、知識切売形式のセミナーに行っても全然関心が湧きません。 しかし自分の仕事の範囲で気になる事が次々沸き起こり、本を読み、関係しそうな人と話をするようにしています。 本は読んでいると時としてわくわくし、刺激を受けます。 特定のテーマに関するセミナーを受けても関心が湧かないのに、講師が読んだであろう、そして理解しているであろう著作、つまりその分野で伝説化している書籍を読んでわくわくしてしまいます。

講師の知識・経験のフィルターにかかって出てきた言葉はすでにくすんで見えるということでしょうか。

かつて中間管理職は少ない方が良いという話題になった時、ある人が『それは間違いである』と反論しました。 その人は表現力に難があり、意図がよくわかりませんでしたが、セミナーに参加して講師が少ない管理職を薦めたので質問したそうです。 管理職の役割を並べてそれが管理職なしでやることができるのかという質問です。

その後10年ほどたって中間管理職の意味が解ってきました。 したがって現在は適正な管理職の配置を心掛けています。 この例では、理屈ではなく経験から納得したことです。

そのような経験による経営ノウハウを自分が若い時、もしくは立ち位置が違う時期に知ったとしても納得しないばかりか、仮に刷り込まれたとしたら間違った管理職が絶対必要だというような固定概念の形成に繋がったことと思います。

元の話戻り、知識をためるための勉強や読書は弊害もあることを知りました。 仕事に限定すれば自分が担っている役割の中で興味をひかれたことについて最適の読書や勉強をすればよいと思います。 勉強も優先順位を考え、その的に集中すべきで、採用面接などでも自分がやるべきこと、やれることを集中して考えた形跡のない人が『将来の夢は?』と聞かれて『経営者になりたい』と答え、経営者の役割・責任が理解できていない場合が殆どです。

笑い話で中年男性の再就職に際し『何ができますか?』、『部長なら…』という話に似ています。

ではどうすれば良いか?、常に日常に近いことで疑問に答えられる勉強を薦めます。 たとえば私の場合、歴史小説を読み、組織の有るべき姿の参考にします。 下手な組織論よりよっぽど役に立ち、ストーリーの中に感情移入して主人公になり替わり『自分ならこうする』といったシュミレーションを描きます。

歴史小説はSFやファンタジーと同様現実離れしていて、それでいて現代社会に通じるものがあります。 過去に忠実に描かれているものは孟子、孔子、老子など古典思想家の考えが色濃く出ていて、それが現代に通じるところに面白みと役立ちを感じます。

関心事の焦点を絞り、そのつもりで日々バランスよく努力すれば日々バランスを配慮した食事が健康体を作るように仕事でも人格成長でも多くの引き出しを作ってくれます。

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