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作法

 SEの人と話をしていて、『作法』、『流儀』という言葉が頻繁に出てきます。 先端プログラムを作ってきた人からこのような言葉が出てくることに違和感があります。 意味は作法は常識、定式、決まり事と言ったところ、流儀は仕事の組み立て方、優先順位等でしようか?

 SEの仕事は当然のごとく論理の塊、相手が機械なので融通は利きません。 したがって作法も流儀も論理性と言ってしまえばよいのですが、その人だけが使っているのか業界用語なのか確認していません。

 日常生活でも作法、流儀に相当する事が大変多くあり、社会生活は作法の集大成、プログラムのように絶対ではないのですが、社会生活の作法・流儀を守らなければどこかで誰かに迷惑を かけたり自分がひどい目に合ったりします。 社会は広いようで実は個々人の活動範囲は限定されていて、日々初めてのことを体験する人は大変少ないように思います。

 郵便配達 の局員は朝から晩までスーパーカブや軽自動車で走り回りますが、ルートは決まっているので毎日ほぼ同じ時間に同じ道を通り、同じようにその時間にそこを通る人がいて毎日顔を合わせています。 かつて電車で通勤していたときに毎日同じ人と同じ車両で会います。

 このようにたいていの人は定性的な活動内容が実は割と正確に定型化されて行動しています。 もちろん生まれて初めての場所に旅行に行くとかすれば定型的な活動による出会いはないでしょう。

 であれば行動パターンが定型であることを変化がない、マンネリであると腐らず作法に沿って行動すれば徒労感は薄らぐでしょう。 郵便配達員はよく遭遇する人には挨拶するとか、作法に色を付ければさらに心豊かに郵便物の配達ができるでしょう。

 先日営業所に行くと床にマークがしてあり、挨拶場所と書いています。 定型に色を付ける、出勤すればここで立ち止まって挨拶をしろということらしいです。  飼っている犬に『お手』を教えるような話ですが、いろいろ考えるものです。

 作法が身につくと仕事も人間関係もある程度うまく流れていきます。 作法にはしなければいけないこととしてはいけないことがあると思いますが、してはいけないことをしなければ本人はせめをことになります。 赤信号で止まらなければそのうち交通事故にあうことになります。 少なくとも事故にあう確率は高くなります。

 社会生活でうんざりするほど作法があって、それが複雑であればあるほどその社会や組織は安定しますが発展しません。

 プログラムの世界は何年たっても言語が変わらない限り作法は変わりませんか、人間社会では不変の作法がいくつかあって、例えば挨拶するとかは今後百年は変わらないと思いますが、変わってゆく作法もたくさんあります。 先祖をまつることは私が子供のころ法事として日常生活に浸透していました。 お寺から何回忌の法要一覧表が配布され、そこには最高200回忌まで記載されていました。 200年前に死んだ先祖を祀るにしても当然誰も知らない先祖になります。

 家が200年続いた目出度いということでしょうが、お寺の営業手法に見えてなりません。 家が子孫が200年も続くことを目出度いと考える価値観は現在ではあまり指示されないでしょう。 お寺はそれに代わる価値観、営業ツールを提示できなかったので少なくとも近未来に消滅するのではないかと思います。 お寺そのものに先ほど例示した『挨拶』に匹敵するような永続性のある作法が見当たらないからです。

 この作法と裏打ちされた価値観を体系的にまとめた書籍が出版されればぜひ読んでみたいです。 私の残りの人生で存続する作法がそこにはちりばめられていると思います。 スマホを器用に使いこなすより存続する作法を知ることが現生を生きる上で価値あることと思います。 

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