相談役BLOG

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カーナビ

私は方向音痴でずいぶん苦労しました。 山登りをしていたころは登山道の無い山の縦走をしましたが方向を間違う事が多く、国土地理院の2.5万分のⅠの地図を何度も見直して方位磁石と突き合わせていました。おかげで私は読図力は高まり、縦走でさほど苦労しなくなったのを覚えています。 現在の登山はGPS機能のついた電子地図が主役のようで、紙の地図で進路を決めることもなくなったのではないかと思います。

方向音痴の原因はいろいろ言われていますが、私は図形の記憶力が弱い事だと思っています。 山行記録を山学会の会報に書く時の地図は時間がなくて記憶に頼って書くと友人から誤り指摘の電話がかかってきました。

最近は山に登ることもなく、バイクでツーリングを楽しむときに方向音痴で苦労しています。 しかしカーナビを装備してから知らないエリアでも平気で行けるようになりました。 やはり地域全体の位置関係が覚えられず、カーナビに設定したとおりに走るだけです。

そのカーナビがアイフォンにとってかわられ、値崩れを起こしています。 アマゾンに出品されている7インチのカーナビがかつて10万円近くの値をつけていたのが最近は1万円以下で購入できます。

私も9千円のカーナビを買って使っていますが、高級品ほど機能はついていないもののナビゲーションは正確です。

経済誌で株価を見ていたらカーナビ主力メーカーは業績が急に悪化し、下落していました。 アイフォンであれば最新地図で使えますが私は専用機がまだ良いと思っているので機械の進化と低価格化に期待しています。

方向音痴の欠点はゴルフをやっていて感じました。 ティーショットでボールの後ろからボールを飛ばす方向を定め、アドレスに入りますが改めて方向を確認してボールを見た時に頭の中のボールが飛んでゆく景色が消えてしまっています。 体か覚えているスイングを立ち位置で再現したときにうまく再現できても方向が定まりません。 目標の映像が浮かばなければ目をつむってプレーしているようなものです。

訓練で治るのかと思い、階段を上るときなど一瞬階段を見て目をつむり、上っていきます。 踊り場までの映像が一段上がるごとに変わっていき、無事に登りきる事が出来るときもあれば最終段で不安になって目を開けることもあります。

平面なら成功することがあるのですが、三次元のイメージを頭に描くのは一苦労です。 天体の話など映像なしで説明されてもうまくイメージできないときがあります。 では四次元ではどうか、この会社がこうしてああしてどのように発展していくことを描くのは映像にしにくいだけにさらに困難になってきます。 あるテニスプレーヤーが勝利者インタビューで『サーブの前に何を考えていますか?』と聞かれてトスをどこに上げ、サーブを相手コートのどこに落とし、リターンがここにきて、それをネットについてボレーを決める、一つのゲームのすべてを映像で描くそうです。 これは4次元のもの、トッププレーヤーはすごいと感心しました。

経営者もトップに立つ人はこの能力が優れているのでしょう。 そのうち経営ナビゲーションシステムが出てくるでしょうから、得意能力の無い経営者が今までにない経営を展開してゆくと思います。

 

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考える

身近な人を観察していて人はあまり考えないものだと思いました。 自分の中で『考える』という事は課題や問題の解を出す事と思っています。 もちろん考えるという事がそれだけではないのでしょうがここでは解を求めることとして話をすすめます。

会社において問題や課題は常に現れ、処理して行かないと会社運営はできません。 現場でも中間管理職の段階でも経営でも発生し、大きな問題から小さな問題まで、緊急のものから答えが出ればいつでも良いものまでいろいろです。 大抵のものは過去の経験から自動的に解が導き出され、日常業務の中で処理されます。 過去の経験知はデータベースにあるファイルのようなもの、解を導き出すのはデータベースをひっくり返して一番ふさわしいものを引っ張り出すことに似ています。

この作業自体は考える事ではなく作業です。 適当な経験知が見つかれば過去と今と問題を取り巻く環境に変化はないか、関係することに違いはないかなど検証します。 過去の経験知と全く同じであれば答えは自動的に決まります。

しかし問題に関係する人や規模が違えばそのまま過去の解を適応してよいか判断が必要になります。 要は問題をその本質を理解することが必要になり、大抵は過去の案件と程度の違いという事になります。

しかし前例の無い問題が起こったり、同様の問題であっても問題をめぐる環境が前例と大きく異なりもはや程度の差では片づけられなくなった時、かなりの推理を行い判断することになります。 ここで持ち出す前例がとんでもないものの組み合わせだったりして導き出される解は大きく異なってきます。

有効な発明、戦争における劇的勝利を収めた戦略、駆け引きなど天才的と呼ばれる判断も考えること=前例検討によって導き出されていると思います。 結果の判断に新規性があってもあくまで前例の組み合わせと少しの推定でなされたものです。

この訓練は学校教育も同じと思います。 何とかの定理、関数、何とかの法則などを正確に覚えて模擬問題の解を導き出すことが訓練されます。 訓練対象となる問題の解を導き出す方法は単数または複数、解は一つにならなければ訓練の成果は測定できません。 社会に出てもおおむね多くの業務の解は一つに落ち着きます。 ところが解が複数の世界では選択する前例の種類と内容、推理のセンスが成果を大きく変えてきます。

センスも経験の積み重ねと思います。 ある種のセンスの働かない人は働く人に比べてある種の経験がないと思いますが、その経験がスポーツを熱心に行ったとか海外旅行に行ったとかではなく複数の経験だと思います。

人が経験できることに限りがあり、経験を豊かにするために本を読んだりします。 私は過去の自分の趣味が山登りであったため山岳小説を読むと主人公に自分をあてはめて自分が主人公になったつもりで疑似体験が得られます。 小説の作者は主人公を通じてメッセージを次々発し、罠を仕掛けて感情移入した読者を翻弄します。 私は作品を読みながらワクワクし、もだえ苦しみ、厳しい判断を迫られます。

主人公は反政府活動家で中国のヒマラヤ山脈のある5000mの氷原を逃げまどい、政府のヘリコの爆音に身を隠す場所を探しますが岩陰もなくくぼみに身を伏せます。 感情移入した私は雪原のくぼみがヒドンクレバスと分かり、踏み抜いてくれバスの底に潜みます。 ヘリコは高高度では空気が薄く5分とホバリングが出来ないのでひたすら息をひそめヘリコの立ち去るのを待ちます。 雪原の足跡は雪が硬くで目立たないのであとはクレバスにあけた穴を発見されるかどうかです。 ページを読み進むうちに5分が過ぎ、作品でもヘリコは何も発見できず飛び去ります。 私の手は緊張から汗ばみ、クレバスから這い出る方法を考えていると作品は別の場所の話に展開しています。

このような疑似体験を繰り返すことで考えられるセンスは磨かれてゆくと思います。 しかし映像は疑似体験という意味では少し違うように思います。 読書は活字しか見えない中で極寒の世界を想像し、感情移入します。 この想像体験が重要と思います。

ネット検索が盛んになり、多くの人は前例になる情報収集が熱心でその使い方について訓練が熱心ではありません。 頭の中で情報を整理し引き出すことは機械的作業、それも大変重要ですし、情報の価値を見抜くために必要ですが、多くの正確な情報を月並みの組み合わせで解を導くやり方は限界があると思います。

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チャンバラ小説

たまたま紹介された人と読書の話でチャンバラ小説の話になりました。 私は最近はまって佐伯泰英氏の作品を20冊ほど読んだところでした。 その方は私に葉室麟氏を紹介していただきました。

鎌倉から江戸期の作品が多いようですがすぐに2作をよみ、その人に文正のまさ、時代考証正確さ、奇想天外な仮説に驚いたこと等感想文を送りました。

すぐに返事が来て描かれた歴史に名を残さない主人公の愚直な生き方が好きだと感想を返していただきました。 その方はかなり大きな企業の代表取締役、聞けば厳しい事業分野で鎬を削っている企業のトップの『愚直が好きだ』に新鮮さを感じました。

厳しい業界の企業のトップが愚直に生きることを良しとするところに先入観、競争の厳しい業界に生き抜くには気配りが出来て器用な人を良しとするのでは、が打ち砕かれました。

当社にも派手ではないにしろ愚直に仕事をして大きな成果を生んでいる人がおられます。 おそらく目立たない人たちが当社を支えていることに気づかされました。 愚直の語感には泥臭さが付きまとっていたのですが、目的達成に見栄えを気にしない追求心があり、当然犠牲にすることも多い事も顧みない自己犠牲の美しさすら見え隠れします。 自分は人の評価で派手さに目を奪われ、ゆがんだ評価をしていた、それを指摘された時に評価は結果にするもので努力や愚直であることを評価してはいけないと思っていました。 瞬間の評価はそうかも知れなかったのですが、愚直であり続けた人は長期の実績はたいてい特筆すべきものです。

鎌倉から江戸期の武家社会で忠孝が価値観の中心に据えられ、それを貫く武士の姿は現代社会でも多くのビジネスマンに見られ、日本的特徴を指摘される場合も多いです。 それは古い考えではなく最も生産的な考えに直結していて、経営の実践では愚直を生かし評価する文化に修正してゆくべきと思いました。

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成長する

採用面接で『働くうえで目標にすることは何ですか?』と聞くことがあります。 『働くことで自分が成長することです』という答えが多く返ってきます。 『あなたにとって成長とは何ですか?』と聞くと仕事においてエキスパートになること、部下をもち指導すること、昇進することなどの答えが返ってきます。

どれも正解かもしれません。 私はどこでも通用する人になることを目指すように言ってきました。 会社は未来永劫存続できるわけでもなく、もし会社が倒産したり何らかの事情で退職しても次の仕事で通用するなら本人は生きてゆく上で困りません。

しかし志半ばで退職に至った人の風聞で他所で通用しているとはとても思えません。 本人は自分の評価や仕事、人間関係への不満から退職し、自分を生かす環境を求めて転職したわけですが、環境がその人を鍛え成長のきっかけを与えるかもしれませんが、成長するのは本人で環境ではありません。

他人事ではなく、私自身も成長を目指しています。 もうこの年で成長と言えば笑われるでしょうが、上手くなりたい事、身につけたいスキルはもちろんの事、健康維持が図れることも目指すという意味では努力します。 例えば筋トレ、腹直筋を鍛えます。 なんのためにと言えば腹筋が弱くなってバランスを崩さないようにとか腹回りを引き締めるとか、裸になって鏡で自分のおなかをみます。 それほど熱心にしていないので筋トレマシーンの宣伝に出てくるような腹にはなりません。 しかし一定のトレーニングが苦も無く出来たりすればそれでよしと思いますが、デジタルで現在の腹直筋は○○と表示されれば励みになるでしょう。 数値が良くなれば喜ぶ等愚かしい事ですが、目的の達成感はあります。

話は戻って成長に当てはめ、成長の目的である昇進やエキスパート等数値化出来たり客観評価できる目的が重要で、さらに目的の先の目的があります。 昇進する目的は何か、最初の昇進は仕事の難易度が上がり、達成感より苦痛が大きくなる人がいます。 昇進を目標にして昇進したものの他所で通じる成長が遅れていたため、昇進を自分の成長に生かせない場合です。

話はこんがらがってきて何が目的で手段か、一体自分は何を求めているのか訳が分からなくなり、学校の同級生と話をして自分の方が昇進していたり、給料が高かったりしたことに満足してしまいます。 成長は自己のもの、他人の給料との比較ではないのですが、成長を求めるなら成長の意味を高い次元で認識せざるを得ないし、その認識のもとに努力が必要でしょう。

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存在するものには意味がある

世の中には不合理、というか理解不能の考え、行為・行動がたくさんあります。 しかしそれらを良しとする考えの人もいて理解不能の対象は考え・行為・行動からそれを支持する人、もしくは指示単体から世の中に対しての不信感になってきます。

あまりに狼狽えた時、それにはそれの存在意味があると思うようにしています。 自分だったらやらない方法や目的の設定はそれがその人個人の範囲であればよいのですが、会社の方向性であれば反対してしまいます。 支持する人は反対されたことに不快感をもつでしょう。 反対する理由を述べなくてはなりません。

根底から否定する説明では説得はおろか反感を抱かれかねません。 そう思うからには根拠があるはず、それはいびつな前提で意味があると考えれば前提のいびつさを解説すればよいでしょう。

面倒くさい話ですが誰かがやらねばならず、理屈ではなく経験であればなおさら説得困難です。 しかしそれが意味があると信じる事が出来れば説得、意味なんかないと考えれば対立しかなくなります。 確かに意地悪で言われているとか、とんでもなく思い付きだとかもありますが、思いつく理由があるはずです。

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後の先

 私は時代小説、いわゆるチャンバラ物にはまっています。 多くの作品に『後の先』という言葉が出てきます。 チャンバラ物はほとんどがエンターティメント、50年たって文学全集に収載されるような作品ではありません。 作者は多作で1ページ幾らの仕事、書き上げたら出版するというものではなく、連載物は締め切りに追われ書き上げていきます。 だから調べた時代背景を必要以上に書き綴り、ページを稼いでいる作品も多くあります。

『後の先』については解説がなくネットで調べてみました。 剣術は一撃必殺の技、それを躱されると隙が生じます。 相手の必殺技を予測し、躱して隙に相手を倒すことだそうです。 ボクシングのカウンターパンチと同じだそうです。

事業活動でも『後の先』はあります。 マーケットをよく観察していてよい方法を編み出したやり方をまね、一気に市場を制圧するようなやり方です。 実際の場面で目の当たりにするとあまり良い印象はありません。 他社のまねをし、少し改良して一気に市場制圧する方法はオリジナリティが弱く、まねるという点で節操が無い様に思います。

しかしチャンバラも事業運営もシリアスな勝ち負けの世界、ちなみに小説に描かれた剣術の世界で『後の先』は卑怯な手とは解説されていません。 相手の一撃のスピードが速く躱しきれないか読み切れない技であったらやられてしまいますからマネの技ではなく受けて立つ達人技です。

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ボーダーレス2

前回は自分の青年期から現在に至る規制解除の事例を記載しました。 次の話題は私のサラリーマンライフのボーダーです。

会議での席順ですが、役職、年齢順で各部署の会議から取締役会まで厳格に決められています。 来客時の席順も厳格に決まっています。 たまに取引先の高い地位の人が来られ、私が対応するときなど混乱したのを覚えています。 席順は車の乗車位置や宴会の席順まで厳格で、時代劇を見ているようです。

仕事をしているとき、上位役職者から指示が来ると仕事中でも出向かなくてはだめで、役職が同じなら何分後とか指定できます。

社長が副社長に用事がある時は秘書に電話し、秘書が副社長室に伝えます。 連絡を受けた副社長は社長室にすぐに出向きます。 社長室と副社長室は距離にして20m弱、用があれば社長が副社長室に出向けば良いものをと思いました。

取締役会で議事は各取締役が社長に報告を行い、社長が総て決裁します。 したがって多数決で決めることはありません。 社長が判断に困るような案件は事前に担当役員が社長か副社長に説明し、内諾を得ていたようです。

長所は決定が速いこと、多くの規制が働くので意思決定システムに不都合は起こりません。 つまり誰もこのシステムを乱すことはしないという事です。 冒険的な議題は出ませんし、小さい冒険は業務執行範囲の中で処理され、失敗も社長に嫌われていない限りおいてお咎めも小さいものです。

いま佐伯英泰氏の江戸時代剣豪小説にはまっていますが、藩幕体制の中でなされる意思決定によく似ています。 小説はフィクションですが、武士が早く大胆に決定する様は当時の私の会社に比べると現代の組織運営に近いものを感じるときがあります。 現代経営のバイブル的存在であるドラッカーは明治期にオーストリアに生まれ、ナチスを避けてアメリカに移住した人です。 日本でも同時代に現代の組織運営に近い経営をした人が多く経済小説の主人公として描かれています。 なぜ私がいた会社が旧態依然としていたか証明できませんが、トップの考え一つではないかと思います。

ボーダーはどんな組織運営でも必要なものですが、ボーダーが少ない方が柔軟に組織運営が出来るとおもいます。 旧態依然とした強い会社もありますが、大きく飛躍している会社はボーダーが少ないように感じます。

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勝に不思議な勝あり、負けに不思議な負けなし

プロ野球の監督が言った言葉らしいです。 初めて聞いてなるほどと思いました。 私は野球を見ることもやることもないので、野球の試合での実感は全くありません。 どちらというと事業運営で実感しました。

事業で価値は利益が出ること、負けは出ないこととすれば、ある店が利益を着実に増加させていることが不思議な時があります。 店長の戦略は稚拙、店の営業も特別スーパーではない、店員のモチベーションが特別高いわけではない。 不思議と思っていても引き続き高い利益率をたたき出しているような場合です。

一方業績が今一つの店は店長に聞いても、部門長に聞いても原因は同じことを言います。 正しいかどうかは別にして、同じ分析結果を良しとしています。

業績が結果的に悪かったことの分析は簡単なのかもしれません。 対策もおそらく明確であとはうまく実行するかどうか、実行して結果が出るまでのリードタイムはありますが、店成績が良くなって当然と思われます。

不振の原因は見えやすい、解り易いという事でしょうか? もしくは不振の原因はいくつかに集約されるのでしょうか?

一方好調の原因はわかりにくくバラエティが数多いというわけでもありません。 ある店の成績が連続して良かった場合に皆が同じ理由を挙げるときが多いように思います。 『営業のまとまりがよくなってきたようですよ』、『店長が戦略の徹底を図ったからですね』とかです。

しかし誰に聞いても理由が明確でない場合も確かにあります。 理由が明確であっても納得できない場合とかもありますね。

不思議か不思議でないか、再現するかどうかで考えてみます。 介護用品販売業界で私の経験ですが価格競争を先鋭化した業者はつぶれる傾向があると思います。 価格競争とは一般には低価格販売の事ですが、高価格を維持した業者も衰退をたどっているように思います。 こちらはブランドに頼って高値で販売していて、取引が拡大せず時間の経過とともに相場との乖離がおおきくなり(一般に価格は低下傾向)、ある時値下げをするとブランドともにその業者は衰退すると思っています。 支持していた顧客は結局ブランドは価値がなかったことに気づきます。

勝り再現性は確かにわかりにくいでしょうね。 創業者が一代で大きな会社にした経緯を見ているとずいぶん失敗もしています。 必勝パターンがあれば失敗しないはず、価値の再現性は経営学の中でもパターン化しにくいようです。

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組織の姿

今年、世界の各国で頂点に立つ政治家が話題になりました。 日本人から見てそんなことがあるのかと思われる選挙結果、当選後の暴言、過去の行為が注目されています。

組織の統治の役割という点で、政治家と企業のトップは近いものがあるのかと思います。 しかし企業のトップが政治家の発言のような暴言や暴挙はあまり報道されません。

もちろん持っている権限は政治家と企業のトップでは大きく違うのは明らかです。 しかし小国の経済規模と比較指標によっては大差ない経済規模の企業もあると思います。

企業では戦略や経営計画は絶対で、それに反するものは認められないと思います。 残業の指示や書類作成の内容チェックなど企業内での権限者の指示は細にわたります。 代わりに職員は給与や就業内容について規則に沿って守られます。

一方国家と国民の関係では国家から日々の行動を監視されたり指示されることはありません。 もちろん納税のルールなど義務はどこの国でも多くありますが、義務のすべてについて厳格に管理されることはなく、考えや行動、自己表現も企業に比べたら自由度が高いと思われます。 もちろん例外があり、反政府的な主張とともに抹殺される国家もあるでしょう。 乱暴に言えば多様性が認められていると思われます。

企業に視点を戻して、多様性を認め、企業内起業を仕組みとして認めている企業や相互関連のあまりない多くの事業を営んでいる成長企業もあります。 程度の問題がありますが、当社もこの方法で展開してゆきたいと思っています。 多様性への仕組みは簡単に作れますが、多様なものを統治することは企業ではなかなか難しく、統治したうえで利益を確保してゆくことはさらに難しくなると思われます。 帰属する人の多様性を生かしてゆくことは国家でも同様に難しい課題と思いますが、人がそのような問題にもうまく対応できる仕組みを作ってゆかねばならず、先祖帰りのような強権による弾圧は避けなければならないことだと思います。

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睡眠と枕

かつて無呼吸症候群の疑いがあるといわれてから熟睡することがなくなったように思います。 医者に頼らず改善しようとダイエットにも挑戦し、就寝前に疲れてすぐに眠れるように本を読むとか、夜中にトイレに行かなくて済むように水分を取らないようにするとか工夫をしましたが熟睡には至りません。

そうやって何年も経過し、ふと枕を変えてみようと寝具売り場に出向きました。 ニトリに行くと枕だけで10種類以上あり、就寝中に頭の位置が確保できる枕を選び、寝てみました。 最初の夜は約7時間眠ることができました。 次の日は夜中に目覚めましたが、翌々日は熟睡、枕の威力は絶大です。

自分が老人になったから眠られないのか、医者に相談したりもしましたが意外なところに解決策があり、考えがまとまらないとか疲労感がぬぐえないとか多くの問題が解決するのであればと期待しています。

加齢による不具合はいろいろあるし、その対処にしても面白いアイデア、対処法がネットや本で紹介され、なるほどというものもあるようです。

日々の生活は何か一つが欠けると仕事ができない、健康を阻害される、人間関係かうまくゆかないなどすべてのことが綱買っていれば、元の問題解決ですべてのことが解決するかもしれないと思うとあきらめないことは必要です。

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