監査役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[社会]

エコポイントと住宅ローン減税

シャープが大型液晶TVに資源集中した戦略が裏目に出て、多額の赤字体質から回復の見込みが無く、台湾企業の趣旨を仰ごうとしています。 先年三洋電機が経営方針の失敗からパナソニックに吸収され、パナソニックは三様の従業員の大規模リストラと不採算部門の切売りを行ったことは記憶に新しいところです。

数年前にエコポイントをテレビと自動車、申し訳程度に二重ガラス窓など住宅設備にも付与しました。 今にして思えばTVメーカーや自動車メーカーの救済策としての側面が非常に強かった施策で、それにもかかわらず結果的にシャープは立ち直れない状態にあります。

今回住宅ローン減税も大規模なもので、一体どこの会社を救済しようとしているのか訝しいところです。 国の行政は各種の利害調整もその役割に入っているはずですが、救済できない救済策はばら撒き行政といわれても仕方が無く、赤字国債を積み増ししている中で意味があるのかと思います。

経済や個別経営は民に任せ、税金を投入してまで調整をする必要があるのか、エコポイントの恩典はシャープなどを踏み台にした海外メーカーにも流れていったと思います。

財政支出を削減し、国債発行残高を減少させ、そのあとで減税をすればよいと素人目には映るのですが、産業振興・税収拡大のために財政投資が必要だという議論は単純にすぎて、所詮政治家や官僚が考える産業振興策は費用対効果の悪いものと予測します。

昨日福井県に行ってきましたが、風力発電用の大型風車が郊外の農地の中に立っていました。 日本の発電の半分くらいを再生可能エネルギーで発電すれば発電燃料輸入額も減少し、ついでに畑の周りにコンセントをつけてトラクターを電動にしてしまえば化石燃料の消費も減らすことが出来ます。

TV、自動車、住宅など最終製品より電気、ガス、輸送費など基礎的な分野でお金を使うほうが民間ならではの工夫に繋がり、産業振興に貢献するように思います。

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[経済]

日本の金融

国債の発行残高が1千兆円近いところにきている中で、一体誰が国債を保有するのかと言えばほとんどが金融機関、そして日銀だそうです。
私は金融音痴、特に国際金融はいくら新聞の記事を読んでもここの問題の因果関係が理解できないし、繋がりません。

ちなみに日銀が発行する銀行券と購入した国債がほぼ均衡し、80兆円の水準だそうです。 国政レベルでの財政支出が削減できない中で震災復興を始め避けられない支出が増えています。 日銀が国債を購入せず、期限にすべて現金で国から償還を受けたらお札を刷り増ししない限り日本中の紙幣もコインもなくなってしまいます。

そんなに大変な額なのに国債発行残の1割程度、発行残高を減らし、ゼロにもっていくには節約に節約を重ねる必要があると思います。 一部の乱暴な意見ではどんどん通貨を刷り増し、国債を増発すれば市中の通貨量は増加してデフレからインフレに転換し、歴史的円高を終わらせることが出来るそうです。

そんなに簡単なことならすでに行われているでしょう。 通貨の信用が低下すればハイパーインフレになり、国家がデフォルトになるといえばいろいろ過去の事例を部分的に拾って、そんなことは無いというのです。

思うのは勝手ですが、借りたものは国債であっても返す必要があり、際限なく浪費した南欧諸国の結果を見れば金融崩壊は明らかだと確信します。

いくつか読んだ金融に関する解説書では歴史の比較の中で自明のこととしています。 つまりは借金も無く産業の国際競争力をつけた国家のみが健全な金融情勢を保つのですが、産業振興に財政出動は必要用件であり、震災復興予算に制約が無いのなら公共事業に投資しろ!という政治家がたくさんいて、整備新幹線も復活になりました。

新幹線が開通して経済振興を果たした地方都市は無いと思いますし、高速道路を作って一部の土建屋は潤っても国家経済の回復に弾みがつかないことぐらい自明であるのに訴え続ける政治家は新聞に氏名と意見を公表し、糾弾すべきでしょう。

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[社会]

社会保障給付費

2012年度の社会保障給付費予算は110兆円、7割は高齢者の年金・医療・介護に当てられます。 話題の子供・子育ては4兆8千億円と4%に過ぎないと日本経済新聞は評価していますが、5兆円弱は半端な金額ではありません。

薬局経営では今年の薬価改定で加重平均6%の切り下げとかゼネリック加算とか微々たるものに感じます。 政治の関与は厚生労働省の予算はいくらと決まるので官僚たちは各予算を削ります。 政治的圧力がかかって個別の予算削減にさじ加減が生じたり、大変な作業でしょうが待ったなしの事態なので大胆に削ってきます。

ばら撒き行政=社会給付費の膨張→消費税率改定と構図は明らかなのですが、程度の問題として自己負担・自己責任とのバランスはどうなのか、もし医療費は全額自己負担であれば国民全体がもっと健康に留意するのでは、そして真面目に医療に取り組む町医者も増えるのではないかと思います。

近所のクリニックの医師は高齢者に丁寧な応対で有名です。 朝開院前にヘルパーさんが高齢者の通院介助でその医者のところに連れてきます。 医者は高齢者の愁訴を際限なく聞き、適当な処置をするそうです。

近所の別のクリニックの先生は大学病院で長年臓器移植に関与してきて先端医療知識・技術のオーソリティですが、高齢者の愁訴に対し「年をとればいろいろありますよ」と聞き流すのでたいそう評判が悪いそうです。

どちらが正しい医療かは判じ得ませんが、医療においても過剰診療・医療でない医療報酬請求はざらにあるでしょう。

不正や過剰診療、介護保険においても同様ですが、そろそろメスを入れ、健康や介護においても自己責任・自己負担の考えを入れる時期に来ていると思います。 これを言うと猛烈な批判を受けますし、制度変更による不遇の事例を出しますがそれがどれほどの割合かはあまり話題になりません。

もちろん制度改定により救うべきでありながら救われない人が出てきますが、必要の無いこと・不正の排除、予算の削減が話題になっているときに困難事例を振りかざすより、それは別の制度して救済すべきと感じました。

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[生活]

ペットボトル

ペットボトルは便利な容器で、近年飲み物の多くはペットボトルを使用しています。 以前は業界の申し合わせで1ℓ以下の容器は製造されませんでした。 ビールや缶コーヒーなど缶入り飲料が多く、製缶業者に気遣ったのでしょうが、間は回収が進んでいるのに対してペットは回収は進んでいないので環境負荷に対する理由だったと思います。

ペットはポリエチレンテレフタレートですからフリース原料でもあり、改修してフリースに再生する業者もいましたが、その後話題が出ないところをみれば撤退したのかもしれません。

理屈の多い友人の弁によればペットボトルの再生は採算割れだそうで、合理的な使用はすうとうとして使うことだそうです。

かつてはじめてペットボトルをみたのはサントリーのビール容器でした。 ペンギンの絵を描いたひょうたん型の厚手の容器で、透明ではありません。 容器ほしさにサントリーのビールを買い、山登りに使用しました。 当時山登りにおいて行動中の水を入れる容器は塩ビかアルミのボトルでした。
ペット容器はこれらより軽くてある程度丈夫にできていて最適の容器でした。

私は今もペット容器に麦茶を入れて凍らせ、保温袋に収めて会社に持っていってます。 容器の汚れをとるものも売りに出されたこともありますが、茶渋がつくまで利用する人がいることに驚きました。

先日NASAの映像が出ており、研究員が机の上に山で使ったアルミの容器を置いていました。

ちなみに夏場喉を潤すのは麦茶が最適と思っています。 麦茶を沸騰したお湯に入れて作ると絵組みが出るので水出しします。 あっさりした麦茶は価格も安く、後味もよいです。 時々水出しの緑茶も使います。 紅茶、コーヒーの水出しは上手く行きませんでした。

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[社会]

シリア

シリアの内戦はアサド政権の一般民衆への虐殺と国連による常任理事国の中国ロシアが制裁に反対しているために泥沼化しています。 毎日のように一般市民が虐殺され、それもアサド政権を支持する者により無抵抗の女性、子供の虐殺と凄惨を極めています。

オリンピックが終わり、お祭り騒ぎが終わりましたがサッカー男子3位決定戦でも日本に勝利した韓国選手が韓国の竹島領有権主張をサッカー場で行い、メダル授与を保留される一方で、韓国メディアは英雄的行為と賞賛したそうです。

国際的な調整は国連をはじめ機能不全になっており、何でもやり得の感があります。 公正であるべきマスコミも国民感情を煽り歴史的事実に就いて議論しようとしません。

歴史を振り返ったとき、無益な領土紛争など意味が無いのにと思いますが、韓国も中国も他国の領土を掠め取り、第二次世界大戦の日本の戦争行為を批難して国民感情をあおりまくり、内政に問題があるから意図して外敵を作るくだらない手法が意味を持つほど近隣諸国の程度は低いということでしょうか。

シリアの問題も一連のアラブの春の経過と同じで、アサド政権は殺戮を繰り返す中で他のアラブ諸国と同じ運命をたどるように思います。

欧米諸国はもっとクールかと言えばシーシェパードの一連の行為など子供の喧嘩以前のように思います。 宗教圏や文明の先進性に関わらず感情を煽ったばかげた行為はいつまでも続くものだと思いました。 こうしたばかげた行為も50年も経てば各国の歴史の教科書に都合よく書かれ、インターネットを介して国民感情の扇動のネタになるのでしょう。

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[価値観]

国家公務員の平均給与

国家公務員の平均給与は37万2906円だそうです。 震災復興財源を捻出するため7.8%を2年間限定で引き下げた後の給与水準です。

国家公務員は争議権や労使協約締結件が無いなど労働基本権に制約があるから人事院勧告により賃金を決めます。 人事院勧告は民間の従業員50人以上の企業の賃金を調査して決めますが、年収でみると事務次官2044万円、本省局長1556万円、本省課長1074万円、平は273万円、妥当と言えば妥当のようで高いといえば高い気がします。

民間企業において賃金の決定要素の一つは相場によります。 いくら業績が悪くても低い年収で募集を出せばそれなりの人しか応募してきません。 よほど特殊な仕事でやりたい人にとっては収入に代えがたいものであれば相場は関係ないかもしれません。 例えばプロ野球の選手で2軍登録の人はかなり低い年収と聞いています。

一方調剤薬局勤務の薬剤師などは制度ビジネスであるため、一人の薬剤師が企業に貢献できる利益が決まっているので相場の影響は大きいです。

賃金決定要素のもう一つは労働分配率、粗利益のどれだけを賃金に配分するかの指標ですが、企業が存続するためのコスト、次世代への展開の調査費や投資に関わるコストを考えると赤字でなければすべて人件費に投入というわけには行きません。 最近のように経済環境がめまぐるしく変化する時代にあっては予備費としての内部留保を含め企業存続のコストは大きな割合になってきます。

アメリカの投資家の話でよく聞くものは、企業の内部留保は悪でより大きなリターンを得られる当てが無い場合は配当すべき、というのがありますが程度の問題はあっても基本的に違和感を覚えます。

公務員の報酬で相場を考えれば、応募者にとっておいしい職業であるから応募者が殺到するわけで、民間以上に殺到する現状を踏まえればもっと低くてもよいと思います。 労働基本権の問題を国家公務員の働くものにとって不利な状況ととらまえるなら倒産しない事業体であることを考えれば制約とチャラに思います。

次の労働分配率を公務員に当てはめると国家財政が破綻の危機に瀕している中で公務員賃金はもっともっと下げるべきでしょう。

何度かこのブログでも紹介しましたが、優秀で高い評価に値する公務員の年収は高くてもよく、保守反動で公務員機構の保身に注力している上級公務員は懲戒解雇にすべきです。

そんな公務員がいないという向きがあれば、ゆとり教育の失敗や天下りの構造を工夫したのは国家公務員、それもかなり上級職のやからではないでしょうか。

国家公務員の評価は一般国民から見えにくいですが、民間企業も同様で、内部告発制度を充実し、告発に当たっては社会にオープンにして調査の上切り捨てればよいことです。 内部告発は出にくいでしょうから民間から上級公務員に採用すればそういった動きも活発になると思います。

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[会社運営]

中止企業の盛衰

かつて零細企業は10年で9割が消えてゆく、という話を聞きびっくりしたことがあります。

実際は企業数の2.0%が毎年設立され、6.2%が廃業するそうです。 当社は設立37年で自慢できる年数ということになります。

毎年全企業数の4.2%が減少するわけですから仮に全企業数が100万社あれば42000社が減少しますし、62000戦車が廃業し続けることになります。

介護の業界をみていてもどんどん新しい企業が参入し、消滅してゆきます。 当社より規模が大きく、事業として成功に見え、急成長している企業が廃業したりするとなぜと首を傾げますが、あとで聞くと過剰融資を支えきれず、銀行が身売りをさせる場合が多いようです。

またその分野では大手でも銀行管理の会社も多いようです。 介護保険が始まって12年、若い業界だけに仕方ないのかとは思いますが、経営者を見ているとはじめは『お願いします』と頭を下げていた人がヨーロッパ車を乗り回すようになり、服装も派手になってゆきます。
さらに時間が経つと不摂生のためか体がブヨブヨになり、顔色も悪くなります。 言い方は悪いですが貧乏人が金持ちになったらこんなものかと思います。

もちろん私も貧乏人で、他人が見れば同じように見えるかもしれません。 話をして気づくことは将来を見通していないことです。 話題はゴルフなど遊びの話か目先の困りごとです。 会社を経営していればもっといろいろ話題があるはずですが。

新規設立企業の全企業対比2%は分野としては介護が多いと思います。 介護分野のような制度ビジネスは小資本での立ち上げが容易で、所得が二極分化している現状では『起業してみよう』と考える人は多いはずです。

それが毎年6.2%廃業するわけですから出入りは激しいことになります。

先ほどの経営者の印象からすれば、経営者にセンスがあればその企業は存続するほうに入るでしょう。 私が思う経営のセンスは儲かる方法に集中するだけのことなのですが。

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[生活]

お金持ち

最近お金持ちのお宅に招待され、そのベランダから花火を見物しました。 所得階層の二極化が話題になって久しいですが、招待してくれた人は二極化の金持ちに入る人です。

お金持ちの定義は明確では無いと思いますが、所得税の最高税率を超えている人が基準の一つと思います。 怪しげな知識で言えば、資産所得で1800万円/年、給与所得で2400万円/年を超える所得が最高税率の50%だったと思います。

つまり給与所得が3000万円なら600万円は50%課税で300万円の税額になりますし、それまでの所得段階で50%以下の課税がなされます。
だから3000万円の給与所得があっても可処分所得は大幅に減額されます。

お金持ちの定義の2番目は住んでいる家ですが、先日も高級住宅街である苦楽園界隈の家を見てきたのですが、底地の広さ、家の大きさ、豪華さ、立地の利便性等考えて数億円はする家が林立しています。

最後の定義は車、ヨーロッパ車は当たり前で複数台所有されている場合がほとんどです。

その他こまごました出費を足してゆくと年収1億円、可処分所得5000万円ぐらいから金持ちか? というと日本では数千人でしょうか?

ずっと枠を広げて年収1千万円を金持ちのキリとすれば、住まいは70平米ののマンション、車は無理して国産2000cc暮らすといったところでしょうか。

近所にディスカウントストアのドン・キホーテがありますが、その駐車場に何割かヨーロッパ車が停まっています。 ベンツでコインランドリーに洗濯しに来る人や銭湯に来る人もみます。 違和感を感じるのですが、一般的にお金持ちと感じる物がそろっている人が本当の金持ちで、車だけヨーロッパ車の人は『だけ』金持ちかもしれません。

ちなみに花火に招待してくれた人は私が感じる金持ちの要素を多く兼ね備えた人でした。

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[趣味]

東京物語

イギリスで世界の映画監督358人が投票で決める最も優れた映画に小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)が選ばれたそうです。

小津監督は生誕100年を超えた人で、この作品の出来た1953年はくしくも私の生年と同じです。
かつてNHKのBSで小津作品をシリーズで放映した折、何作か見ました。 本作品の主演は笠智衆、原節子、小津作品ではよく出演されています。

私は映画の評論が出来ないまったくの門外漢、息子に「父さんの好きな映画は使った火薬の量と飛び交った弾丸の数で決まるんだね」と厭味を言われたほどで、いろいろなものが爆薬で破壊されてスカッとするほうです。

そういう意味で小津作品にコメントは出来そうもありませんが、あえて感想をいえば笠智衆氏は私にとっては痩身で背筋を伸ばし、茶の間に座って顔だけ相手に向けてほとんど動かず話をするだけ、それを茶の間の中から同じ視線で撮影し安定感のある映像で、話題も日常の話題、特に怒りや妬みや大きな喜びに繋がる話題も無く、平穏な日々を同じような語り口で進めていくところに何の刺激も面白みも感じませんでしたが、別に退屈でもなく何作かを見ました。

このような作品が多くの現代の監督や評論家に支持される普遍性があるのでしょうが。

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[生活]

大王製紙

大王製紙の前会長井川意高氏が会社資金106億円引き出し、カジノに投入した会社法違反事件の公判の模様が新聞に掲載されていました。

100億円を越える金額に衝撃を受けた事件でしたが、創業者井川高雄氏の息子で、さぞかしぼんくらな人であろうと想像していましたが、実際は東大卒でワンマンの父親と違い、誰より早く出社して社員の話に耳を傾け、経営手腕もそれなりに評価される人のようでした。

製紙業界は合併を繰り返し巨大化しており、井川元会長もいずれという話を周辺に漏らしていたそうです。 既に消滅した大昭和製紙の代表であった斉藤了栄氏(名前は間違っているかもしれません)がゴッホのヒマワリをオークションで落札した話も有名で、製紙会社の創業家やトップの絶対権力はたまにニュースになりました。

井川前会長はこのような体質を変えようとしたのでしょうが、企業の体質が変わるのに一代のときがかかるのでしょう。

当社は設立後37年を経過しましたが、この間黎明期が長く、企業風土が強固に固まることはありませんでした。 企業風土は確かにあり、時代に応じたものがより成長に寄与すると思いますが、オートマチックに変化するものではありません。 しかし日々変化し、それは経営サイドが手を抜けば誰かに取って都合のよいものに変わってゆくと思います。

最近営業部隊がスローガンにしていることは二つあります。
①凡事徹底 ②高速レスポンス
現場の営業マンが凡事徹底を行うか、それはその人の感性にもよるのですが、管理職は凡事徹底を言い続けることが凡事徹底の風土を築くことに繋がると思います。

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