監査役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[会社運営]

中小企業の経営

昔、経営者になりたての頃、一人で予算を作成し、一人で方針を決めていました。 取締役会もなく、それを実行するすべもなく、絵に描いた餅でした。 顧問税理士は大学の先輩でしたが、「後ろを見てごらん、誰もついて来ていないよ」と揶揄されました。 しかし全く私は意に介せず『どうすれば皆が付いてくるのか、そもそも計画に難があるのか?』などと考えていました。

それから10数年が経過する中で取締役を選任し、取締役会を開催し、権限を委譲し、何回も予算編成をみんなで行い、その周知のためにこれまた半年ごとに全社員で総会を開き、周知も図りました。 その結果多くの社員が予算やそのもととなる事業計画に沿って活動し、予算達成を目指し、私の実務は、少なくとも当時の実務は軽減されました。 税務顧問はその後変わりましたが、もし会うことがあったら「どや」と言ってやりたい気がします。 批判はできるし正しいと思いますが、結果を伴った行動には敬意を払うべきでしょう。 たとえやり方がハチャメチャであっても。

しかし、私の仕事は減ったはずなのに逆に増えていて、徐々に日常生活を圧迫し始めています。 どうも私は一つ駒が進むと先読みする癖があるようです。 単純な経営の一歩は割合簡単に、ハチャメチャな方法でも進めることができます。 しかし次のステップはなかなか難しいようです。 次にやらなければいけない事が沢山見えてきてどれから手を付けてよいかわからずアップアップです。

初心に還り会議で幹部の意思統一のために会議を開催しました。 実務レベルの課題について決定する会議です。 その際、議題を自分で考え、方針も打ち出し、決定はみなさんの協議にゆだねるようにしました。 これは大変労力のいる仕事です。 同様のことを取締役会でも行いますが、こちらは方針に関することが多く、新しい会議=企画会議のテーマは方針に沿った実務の議題ですから、結局自分で方針から方針に沿った実務まで仕切ることになります。 あまり多くの反対意見が出ないので自分で料理して自分で食べているようなものです。

商売は昔から『牛のよだれ』というそうですが、私は『金魚すくい』と思っています。 弱そうな金魚=結論の出やすいテーマに狙いをつけ、掬いに行きます。 しかし拙速は禁物、水につけて素早く掬いにゆくと紙は破れてしまいます。 そろっと、そろっと、忍の一字で皆の共感を得ながら歯ぎしりする日々が続きます。

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[社会]

三宮・元町の繁華街

三宮まで行き、元町に向かっての繁華街を散策してきました。 天王寺に住んでいるとウィンドショッピングはハルカスをはじめとするJR天王寺駅界隈や難波、心斎橋にゆきます。

心斎橋は有名ブランド店が軒を並べ、なるほどと思います。 フェラーリーをはじめとしてヨーロッパ車のショウルームもあり、ぶらついて飽きることはありません。 カルチェやルイビトンの店は狭い入口に黒服を着た男性が立っており、私のような場違いな人間を威圧します。 もちろん店に入る気はしません。

しかし三宮の高架下は昭和の匂いのする商店街、人が行きかうのに窮屈な通路に多くの個性的な店が並び、たとえ夫人靴の店であっても大変愛想がよく、並べている商品も優れたものが多いように思います。 その分お値段もそれなりですが。

雑然とした店をのぞきながらお気に入りのものを探す楽しみがあり、それが聞いたこともない海外メーカーであっても店員は講釈をしてくれ、妙に説得性があります。 冷やかしなので店を出て隣の店を除くと餃子専門店、それも満員です。 心斎橋の御堂筋に面したところに餃子専門店はありません。

人出で言うと心斎橋は人が多すぎます。 東京の繁華街に行くと通行そのものが難しいような人の数、三宮はそれほどではなく、適度に分散しています。 高層階の店舗が少ないことが人の密度を薄くし、程よい賑わいになっていると思います。

関西に住んでいればハルカスもよいけれど三宮、元町界隈をお勧めします。 食に関しては低価格の店が多いように思いますし、スイーツや中華はなかなかのもの、前回は寿司屋を見つけて入りましたが大阪でもお目にかかれないような良い店をたまたま見つけました。

私は猥雑さとともに発展する大阪の繁華街も好きですが、神戸の繁華街は大阪との対比で個性的であり、出向く価値を感じました。

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[社会]

景気

景況感という指標があります。 経営者に以前に比べて景気が良くなったかというアンケートを集計し、『良くなった』から『悪化した』という回答を引いて割合を出すものです。

生活での実感を調べる意味でタクシードライバーにアンケートをとるものもあります。

医療・介護の業界にいると景況感を肌で感じることはあまりありません。 高額医薬品の処方せんをもってきた人が3割の自己負担額を聞いて怒り出し、「そんなに高いのなら要らん」と言って帰る客が続出するかと言えばそうではありません。

医療・介護で一番肌で感じるのは求人の応募者でしょうか。 就職氷河期と言われた時期では多くの応募者が応募してこられました。 しかし今ハローワークで求人を出しても応募者は少なく、大学まわりをして現4回生の求人を行っても応募する人は少ないです。 そんなに室卒の内定率が高いかと言えばキャリアセンターの人に聞くと3月で内定の出ていない学生さんも多いようです。

貿易赤字は2月が8000億円、20ヶ月連続赤字で企業がそんなに求人するとは思えません。 一部の輸出関連企業は円安効果で決算数字は良いようですが、割合としては少ないと思います。 またそのような輸出関連会社は海外に拠点も多く持っているから外国人を雇えばよいのにと思ってしまいます。

当社も零細企業ながら必死で求人活動をつづけ、一定の成果を上げています。 就職氷河期より良い人材が採用できている印象です。 求人難でどういうことかと言えば単に採用のハードルが上がったにすぎません。 今まで安易に採用していたレベルの人は採用しないようになったので質が良くなったようなわけです。

もちろん以前に比べて応募の絶対数も減少しているわけですから採用コスト・労力はバカになりません。 採用を増やした企業もひたすら採用者の質を上げようとしており、どこの企業も分野も同様な苦労をしていることと思います。 特に採用人数が多く、賃金は低いが仕事のきついスーパーマーケット業界の人は合同企業説明会なので会い、言葉を交わすと「あと150人です」と言っていました。 店舗要因は決まっているわけですから絶対数を確保しなければなりません。

その点当社はふさわしい人材が採用できなければ出店を断念すればよいと考えていますから比較的気楽です。 それでも計画があるわけですから、採用したい気持ちには変わりありません。

では良い人材とはどのような基準かというと、面接の質問に的を外さず答えることのできる人、ぐらいのことで蒸すがしいものではありません。 こちらが「本は読みますか?」と聞いてコミックの話を延々する人がいますが、コミックを否定しないまでも『本』といえば活字になり、絵ではありません。
「あまり読みません」というのも怪しい答えで、問いただすと全く読まない意味でおっしゃっています。 読まないなら読まないと言えばよいのにと思います。 そして本も読まない生活で物を考えることがあるかよく考えてほしいものです。

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[会社運営]

将来ビジョン

『思えばかなう』という言葉があります。 何かになろうとか何かしようという思いがあって初めて思いが実現してゆくもので、そもそも思わなければ実現することはありません。 運命ではなく意志の力で状況が変わるわけですが、常に思いが実現するわけではありません。

採用面接をしていて「あなたの夢はなんですか?」とよく聞きます。 語るものが無ければその人は状況に流されてゆく、そのような夢をもち、実現に向けて努力している人はいずれ報われると信じています。

そのために会社を経営していれば夢にあたるビジョンをしっかり描いていなければ、その企業は発展する可能性が小さいと言えます。 経営者が夢やビジョンを描き、それが職員に浸透してゆけば早いペースでビジョンは実現に向かうでしょう。

採用面接の話に戻って人に聞くからには自らも経営する企業のビジョンを描かなくてはなりません。 会社のことですから夢といってもまずは数字からになります。 売上、利益、従業員数それに何時までにが話題になります。 しかし夢を共有するためには世界一の性能の製品作りとかイメージしやすいものが必要になります。

製造業に対して当社のような小売業ではイメージを作りにくく感じています。 小売業で規模拡大を図ると全国展開とか、海外進出とかのイメージになります。 当社は今のところ薬局と介護ショップですから自社企画の車椅子を制作するとかもありますが、自社企画製品がマーケットで大きく評価されるのはハードルが高いものがあります。

高い事業品質など抽象的なものはイメージが描きにくいものです。 そもそも会社の夢は「なるほど」と思えるようなものでなければならないし、そうなりたいという職員の思いに繋がるものでなければなく、そういう意味でみんなの話を聞いたりします。

大抵は目先悩んでいることが多く、第一印象をよくしたいとか話がうまくなりたいとかです。 それだけなら身だしなみを良くして清潔感を演出し、鏡の前で笑顔を作り、ロールプレイイングを行って説明能力を高める、私は空いた時間にそれこそ電車に乗っているときなど頭の中でロールプレイイングをやっています。

こうした地味ではありますが前向きの事を続けていなければ人はなぜか『効率化』とか『内部批判』とか後ろ向きになります。 個別の問題がおこり、もぐら叩きのように問題対処に追われることになります。 うまく問題が解決すればその部分は改善されるでしょう。 モグラを叩きまくれば無難で小ぶりの組織になります。 日本の組織社会の特徴かと思っていましたが、皆が賛同できる将来ビジョンを作ることはもぐら叩きの殆どを不要にしてしまいます。 問題があるから対処しなければならない、問題の多くはその部署の人の問題、それらの人もビジョンに寄り添うようになり、多くの問題が消えてゆきます。

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[生活]

お金の使い方

 

新聞に大阪弁の解説が掲載されていました。 その中で『しぶちん』と『けち』は違うと書かれていました。 60年大阪に生まれ暮らして、その違いが解りません。 『しぶちん』のほうが非難がましさがないように思います。

私はお金の使い方は地味で、『しぶちん』だと思います。 お酒は飲みませんし、服装に贅を凝らすこともありません。 美食家でもありません。

 

 

たまに気が向けば趣味のもので高額のものを買うことがあります。 高額と言っても普段の支出基準からすれば高額で、同類の中で安い部類のものを買います。 たとえばオートバイ、かつて排気量1300ccの大型バイク新車を即金で買いましたが、このクラスで一番安いものでした。 希少性よりメンテナンス、燃費、扱いやすさで選んだからです。 今乗っている小型バイクは約20万円ほどの中古です。 気に入っているので傷が入っていても多少汚れていても気になりません。

いま来ているスーツで一番古いものは25年ほど前から着ているものです。 それで銀行に行ったら「オシャレですね」といわれ、逆に驚きました。

 

 

食品も国産で一番安いものを買うようにしています。 洗濯機や冷蔵庫、エアコンは引っ越し時に必要に駆られて高額のものを買いましたが、モデルチェンジ直前にメーカー希望価格の半値程度で買いました。 唯一タバコは全く無駄でかなりの支出になります。 おおよそ3日で2箱、かなりの額になります。 こんな生活をしているので大した所得はありませんが貯金は増えてゆきます。 お金は嫌いではないので増えることに喜びがありますが、なぜか残高は大きく増えません。 昔占い師に「お前は死ぬまでお金に困らない、しかし食うてちょん」と言われました。 お金は残せないタイプのようです。

 

 

それなら思い切って使えばよいようなものですが、普段から浪費する習慣がないのでなかなか思い切って使えません。 気に入ったスーツを見つけ、値札を見ると15万円、一度袖を通して買いません。 「ええい、買うぞ」と気合を入れて買うスーツの上限は5万円程度でしょうか。 その値段で皆が振り返るようなものを買ってしまいます。 これも『しぶちん』だからでしょう。 親譲りなのでしょう、両親も似ています。 学生の時に小遣いが足らなくて困っていると珍しく父親が財布から500円札を出して「こずかいをやろう」と言ったのを思い出します。 当時でも500円で買えるものは知れていました。 「いや、いいよ」と断ったのを覚えています。

元の話に戻って『しぶちん』の定義は個人的には『質素』としてほしいですね。 お金で買えるうれしさ、温かさはあるけれどお金の大きさに必ずしも比例しません。 しかし使うタイミングは大事で、ほしい時、ほしい物を買えるよう質素に貯蓄に励むことが『しぶちん』の真骨頂です。

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[会社運営]

リーダーシップ

会社運営に携わって長い間わからなかったことにリーダーとマネージャーのちがいがありました。

実務としてある程度参考になったのはドラッカーの言葉で、『そもそもリーダーとは付き従う者がいることである』と言うのがありました。 付き従うからにはリーダーは進むべき方向を示し、先を行くことになります。

一方マネージャーは『教える立場』と言うことになるでしょうか。 リーダーもマネージャーも特定の管理職に当てはまるということではないと思います。 下位の管理職は新人を教える立場ですから課長と呼ばれるようなポジションの主要な業務はマネージャーになります。

一方会社の代表や役員は下位のものを教えるよりも(教える局面はあると思いますが)経営方針を立てるなど進むべき進路を示す役割が大きいことになります。

リーダーが経営方針を立てても部下がそれについてゆこうとしなければリーダーとは言えません。

世の中にはこのような考えと矛盾することがあり、取締役課長の肩書のある名刺をもらったり、そこそこ大きな会社の社長が現場の社員に具体的な指示を出したりするのをよく見ます。 現場への直接の指示は会社の代表であれば何か具体的な業務をこなしているような錯覚に陥るものです。 またどちらかと言うと好き嫌いの問題から説明しやすい行動かもしれません。 現場の好きな社長は現場に指示を出したがるものです。

私はそれをすると現場のマネージャーを否定することになるので現場への指示は極力出さないようにしています。 「小さい会社で何を偉そうに」と批判を受けるかもしれません。 しかし小さい会社でも会社の進むべき方向を真剣に考え、示さなければ生き残ることはできません。

もちろん私もどの人にも振れない業務が発生した場合に実際の仕事をします。 「薬局で薬剤師に掃除をしてください」と言ったらまともな掃除をせず、反抗的な態度が目立ちました。 私は1時間早く会社に行って掃除をすることにしました。 5年程度続けて薬局の責任者が変わって初めて「自分たちで掃除をします」と言ってくれました。 私は掃除をするのが目的ではなく、患者様に薬を提供する薬局の場は清潔でなければならないことを伝えようとしたわけです。 5年かかってどうにか伝わり、根付いたようです。

零細企業のリーダーシップは本を読み、セミナーに出るだけでわからないものもあると思いました。 薬局のセミナーで薬剤師への指示がままならないというのかテーマになっていました。 セミナーの答えはコンサルタントを入れて社員教育をすることでした。 それでうまく行く場合もあるのでしょうが、薬局経営者は自らそれを考え、実践することが求められているように思います。

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[習慣化]

日々の言葉

私は毎日、今日一日の行動規範となる言葉を選んでノートに書きます。 毎日変えるわけではありません。 最近はほぼ毎日同じ言葉を選びます。

ここ数か月は『少しずつを確実に!』と『感情に支配されない』です。 ここ数か月、私が対処しなければならない課題が数多く起こりました。 15年間の経験の中では仕事の重みは一番です。

私の仕事は殆どが意思決定、何かを決めるには情報を集め、個々の情報の意味を解きほぐし、イメージを作って行きます。 そのイメージのままで上手く行くか、関係する人の意見を聞きながらイメージを肉付けしてゆきます。 したがって普段考え続けていることでないものは時間がかかります。 今まで一番長く考え続けたのは10年程度でしょうか。

周囲の人間は私が短気で瞬間に判断するように思っている人が多いかもしれません。 そのような判断も確かに多いです。 瞬間に判断しているのは似たようなことを過去に考えたことがある場合です。

情報の収集は一番時間がかかり、得た情報の意味を考えなければなりません。 信頼できる人が伝えてくれた情報であってもその人の目を通し、頭で考えたことを言葉にしていますからそのままを受け入れることができません。 その人の保身やその人の価値観で情報そのものが歪んでいるかもしれません。 その人の情報の評価ができない時はじっと待って成り行きを見ます。 そしてその情報の評価をします。 成り行きを見るのは時間もかかり、忍耐のいることで、情報の評価ができた時には「こうしておけばよかった」と言うことも沢山あります。

それでも評価することに躊躇いがあるときは何も決めずに待ちます。 そして評価できるようになった時、感情に駆られて判断する愚を最も恐れます。 待ちに待って思い切った決断をなし、いわゆる『どや顔』することが経営の醍醐味ではありません。 何事もなかったように日常が流れてゆき、それなりの結果利益が出ておればそれば優れた経営のスタイルの一つです。

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[生活]

節約

大阪の最低気温がずいぶん下がり、私の住んでいるマンションでも起床時の5時ごろでは10℃を下回っています。 体感として10℃は私の中で暖房を必要とする温度と勝手に決めています。 数年前から室温が10℃を切ると暖房を入れる生活をしてきました。

10℃と言うのは低いのではないかと思われるかもしれませんが、服を着込んでしのげる温度でしょうか。 子供のころ住んでいた家は古く、そして広いので土間のバケツの水が冷え込んだ朝は凍っていました。 その家を大規模にリフォームした時、隙間風がなくなり何と暖かい家になったものだと思いました。

その後マンションに住み、さらに暖かな環境になりました。 マンション住まいは結婚後で家族もいたので適当に暖房するようになりましたが、基本的に冬は炬燵とファンヒーターの生活で暖房費が気になったことはありません。

東京都知事選挙で原発廃止を掲げた細川元首相が桝添氏に敗れ、震災後の反原発の動きはなんだったのかと思うほど原発容認は復活しました。 私はもともと極端な原発反対派ではなく、海外で多くの原発が稼働している中でヒステリックになっても仕方ない、反原発の人が私と同じ水準で電気を節約するとも思えない気がします。

しかし、原発を稼働させるにしても廃止するにしてもエネルギー消費は抑えるべきで、照明をLEDに変えるとかサッシを二重にするとか、食べるもの着るものも節約すればよいのではと思います。 服を作るにも石油も電気も必要です。

日本経済はアベノミクス以降上向いたと言われていますが、たまたま日銀が国債を購入して円がドルやユーロに比べて下落し、輸出ドライブがかかったというだけのことです。

貿易赤字は新記録を更新しています。 デノミ脱却のため企業に賃金を上げろと政府は言い続けています。 程度の話はありますが、日本の平均所得が増加し、国内消費が増え、法人納税額や税率を倍増させる消費税により財政赤字が消えるという発想は一面的であります。

最近の新聞記事を見ていると日本の法人税率が国際比較で高く、日本の製造メーカーは海外生産比率を高めています。 30年前、輸入車は外車でしたが、最近は輸入の国産車がたくさんあります。 ただ単に日本に本社があるから海外生産されたものも国産車と言うことです。

トヨタの生産する車の多くは海外販売で海外生産が多く、税金の安い国にトヨタが本社を移転すればプリウスは立派な外車になります。

関西系企業と呼ばれる大企業は登記上の本社を大阪においていても本社機能は東京に置き、社員も東京のほうが多い、大相撲の上位力士は外国人で占められている、日本人の野球選手のトップは大リーグに移籍する、国際化の例はいくらでもありますが、日本の国が人にとっても企業にとっても暮らしよくなければ日本から人や企業がいなくなってしまいます。

結局はもともと節約志向である文化など日本の文化を守る政策を続けなければ国境をまたいだ人・モノ・金の流動化の差引はマイナスになってしまうでしょう。

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[採用]

就活

TVで就活のニュースをやっていました。 ある就活学生はネット経由で100社エントリーしたとか、その便利さがニュースでは強調されていました。

一方採用側ではネット業者を通じて求人すると応募が殺到し、ふるいにかけるための作業に追われているそうです。 書類選考では3万人の応募者を2千人に絞り込み、28千人を振るい落とすそうです。 その企業は次の選考で採用担当4名で対応できる人数を2千人としているそうです。 採用担当一人当たり5百人を選考するわけですから大変です。

一方でネット業者に高額の手数料を払い、多くの応募者がエントリーするものの採用担当が電話連絡しても電話に出ない、もしくはエントリーしたことすら忘れてしまっているという対応が多く、ネット経由の求人を考え直す企業も出てきたそうです。

ネット業者はクライアントに一定の応募があるように応募者にエントリーするよう促しますし、一斉エントリーができる便利さを提供します。 応募者はあるジャンルを選ぶと自動的にそのジャンルに属する企業がリストアップされ、一斉エントリーできるような方法です。

当社もネット求人を考えたことがありますが、あまり気が進みません。 とりあえずエントリーした人にあまり関心がわかないからです。

そもそも応募者はどのような企業に、もしくはどのような業種に勤めたいのか社会経験が乏しければ絞り込めません。

楽な仕事が世間に溢れているわけではありません。 年収が高い職種は仕事の難易度が高いのは当然で、責任も当然大きくなります。 長い時間の経過の中で仕事の負荷と収入は均衡してゆくでしょう。 しかし「残業は多いですか?、有給休暇は取りやすいですか?」など楽したい発想が透けて見える応募者も多いです。

有給や残業に関していえば、有給休暇はなくし、休んだ分は賃金から引かれる、そのほうが公平性は高いように思います。 残業は払わざるを得ませんが、当社でも残業の多さを注意すると仕事量が変わらなくても残業しない場合があります。 工夫はできるということでしょう。 だらだらと仕事をして残業を積み増しする職員は、つまり生産効率が一定程度下回る人は柔軟に解雇できるようにするほうが雇用者・勤務者の双方にとって合理的に思えます。

日本の労働法の趣旨と現実がそぐわなくなってきているのではないでしょうか? 米国のように雇用が流動化しつつあるとき、そして法に認める権利を行使する一方でバランスはとりにくいように思います。

このような話をすれば「お前のところはブラック企業?」と疑われるかもしれませんが合法的にすべて処理しています。 その一方で生産性の割に高い所得の人がいてバランスが少し崩れているのも事実です。

 

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[採用]

ブログを私が書く意味は?

採用面接で最後に3つ質問を受けることにしています。 採用面接では求人側は応募者がどのような人か見極める必要がありますが、一方で求職者側はどのような会社か、自分が勤めるのにふさわしい会社かを見極める必要があります。

3つの質問は両者にとって知りたいことにこたえる面接手法と思います。 質問は会社を代表する私個人への質問でも会社そのものに対するものでもよく、雇用条件や仕事内容についてはすでに説明した後での質問なので、私の価値観であったりします。

採用者側としては応募者が職を選定する基準が何か、がわかります。 就職なのか就社なのか、どちらも大事です。 もちろん会社の代表がどのような人間か好奇心もあり、3つの質問のいくつかにそれを織り交ぜる人もいます。

本来は質問の趣旨を明かさず、フラットな気持ちで聞きたいことを聞いてほしいのですが、緊張や不安から質問が出なかったりするので、最近はこういう趣旨で質問を受けますと説明しています。

「仕事で一番大事にしていることはなんですか?」という問いに対し、答えは多岐にわたります。 人事労務の課題に取り組んでいるときは疑問なく「従業員を大切にすること」と答えてしまうかもしれませんし、事業成績が落ちていれば「そもそも会社は継続させねばならないのでそのことに注力しています」とか、クレーム対応の時は「コンプライアンス」と答えるかもしれません。

どれも会社の維持発展や職員の幸せを考えれば普遍的な優先度を付けられないことで、総括的に「企業の維持発展」と言ってしまえば具体性が乏しく、質問者の期待を裏切ります。

つまりどの答えも正しく、状況に応じて答えが変わるということです。 仕事で一番大切にしていることは経営マターになることで目先の課題に対処すること、目先の課題がなければ将来ビジョンや長期戦略を考えている場合が多く、それはそれで大切なことだと思っています。

何かに関心を持つ、それを言葉にして説明する、それを聞いて話し手の意図が正確に把握できる、それがコミュニケーションで裁判における口頭弁論や契約交渉では必要なことでしょう。 もちろんこのような緊張感あるコミュニケーションは非日常的で、普段のコミュニケーションは「今日は寒いですね」といったたわいもない、つまり意思決定や考えを正確に共有する以外の会話が多くあります。 それもコミュニケーションの潤いという意味では必要ですが、毎日の会話をすべて録音し、潤い会話をすべて外すと何も残らない場合もあります。

私の友人にもそのような人がいます。 たまには考えなければならないことを投げかけてもよさそうなのですが、今まで一度もそのような会話はなかったように思います。 彼から見れば私はずいぶん理屈っぽい人間かもしれませんが、長い間、それこそ10年弱の付き合いです。 その彼が採用面接に行くことがあれば、個人的な興味ですが、どのような受け答えをするのか聞いてみたいと思います。

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