監査役BLOG

会社を見る鳥の目

経営者の目線で、日々の思いやできごとを綴っていきます。

[採用]

採用

この話題は何度も取り上げました。 当社はほぼ常時求人をハローワークに出していますが、応募が少ないです。 少ないということは応募そのものがあるのですが、中小企業の採用人数は知れているのに求人が満たされることはありません。(この10年)

まず薬剤師ですが、薬剤師で職を探している人はほとんどが紹介会社の登録で職を探すようです。 以前はハローワークで探す人もいましたが最近はハローワーク経由での応募はありません。

紹介会社を経由すると求人側は採用年次の予想年収の25%くらいがコミッションとして課金されます。
紹介会社はいろいろな媒体に自社の広告を出し、薬剤師の登録者を集め、聞き取りをして条件が合う企業を捜すことになります。 したがって紹介会社は登録者集めにコストがかかり、撤退するところも少なくありません。 事業として収益性が高く見えますが、ある会社は薬剤師の部門は赤字と言っていました。

薬剤師の立場で考えて見ますと、例えば調剤薬局の業務は制度で業務内容が決まるのであまりバリエーションはありません。 違うのは報酬で、小企業が多いため報酬にばらつきがあります。 業務内容がほぼ同じであれば少しでも報酬の高いところと考えるのは当然の話になります。

薬局のホームページや紹介会社のサイトには多くの情報が溢れ、ネットで高い報酬を見てそれが一般的であるように誤解する人もいるようです。 つまり、薬剤師としてのスキルや知識を考えればかなり高度な薬局でも自分が出来ると錯覚されるようです。

調剤薬局の経営者の立場で見ると数人いれば事足りる薬局で欠員が生じると法外な報酬で求人をする場合があります。 すぐに薬剤師が必要ですから赤字覚悟で求人を出します。 郊外で多いのですが、交通の便がよくないところでこの現象が起こります。 すると地域医療が立ち行かなくなる場合があります。

紹介会社の活動は薬剤師の流動化や報酬の平準化に寄与しますが、別の意味でも多くの問題を引きおこします。

絶対数が不足なら薬学部の定員を増やせばよいのですが、現在の定員でも需要は満たすようです。 6年制になって薬剤師の質が低下したり定員割れだったりと供給もままなりません。 要は薬学部に行き薬剤師になる人は薬剤師としての業務に付くべきなのでしょう。

そこで提案ですが、薬学部には国から一切助成金を出さず、つまり薬学部の授業料は高くして奨学金制度を充実させ、薬剤師としての業務に付いた人は奨学金を返還しなくてもよいシステムを導入してはどうでしょう。 さらに実際の調剤において薬を扱うことに付帯関連した多くの業務のかなりの部分を薬剤師以外のライセンスを設定して行う事が出来るようにすることです。 外国の調剤薬局ではこの制度か行われています。

国レベルで見ると失業率は大きな問題となっており、つまり巷に失業者が溢れる中で人手が足りない職場があることは矛盾といえるでしょう。

当社でよく募集する介護の営業職は少しは応募がありますが、なかなか採用にいたりません。 無理に採用すればミスマッチ、いずれやめることになるので十分吟味して採用します。 結果的にはほとんど採用できていません。 エントリーの3割以上は設定した面接日に来社しません。 他所で決まって連絡してくるのは良しとして連絡なく、エントリー時に聞いた携帯にかけると出なかったり、社名を告げたとたん電話を切ったり、その割合が高いのに驚き、怒り、しかしそのような人は無駄な面接時間を省くことが出来たと考えるようになりました。

当社の営業職が最高の職と言うつもりはありませんが、決して悪い職場ではありません。 なぜなら応募者の多くが理想とする『人として成長でき、社会への貢献が実感され、ある程度の収入が得られること』の条件を満たしているからです。

社内セミナーはそれなりに充実しているのですが、『人としての成長を・・・』と言っていた人が退屈そうな顔をしていたりします。 日本の初等教育制度がよほど歪んでいるのか、その親たちの価値観に問題があるのか、それとも我々企業経営者の求めてる人物像にゆがみがあるのか、難しいところです。

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[趣味]

ホンダNC700

写真のバイクはホンダnc700です。 インテックスまで試乗会に行ってきました。

このバイクの特徴はV型2気筒700ccのエンジンを搭載し、41km/ℓのクラス最高燃費です。 ダイハツの最新軽自動車が33km/ℓと目を見張るものがありますが、バイクはあまり燃費を気にせずエンジン設計を行っていますので、通常燃費は悪く、700ccクラスであれば60km/h低速走行で25km/ℓくらいでしょうか。 さらに実効燃費は悪く、発進加速を繰り返すと10km/ℓ前半になってきます。

このバイクの車重は200㎏強、人を乗せ、ガソリン満タンでも300kg未満です。 軽自動車は本体で800kgを越えますからいかに軽自動車の燃費技術が優れているか、またはバイクのエンジンが出力重視かわかります。

試乗した感想ですが、2気筒特有の排気音や低出力エンジンであるが故の加速感、想像はしていましたが予想よりきびきび感がありませんでした。 駐車場にコーンを置いての試乗コースで前進6速のセカンドにはいる程度、3分ほどの走行ではよくわかりませんが。

しかも試乗車はオートマチックモードでマニュアルモードでも指でレバーを操作するようです。 昔からバイクに親しんだ者としてオートマチックのバイクは物足りなさを感じます。 ましてネイキッド(昔からあるバイクのスタイル)では尚更です。 スクーターならともかく。

設計コンセプトははっきりしていてネイキッドのデザインで、お気楽に経済的に乗れるものでしょうからそれはそれでよく出来ています。 私は燃費を気にするほうで、このバイクなら北海道のロングツーリングでも給油を気にする必要は無いでしょう。 しかしそれなら車重をもっと軽くしてダイハツの軽のようにもっともっと燃費のよいものを開発してはいかがでしょう。

本だのスーパーカブは排ガス対策以前、100km/ℓを越えていましたし、これは当時サプライズでした。

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[経営]

稲盛和夫氏

日本航空が破綻してから稲盛和夫氏が会長に就任し、短期間で再生を果たしました。 このことは新聞でも断片的に何度も報じられていますが、日本経済新聞の日航・稲盛和夫4を読んで改めて感銘を受けました。

氏は日航再生の敵は労働組合と国土交通省と公言してはばからない記事を読みましたが、再生の障害がそうであっても従業員と国を敵に回すのは抵抗が大きいのではと思っていました。 さらに本当の敵は81歳という年齢ではないかと思っていました。

日航では月に1回業績報告会があるそうですが、約30人の役員が一人ずつその月の予定、実績、来月の見通しを説明するそうです。 報告書はA3サイズで毎月80~100枚あるそうです。 それを丹念に読み込み、質問をする氏は超人的な集中力だと思います。 そしてその中から細かな「パイロットが使うヘッドセットの修理代が増えている理由は?」と質問を繰り出すそうです。

それだけが仕事でも大変ですが、氏は京セラをはじめ、日航のほかの仕事もこなしているわけですから年齢は障害にならないようです。

私は今年60歳、還暦を迎えるにあたってリタイアをいつにするか、そのために何を準備するのか考えることが多くなっています。 私が会社員をしていたときに80歳前後の会長がいましたが、そんなに精力的に働いているようには見えませんでした。

当社でも月1回の取締役会でA4 30枚程度の資料が当日配布されます。 同じフォーマットですから見るポイントは決められ、あまり負荷はありませんが、記載内容が稚拙であるため要領よくまとめてくれるようにいつもお願いします。

仕事で疲れるのは私の場合会議、当社では各部署の責任者の報告が主体で、私は報告に対して問題点や課題を見つけ、それが問題でなくなるような提案を促すか問いかけ、意思決定しますから負担が大きいです。
次に人との面談、相手が社内外であっても出来るだけ聞き手にまわるようにするのですが、これもなかなか疲れますし、判った事を指摘するとそれが意思決定になって一人歩きしてしまいます。

そんなことで疲れる20歳以上若い私ですが、稲盛氏ともし比較されるのであればプロ野球選手と草野球チームの比較をするようなものでしょう。

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[生活]

黄砂

本日の夜から近畿地方にも黄砂が飛んできて、PM2.5も一緒に飛来するそうです。 花粉症の人は大変でしょうね。 この番組に使われた中国の黄砂の映像は砂嵐を連想させるような真っ黒な砂塵が平原の向こうから迫ってくる迫力がパニック映画のCGで作ったような映像でした。

私は1989年天安門事件の8月、中国青海省から四川省にかけて四輪駆動車で移動し、四川省の5400mのネンパオ イェッツェ という山の登攀を試みたことがあります。  結果的に登攀は失敗しましたが、途中の黄土高原は一面茶色の平原で、未舗装道路を走行すると雨が降っていればぬかるみ、晴れていればとても硬くなります。 地域の家はこの黄土の日干し煉瓦で出来ており、堅牢です。

この平原に強風が吹いて、黄土が舞い上がればニュースで流れた映像のようになるのは想像がつきます。 映像では草原のかなたから砂嵐がやってきましたが、草原のエリアは居住者がいるところと想像します。 そのエリアの向こう何百キロには一面茶色の黄土の沙漠がたぶん続いているのだと思います。

登山で移動したときは幹線道路で、人が住んでいるところでした。 人が住んでいるところは概ね草原で、雨も降るようですが、奥地は想像すらできません。 黄土の草原に雨が降ると黄土はどろどろになり、道路が崩壊します。 車で移動していると雨で通行できないところに行き当たり、何百台もの車が立ち往生しています。

その一台にガイドが「いつからいるんだ」と聞いたら「三日前から」と答えが返ってきました。 悠久の地です。 材木を運搬するトラックにただ乗りしたチベット人は材木の上で三日寝そべっているわけです。 夜はきっと寒いことでしょう。 我々は崩壊地点まで行き、岩を運んで道路を補修し、通過しました。 私は岩に指を挟んで爪を一枚飛ばしてしまいました。 こうど4500m地点では水分補給がままならず、高山病まで発症しました。

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[社会]

就職先ランキング

日本経済新聞に就職先希望ランキングが掲載されていました。 1位から3位は日本生命、東京海上、第一生命だそうです。 どのような人のデータなのか詳細はわかりませんが、企業の安定性、賃金の高さ、成長性などを勘案した結果だと思います。

当社はもし人気ランキングをもっと詳細にデータ取りしたところで10万位以内にランクインできるかどうか判りません。 何せ従業員100人を切る中小零細企業ですから。

就職先選定で重視するポイントは「自分の生活と仕事を両立させたい」、「社会に貢献できる仕事がしたい」です。 人気ランキングで記載されている最後の100位の企業はデンソー、100位までの企業は当然大企業で有名で、成長性のある優等生企業です。 うがった見方をすれば「寄らば大樹の陰」、そう思うのは中小企業で採用に苦労しているからかもしれません。

当社の応募者でも「社会に貢献できる仕事をしたい」は話題としてよく出てきます。 しかし反社会的なことを行っている企業を除けば社会に存在している以上社会貢献は大なり小なり果たしているはずです。
「たこ焼やは社会に貢献していないですか?」と聞くと応募者は絶句するか「貢献していると思います」となります。 「あなたにとって社会貢献とは難ですか?」と聞くとあまり明快な答えが返ってきません。
お客様に「ありがとう」と言われるとか、つまり社会貢献が実感できるかどうかが一つの答えのようです。 社会貢献と利益追求は相反するものとの固定観念があるようで、「ではNPO法人は応募されましたか?」、「ボランティアの体験は?」、「給与の水準は低くても良いのですか?」とか聞きます。

経営者の目線で言えば利益は社会貢献の結果で、勉強してテストでよい点を取ったことと儲かったことは同じだと思いますし、そもそも勉強しなければ(=社会貢献しなければ)テストで点数を取れません(=儲かりません)。
ただ点数を取るテクニック、事業で言えば儲ける仕組みは必要で、これが無ければ勉強しても高い得点は無理ですし、儲けも小さくなってゆきます。

言ってしまえば単純なことですが、当たり前のことを当たり前に行う、勉強でも事業でも、そこに善悪の判断を持ち込んだりするとややこしくなります。

しかし多くの人がそんなに単純に考えられないような消費者経験をされているのかもしれません。 例えば言葉巧みに進められ、不要なものを買ってしまったとか、しかし多くの場合、消費者の自己責任も問われることになります。

この話題で、私の尊敬する人が面白い事例を教えてくれましたので紹介します。
ある味噌を販売する人がポリ袋入りの味噌を安い値段でスーパーに卸していたのですが、木の小さなたるに入れ、美しい包装で、つまり高級品に見せかけて高い値段で販売し、ヒットしたそうです。 これを経営者セミナーで発表したら多くの参加者から「商道徳が劣る、詐欺まがいだ」と批難され、本人はひどく落ち込んだそうです。 私はその話を聞いて善悪の問題を感じませんでした。 まずい味噌だとクレームの嵐であれば問題ですが、高級感ある容器に入れて味噌を売ったにすぎず、仮に対しておいしくない味噌であれば味はわからないが高級感を客が買ったと思えばまったく問題を感じません。

世の中には同様の話が溢れ、容器の中身が粗悪品の事例はたくさんあります。 そうなれば善悪の問題かもしれません。

話を本題に戻し、自らの職を決めるとき、自分が仕事を通じて社会に影響を与えていると実感できる局面として、私は企業の成長(主に規模)過程にいて、自ら成長に貢献できたとき大きな達成感を味わうことが出来ると思います。

当社は今100人弱の職員ですが、20年後に千人規模の企業成長しておれば、その20年に在籍した人は大きな達成感を味わうことが出来ます。 これは日本経済新聞の就職を希望する企業ランキングのアンケート対象となった一流大学を出た人に味わうことの出来ない達成感です。

経済番組でも登場するのは中小企業を大企業、もしくは一流企業にのし上げたり破綻した企業を健全企業に再生させたりした人です。 そこには大企業で大きなお金を動かし、膨大な商品を動かしている権力者に無い醍醐味があるのでしょう。 当社はその意味で遣り甲斐一流企業と胸を張っていえます。

 

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[生活]

高齢者施設

高齢者向けの介護つき施設として「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」の制度が始まって1年余りで、全国の登録数は9万戸を超えたそうです。 サ高住の定義は一定の設備要件を満たした共同住宅で、安否確認と生活相談が義務付けられている登録制の施設です。 60歳以上なら介護の必要度合いに関係なく入居できます。

高齢者やさらに介護を必要とする人が安心・安全に暮らせる施設の種類が多く、医療サービスが手厚いものから安全性を配慮し一部のサービスがついた住宅までバリエーションがあります。

以前からありました有料老人ホームに訪問すると施設内を動き回る元気そうな高齢者や部屋でTVを一日見ている人、寝たきりの人、まったく喋らない人、よく喋る人までいろいろな方が生活しています。 多くの有料老人ホームでは徘徊する入所者が外出して事故に遭わないよう玄関からの出入りを制限しています。

つまり介護を必要とする高齢者といってもいろいろな方が居られてその暮らしは一概ではありませんが、本人の自由度を考えると外出できる環境が好ましいと思います。

健常者でもオタクと呼ばれるインドア派、アウトドア派があるようなもので、もちろんインドア派の人も外出はします。 街中にこのような施設があれば家族もたまに訪問も出来ますし、本人ももともと住んでいた場所にすみ続けることが出来るので良いのでしょうが、外出に制約が多いと、つまり建物の中での生活を考えると今まで居住していた場所でなくても大差は無いと思います。

そこで高齢者施設ではなく高齢者村を作ってはどうかと思います。 広大な敷地を用意し、そこからは出られないけれどその中では安全で、自立歩行できる人はある程度自由に外出できる、広大なエリアはいくつかのゾーンに別れ、安全性の段階を分けて一番安全なエリアは出来うる限りバリアフリーにし、危険なものを排除しておきます。 本人の身体状況によりどのゾーンまで出てゆけるか決めておきます。

村内の危険を排除するため一般車は乗り入れを制限し、村内には映画館やコンビニなどゾーンごとに施設を作っていく、ハウス野菜などの生産も行い、従事出来る村民は仕事をする、出来る限り高齢者で運営していく村で、それを地価の安い地方都市に作り、地方都市の活性化にも貢献できるようにするのはどうでしょうか?
温暖な地域であれば外出の機会も多く、自然も豊かで、村民の生活費もある程度抑えられますし、その地域での雇用も促進されます。

介護を必要とする高齢者は多様ですからそのような村にそぐわない人もいますが、そぐう人もいるということになります。

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[採用]

応募者

最近、当社へ応募してきた人の面接で「何のために仕事をするのですか? 社長は仕事の遣り甲斐とは何ですか? 仕事の意味は?」といった大変答えにくい質問を複数いただきました。

たぶんこのような質問は求人側が応募者に出す質問だと思います。 私は採用面接の最後に「何か会社や私個人に就いてでもかまいませんから質問してください」といいます。 そのときに出た質問なのです。

最後の「仕事の意味は?」に就いて、いつも考えている事をお話しました。 仕事は成果を生むことを目的としている、仕事は作業に転化する、仕事の担い手は得てして作業だけに目が言ってしまい、成果を生む事を忘れてしまう。 それでも作業をするだけで成果を生むこともある。 流れ作業でマニュアル化された作業を正確にこなせば仕事をこなした事になります。

営業が営業活動を通じて利益を上げる上で、得意先を月間100訪問しなさいと指示が出たとき、100訪問することに目的意識を持っている人がいます。 そういう意識の人はいくばくかの結果を伴いますが、成果は芳しくありません。 方法・作業に焦点を当てるなら訪問時間がまずいのでは、訪問日に注意が必要、いろいろ注意が出てきます。 それらの注意も大事なことなのですが、「何を話してきたの? 相手に何を伝えたいの?」など仕事の目的に近い話題になるとさっぱり要領を得ません。 仕事は時々振り返りが必要です、作業は振り返りが必要ない場合があります。

「何のために仕事をするのですか? 社長は仕事の遣り甲斐とは何ですか?」、これで自分の所得のためと答えれば軽蔑されるかもしれません。 もちろん私は自分の所得を重視します。 社長の役員報酬は誰も決めてくれません。 自分で決めなくてはいけないのです。 気楽に考えれば取れるだけとり放題、ということになりますが、真面目に考えれば貢献に応じて報酬が決まるわけですから、自分の会社に対する貢献を評価しなければなりません。 現実問題、それを正確には難しい話です。

話は戻って私の仕事の「遣り甲斐」とは、と真剣に考えてみました。 結局当社の職員が成果を上げること、例えばある営業が大きな成果を上げ、その理由、何をしたかなど聞いたときびっくりするような答えが返ってくることがあります。 「店長に指示された事を徹底的にやりました。 自分で提案時の工夫を重ね、受注のデータをとったら受注の確率が上がりました」など、地味な答えですが質問者を圧倒する重みがあります。
だから社員が育つこと、育っただけ実績も上がり、その分私の報酬も改善する、私もそのために努力する、風邪を引いて半休だった職員に「大丈夫?」と聞くだけでもいいのです。 人はそのような一言に反応するもので、感謝の念がその人を育てることもあります。

そうして成長した人に思いやりの言葉を掛けてもらったときは会社を経営していて良かったと心から思える瞬間です。 少し話がずれましたが、会社は仕事をするところ、仕事を通じて人は成長し、より大きな成果を生みますから人が育ってゆく学校のようなところが会社ではないでしょうか。

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[事件]

訴訟

2月17日の日本経済新聞にETCをオートバイで42回不正にすり抜けたとして京都市の65歳の僧侶の上告審で最高裁の第一小法廷は被告の上告を棄却し、二審の逆転有罪判決が確定したそうです。

この訴訟に就いて、いくつかの解説を試みます。 本件はまず簡裁に提訴されました。 簡裁では被告がETCカードを裏返しで挿入しており、この行為が故意かどうかの判断が分かれたとのことです。
一審の簡裁では「不正通行の故意があったと認定するには合理的疑いがある」と判断、大阪高裁判決の二審は「利用禁書で何度か停車を求められ、挿入方法にの謝りに気付くことが出来た」と判断したそうです。

一審の簡裁の判事は弁護士資格を持つ1名、地裁は4名の判事が担当します。 そして二審を不服として上告したわけですか、上告とは最高裁への提訴、小法廷の判事は何名か知りませんが、複数の判事が関与します。

そもそも42回も不正通過を確認されていて、しかも京都の65歳の僧侶、そして阪神高速をはじめ高速道路を走行するわけですから大型バイクでしょう。 オートバイはETCのケーとの隙間を簡単に通過できます。 私も機械の不調で通過したことがあります。 それを何度も不正通過するライダーでこのような事件になる人は多く、他に問題があるわけです。 別に京都在住の65歳の僧侶など関係ないことです。 オートバイは軽自動車扱いで高速道路の料金設定がされています。 そもそも高速道路の料金の使い道の大きな部分として保守費用がありますが、路面の劣化は重量の3乗に比例するそうです。 250kgの大型バイクに50kgの人が乗り、合計300kgにたいして乗員1名を入れて900kgの軽自動車は重量で3倍、路面に対する付加は3の3乗の27倍となります。 この理屈で言えば、実際に路面が傷むのは重量車両、9トンの車両が1回通過すれば300kgの27000倍、つまりバイクは道路保守の面から言えば料金はもっと下げるべきという理屈がライダー間であります。

もちろん路面の保守以外のコストもかかりますし、利便性で言えばバイクも車も変わらないのでしょうが、そういう風にくくってしまうのであれば普通車と軽自動車とのランクを分ける意味も無いでしょう。
要はバイクの通行料をもう少し下げてほしいということです。

私はこのようなことで弁護士試験を通った人、知の巨人がつまらないことで判断がぶれ、高給を食む公務員が「ああだ、こうだ」と愉快犯に乗せられるのははたで見ていてばかげた行事、このようなばかげた事件を裁判所はルールである以上手がけざるを得ない中で(つまり避けて通れない)、その解決法となる制度変更を国会議員として立法化する人がいてもよいのではと思います。

そもそも国会議員に弁護士は多いのですから。 そしてこの僧侶も単なる愉快犯かほんとにETCカードの表裏の判断がつきにくいぼけた人なのか、百歩譲って高邁な思想を有する人なのかは知りませんが、バイクの料金システムについて不公平であるという提訴をすべきだと思います。 わざわざ最高裁まで行くのですから。
そして訴状を書いた弁護士は想像するに相当変わった人だと思います。

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[社員教育]

他人と過去は・・・・

昨晩、店長が企画した営業課長職(当社の管理職で店長の次が課長)の社内研修がありました。 私はオブザーバーで一切発言しませんし、思っていることがあっても言わないようにしています。

テーマは「目標達成に向けて、課員との接し方・対応・教育をどのように行うべきか?」です。 10名ほどが2グループに分かれディスカッションします。 要は部下とどのようにコミニュケーションをとるかですが、実に様々な意見が出ました。

運動クラブ指導者の暴力ではありませんが、「最後は殴る」、「怒鳴りつける」、「ネグレクトする」などはありませんでした。 主流は部下に接する自分が変わらなければ伝わらないというものでした。

「他人と過去は変えられない」というのは私の経験、しかし人は自ら変わるものと思っています。 その人にとって変わる必然性があるなら、自身が変わろうとするなら、周囲の者は管理職であっても家族であっても変わるきっかけを提供することしか出来ません。

私の場合、東北をドライブしていて、民家の壁に貼っていたキリスト教の看板の言葉、「反省するより悔い改めよ」を見たときでした。 いくつもの看板が目につき、総てに聖書の言葉が書かれていましたが、なぜかこの言葉に反応してしまいました。 それから何度も頭の中で反芻して自分なりの解釈をし、行動に転化しました。

「反省するより・・・」は反省しなければならないような失敗をしたとき、失敗を反省しても仕方ないと解釈しました。 失敗と判断すべき行為・行動・意思決定は何度もあり、同じパターンで同じ過ちを犯すことも多くあります。私は子のブログを読んだ方はお解かりでしょうが、世間を観察し、政治屋経済活動、日本の官僚などにかなり批判的であります。 良く言えば自分の周囲を常に観察し、良いこと・悪いことを見つけて評価する癖があると言うことでしょう。

その中にはしてはいけない評価もあります。 例えば他人の価値観・好みなどとやかく言うべきではないでしょう。 ある友人が私に言いました。 言ってはいけない事を言うのはそう思っているからだと。 「反省するより・・・」のくだりから言えば、これは言ってはいけないことではなくそう思ってはいけないこと、考えを変える、悔い改めることになります。

ところが「悔い改める」→「考えを変える」は反省するよりはるかに困難なこと、きっかけは「思い知る」や「痛い目に合う」でなければなりません。

自ら思い知る方法は、悔い改めるべき事を常に意識し、日常生活で「なるほど」と思える事実を積み重ねることでしょう。 少し例示は悪いですが、何度も禁煙に失敗し「意志が弱い」と思っていたのが、意地悪?な医者に「お前の肺はもうだめだ」と宣告されてすんなり禁煙できたことです。 以前の禁煙のようにタバコが吸いたくてたまらないことはありません。 健康でいようという気持ちがタバコに関しての考えを変えてしまったのです。

変わるのは瞬間の技です。

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[趣味]

東京家族

小津安二郎監督(故人)の同名作品を山田洋二監督・脚本でリメイクした作品です。

簡単なあらすじは橋爪功(元厳格な教師)夫妻が、瀬戸内海の小島から3人の子供が暮らす東京にやってきて、それぞれの家に住むだけで、その間の日常の話題だけの物語です。

原作の小津作品はTVで一部を見ましたが、面白いと思いませんでした。 つまり最後まで見ることが無かった作品です。 しかしカメラアングルや父親役の笠智衆が座敷に正座して原節子に話しかけるとき、淡々と話す笠のたわいも無い内容に『一体どこが見どころか』と思ったものです。

リメイク作品は原作を意識しつつ、親子間の意識のずれ、地理的、年代的なものですが、現代的な小道具や価値観を通して見事に描いています。 初めて原作で訴えようとしたものがこの時代のずれだったのかと思いました。

主人公の妻は末っ子のだめな子のフィアンセに接して末っ子の人柄に触れ、初めて理解を示した直後脳血管障害で倒れて翌朝息を引き取ります。 ただそれだけのことで止めども無く涙が溢れました。 肉親との死別の悲しさやむなしさ、それもテーマでしょうが、私は母親の早すぎる死別も(役の上では68歳)、親子間の意識のずれやすれ違いを顕すための演出に思えてなりません。

主人公が元同僚と居酒屋で飲んでいて、「日本はどうなるんだ」と独り言を言うシーンがあります。 政治や文化や経済やライフスタイルや価値観、それらを超越しても子供との、あまりに変わってしまった子供との接点を模索する主人公夫妻は批難せず、じっと観察しています。

同じ国に住み、同じ年代を生き抜く人の間を貫く愛情や諦観を見事に描いた作品だと思いました。

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